第458話 良い子は真似しないでね
”楽園の守り人”のホームページに海底ダンジョンの踏破の記事を更新してから3分と経たない内に藍大のスマホに着信があった。
「早いな茂」
『そりゃ海底ダンジョンがいつ踏破されるか注目してたからな。海底ダンジョン関連の記事で表に出してないことってある?』
「2つしかない」
『2つもあるの間違いだろ。何があった?』
「1つ目はダンジョンのワープトラップを無視して探索したことだ」
『どゆこと?』
最初から藍大が言っている意味がわからなかったため、茂は詳しい説明を求めた。
「ワープトラップの意味は分かるか?」
『言葉の意味を考えれば踏んだら転移させられるってことだろ? 決まった場所に飛ばされるのか? それともランダム?』
「ブラド曰くどっちのパターンも存在するらしい。海底ダンジョンのトラップはランダムな方だった。飛ばされた先がモンスターハウスに直結してるなんてこともあるらしい」
『らしい? 今回はモンスターハウスに繋がってなかったのか? いや、ちょっと待て。ワープトラップを無視ってまさか・・・』
茂は藍大が何を言いたいのか理解したらしい。
「気づいたようだな。サクラとリルにトラップごと地面を破壊してもらって進んだんだ。ワープトラップを配置されたダンジョンは床を壊すと違う場所に続く穴ができるんだよ」
『嘘だろ藍大。お前達、床を壊して進んで行ったのかよ』
「良い子は真似しないでね」
『できる訳ねえだろ! そんなことできるのは藍大のパーティーぐらいだ!』
茂の言う通りである。
舞やサクラ、リルぐらいしかダンジョンの壁や床を壊せる者はいないだろう。
「そう思ったから記事にしてないんだ」
『そうだったな。んで、2つ目は何事?』
「覚醒の丸薬Ⅲ型を手に入れた」
『・・・』
「茂? あれ、聞こえてる?」
茂からの反応がないので藍大は自分の声が届いていないのではと心配になった。
だが、藍大の声が届いていない訳ではなかった。
『すまん、胃薬飲んでた』
「茂の胃薬って痛くなってすぐに飲むタイプだったっけ?」
『奈美さんに場合分けして作ってもらったんだよ』
「胃薬のラインナップが増えたって聞いてたけど茂がリクエストしてたのか」
『なんでもかんでも同じ胃薬を飲んでも効くとは限らないだろ? だからお願いしたんだ』
胃薬に対する茂の拘りは藍大にはわからなかったけれど、藍大は茂が満足しているならばそれで良いと深く踏み込まなかった。
「とりあえず、俺が昨日四次覚醒して舞達は今朝奈美さんが作った丸薬で四次覚醒した」
『ちょっと待て! もう作れたのかよ!? ゴッドハンド半端ねえ!』
「それな。素材が揃ってたってのもあるだろうけど、レシピを理解して24時間以内にクランメンバー分作れるのは奈美さんがすごいからだ」
『素材は揃ってたのか。何が素材だったんだ?』
「素材は4つだな。スフィンクスの爪とリャナンシーの血、能力値平均3,000以上のドラゴン型モンスターの鱗、”〇聖獣”の称号を持つモンスターに祝福された液体」
『おいおい、藍大達じゃなきゃ素材集められねえじゃんか』
茂は素材のラインナップを聞いて戦慄した。
「実物あるけどビデオ通話にして見たい?」
『是非!』
「了解。ちょっと待ってろ」
藍大は通話をビデオ通話にして覚醒の丸薬をスマホのカメラで写した。
『これが覚醒の丸薬Ⅲ型か・・・。ヤバい、適正価格2,000万だってよ』
「やっぱりそんなもんか」
『予想してたのか?』
「まあね。奈美さんが四次覚醒で創薬能力を会得したんだ。MP消費だけで素材がなくても今まで作った薬品を創り出せるらしいんだが、覚醒の丸薬Ⅱ型が1日に4個創れるのに対してⅢ型は1個が限界だって言ってた」
『そういうことか。Ⅱ型が500万円ならⅢ型の価値は4倍って計算してた訳だ』
「そゆこと」
『というか薬士の四次覚醒チートじゃね? これが知れ渡ったらやらかし3国が奈美さんを拉致に踏み切りそう。絶対に実現しないだろうけど』
「シャングリラがある限り奈美さんは安全だ。俺も守るし何より司が本気で守る」
『藍大がキレるのも勿論ヤバいけど、広瀬が本気でキレるのもヤバそう。おとなしい人の方が怒らせちゃいけないからな』
普段おとなしい人の方が色々と溜め込んでおり、キレた時に大噴火するというのはよくある話だ。
司は温厚な性格であり、いつも癖のあるパーティーメンバーの面倒を見ているだけでなく、外を歩けば男にナンパされることもある。
司がキレたら大変なことになりそうだと茂が思うのは無理もない。
藍大はビデオ通話を音声だけの通話に戻してから口を開く。
「ということで四次覚醒は吉田本部長に報告するのは良いけどそれ以上広めないでくれ。絶対面倒なことになるから」
『あー、板垣総理のことを警戒してるのか。了解。吉田さんにはもしも口外したら今後一切の取引をしてもらえなくなるって言っとく。ちなみに、藍大は四次覚醒でどうなったんだ?』
「好感度バフだ。俺に対する従魔からの好感度がその従魔の能力値を上昇させる。俺への好感度が高ければ高い程能力値が上昇するらしい」
『訂正する。奈美さんより藍大の方がチートだわ。世界征服とか考えるなよ?』
「しないっての。征服した後の管理が面倒過ぎる」
『できないって言わないのが怖いんだが』
「サクラがその気になったら秒で終わる」
『確かに』
藍大の説明を聞いて茂はすぐに納得できた。
サクラの<
もしも藍大かサクラに野心があったなら、地球はとっくに藍大の物になっていただろう。
そうなっていないのは2人が世界征服に興味を示していないからなのは間違いない。
「ただし、俺達の生活を脅かす奴等には退場してもらう」
『どこからとは聞かん。まあ、今の藍大達に直接やらかす馬鹿はいないと思うがってマジかぁ』
「ん? どうした?」
話の途中で茂に何かあったようなので藍大はそれがなんなのか訊ねた。
『DMU内で速報メールが届いた。”リア充を目指し隊”の2代目ジェラーリが黒部ダンジョンの”ダンジョンマスター”を倒してその地位を継いだってよ』
「いつか誰かやると思ってました」
『そりゃそうだけどな。でも、マジでやる奴が出て来るとはなぁ。藍大、”リア充を目指し隊”のホームページ見てみろよ。詳細が載ってるから』
「今見てる。スプリガンが”ダンジョンマスター”とはね。シャングリラダンジョンじゃ金曜日の地下3階の掃除屋だったのに出世したなぁ」
『え? 興味持つとこそこかよ?』
「別に2代目ジェラーリと接点ないし。人間が”ダンジョンマスター”になれる時点でいつか誰かやると思ってた。最初に言ったろ?」
『そりゃまあそうだけど』
茂は2代目ジェラーリに興味を示さない藍大にツッコんだ。
もっとも、藍大の言い分を聞いてそうだったとすぐに納得したが。
「恐らく亜人型モンスターを自分のパートナーにしようとしてるんだろ。テイマー系冒険者以外がモンスターを従えるならば、”ダンジョンマスター”になるしかないんだからさ」
『人間の女性に見向きもしてもらえないから亜人型モンスターに賭けたってことか。ダンジョンの外に出られなくなるってのによくその決断をしたものだ』
「ブラドやポーラ、ルシウスみたいに分体を創り出せれば別だけど、人間じゃそんなことはできないから黒部ダンジョンに引き籠らざるを得ない。いつまで我慢できるかねってホームページが更新されたぞ」
『・・・ダンジョンが愛の巣になりそうだな。スクーグスローを嫁に迎えたってさ。でもよ、ダンジョン内に電波は届かないからこの記事って2代目ジェラーリ以外のクランメンバーが更新してる訳だよな。リア充になった瞬間そいつは敵って風習の”リア充を目指し隊”が協力的なのはおかしくね?」
茂の抱いた疑問に対して藍大はすぐに答えを導き出した。
「そんなの簡単だ。2代目ジェラーリがクランメンバーに亜人型モンスターを宛がうって言ったんだ。そうすりゃみんなリア充だから文句は出ない。落とし穴もあるだろうけど」
『落とし穴?』
「テイマー系冒険者の言うことを聞く従魔と”ダンジョンマスター”が召喚したモンスターには大きな違いがある。従魔は主人の指示ならば他の者の指示も聞くが、”ダンジョンマスター”にできるのはせいぜい自分を襲わせないことぐらいだ。モンスターが人を襲うのは本能的なものだから、他人を襲わず仲良くしろって指示は通用しないと思うぞ」
『うわぁ、”リア充を目指し隊”が内部崩壊するビジョンが見えて来た・・・』
「持木さんは早いとこ決別して良かったな」
トップ10からは落ちてしまったものの、”リア充を目指し隊”はそこそこの戦力を保有している。
そんなクランが崩壊するかもしれないと知って茂は頭が痛くなった。
藍大はどうでも良さそうだったけれど、傘下に加わった泰造がその被害を受けなくて良かったとコメントした。
藍大にとっては対岸の火事なのだから仕方ない。
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