第38章 大家さん、海底ダンジョンに挑む
第447話 この展開は予想してなかった
藍大達がバエルを倒してから2ヶ月弱が経過した。
今のところバエルが以前いた東南アジア諸国にサクラの報復による被害は起きていないことから、それらの国々は日本に悪意はなかったと証明された。
5月10日の水曜日、茂はDMU本部の本部長室で志保と向かい合っていた。
「芹江さん、どちらも国外のことですが気になる話が2つ耳に入りました」
「どんな話でしょうか?」
「1つ目はC国のマフィアが作成した煙草が東南アジア諸国のようなダンジョン探索の遅れてる国に出回ってるそうです」
「その煙草にはどんな効果があるんですか?」
「聞いた話によれば吸った後5分間だけLUK以外の能力値が1.25倍になるそうです。ただし、効果が切れた途端に激しい倦怠感に襲われて依存性も高いらしいです」
「ヤバい薬と一緒ですね。C国は取り締まる気がないんでしょうか?」
「わかりません。国際会議以来C国とR国の地位は駄々下がりですから、取り締まるつもりがあるという回答があったとしてもそれを鵜呑みにはできません。最悪の場合、国主導で国外にその煙草をばら撒いてる可能性だってあります」
志保には別にC国を不用意に悪く言うつもりなんてない。
万が一の時に備えて最悪の状況を想定しているだけだ。
もっとも、C国とR国が国際会議の裏で暗躍していることで完全に信用していないというのもあるが。
「東南アジア諸国だと背に腹は代えられないと手を出しそうですね」
「その通りです。バエルの与えた被害はかなりのものでしょうから、リスクを冒してでも強くなる手段があれば手を出してしまうでしょう」
「日本から輸出する覚醒の丸薬の数にも限りがありますから、C国産の煙草がそのカバーできなかった部分を突いた訳ですか。狡賢いと言いますかなんと言いますか」
現在、覚醒の丸薬は三原色クランと白黒クラン、”迷宮の狩り人”、”魔王様の助っ人”でも薬士の
いくら作っても国外ではまだまだ二次覚醒者の数が少ないことから、覚醒の丸薬の需要がなかなかなくならない。
それゆえ、日本国内の冒険者分の覚醒の丸薬を1人で調薬した奈美に各クランの薬士は改めて尊敬するようになった。
そして、彼等は過去に外国からの要請でホイホイ覚醒の丸薬を売ると約束した板垣総理が軽率な人物であるという認識を固めた。
トップクランの薬士達のおかげでダンジョン探索先進国ではかなり二次覚醒者が増えて来たが、それでも探索が遅れている国では十分な量の覚醒の丸薬を買う金が用意できずにいる。
結果としてC国のマフィアにそこを突かれて怪しい煙草が密かに出回るようになったのだ。
「この件をもって板垣総理はC国限定で鎖国を決定しました。幸い、昔はC国から輸入してた物もダンジョンの発生によって自給率が上がりましたから、無理に貿易する必要はないので問題はありません」
「C国限定での鎖国ですか。国内にC国産の煙草が紛れ込むのは防げますし、そもそも煙草以外にもC国には色々と怪しい薬がありますから妥当な判断ですかね」
「そうですね。開国を求めてC国が日本に戦争を仕掛ける可能性はありますが、今の日本であれば返り討ちにできるでしょう」
この話を聞いて茂はそんなことになったら間違いなくサクラがC国を滅ぼすだろうと思った。
藍大の手を煩わせるまでもなく、C国の国としての機能を潰して二度と日本に逆らえなくするぐらい平然とやりそうなのがサクラなのだ。
そう考えるだけで軽く胃が痛くなって来たので、茂はこれ以上仮定の話について考えるのを止めた。
「C国産の煙草の件については理解しました。もう1つお話があるとのことでしたがどういうお話でしょうか?」
「I国のDMU本部長から連絡があったですが、海底ダンジョンがあったそうです。そこから”災厄”が軍勢を率いて上陸して現在迎撃戦をしてるらしいです」
「海底ダンジョンですか。日本にもないとは言えませんね」
「その通りです。海底ダンジョンがあったとして、その規模が大きければ”災厄”が誕生した際には大群を相手にしなければなりません。至急領海に海底ダンジョンがないか調べる必要があります」
茂は海底ダンジョンから”災厄”が出てこないことを知っていた。
藍大が伊邪那美の力を取り戻してスタンピードが起こらないように手配してくれたからだ。
その事情を知っているから領海内の海底ダンジョンについては心配していない。
問題は日本の領海の外でも近い場所に海底ダンジョンがあった時だろう。
伊邪那美は日本国内のダンジョンでスタンピードが起きないようにしたが、国外のダンジョンからモンスターが日本に来るのは防げない。
”大災厄”が日本に来てしまったのもそれが原因である。
この情報はすぐに藍大に相談し、対策を練った方が後々の被害は少なそうだと茂は判断した。
「今の話は藍大にしても構わないって認識でよろしいでしょうか?」
「勿論です。逢魔さんならば私達が想像できない手段で海底ダンジョンを探し出しそうですから、事前に情報をお伝えすべきでしょう」
志保の言う通りだ。
朝駆けして未発見のダンジョンを見つけるリルがいるのだから、何か情報を渡して積極的に調べてもらえれば海底ダンジョンが見つかる可能性は高い。
「わかりました。この後すぐに藍大に話してみます」
「それなんですが、シャングリラにお邪魔して直接話に行きませんか?」
「吉田さん、リルに会いたいからってサボっちゃ駄目です。他にもやるべき仕事があると思いますが」
「ぐっ、芹江さん厳しいですね。わかりました。逢魔さんへの伝達はお任せします」
茂のジト目のプレッシャーに負けて志保はすぐに折れた。
話が終わって本部長室を出て自分の仕事部屋に戻った直後に茂を訊ねて職人班の梶がやって来た。
「芹江さん、できたぞ! 遂に俺達は完成させた!」
「何をです?」
テンションが高い梶に対して茂は心当たりが多過ぎたせいでいまいちそのテンションに乗れなかった。
DMUが誇る職人班は毎日様々な物を作っている。
その中でシャングリラダンジョン産のモンスター素材を使った武器や防具、アイテムの占める割合は少なくない。
だからこそ、茂はどれができたのかわからず梶と同じぐらいまでテンションが上がらなかったのだ。
「シトリーの胃袋を使って人工的な収納袋を完成させたんだ!」
「それはすごい! 現物はありますか!? 鑑定させて下さい!」
研究と開発に時間がかかっていたが、収納袋を人工的に作成できればそれは日本にとって大きな進歩だ。
茂はようやく梶のテンションに追いついた。
「勿論だ! ほら、これが職人班の努力の結晶だぜ!」
「ありがとうございます!」
茂は梶から完成した収納袋を鑑定した。
その結果、内容物の時間停止機能こそないが収納できる容量については藍大の持つ収納袋と変わらない収納袋ができたことがわかった。
「どうだ!? ちゃんとできてるか!?」
「おめでとうございます! 収納量ならオリジナルと同等のものができてます!」
「よっしゃあ!」
梶は全力でガッツポーズした。
内容物の時間停止機能はその効果を付与する素材が見つからなかったため、梶も茂も最初から備わるとは思っていなかったためこれでひとまず完成したと言える。
「量産はできそうですか?」
「シトリーみたいな胃袋があればできるぜ。大食いなモンスターの胃袋が候補だな。できればこの収納袋に時間停止機能も付けてやりたいが、それができそうなモンスター素材に心当たりがない。芹江さんはどうだ?」
「同じくです。しかし、今後藍大が発見してくれないとも限りません。シトリーの胃袋が収納袋に使えると指摘したのもあいつですから」
「確かにな。いつも魔王様頼みなのは申し訳ないが、新たな発見を待つしかないか」
「そうですね。この件は藍大に伝えておきます。意外とすぐに候補となる素材が見つかるかもしれませんし」
「わかった。頼んだぜ芹江さん」
梶は希望を持ったまま茂の部屋を出て行った。
それから茂は藍大に電話した。
『もしもし?』
「藍大、今大丈夫か?」
『おう。てか何か良いことあった? 声がなんとなく元気な気がする』
「お前にはバレるか。去年から職人班が取り組んでたシトリーの胃袋を使った人工の収納袋が完成したんだ。それで、後は時間停止機能が付けられればオリジナルと同じってところまで来た」
『おぉ、それはおめでとう。その素材に心当たりがあったらすぐに連絡する』
「助かる。それともう1つ伝えておきたいことがある」
『待った。俺の方から先に言わせてもらえないか? 実は俺からも連絡事項があるんだ』
「な、何があった?」
藍大から連絡事項があると聞いて茂は身構えた。
『伊邪那美様が八丈島の近くの海底にダンジョンを見つけたんで行って来るわ』
「この展開は予想してなかった」
藍大に話題を先取りされて茂が驚くのも仕方のないことだった。
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