第36章 大家さん、国際会議の陰で働く

第423話 では、今言いました

 年明けの1月4日の火曜日、茂は朝から本部長室に呼び出されていた。


「吉田さん、あけましておめでとうございます」


「こちらこそあけましておめでとうございます。それとお子さんができたんですよね。おめでとうございます」


「ありがとうございます。生まれてくる子のためにもしっかり働いて稼ぎます」


「そうですね。お子さんのためにもしっかり働いてしっかり稼いで下さい」


 茂は正月に千春と一緒に初詣と屋台をするためにシャングリラに行った。


 その際に千春が体調を崩したので鑑定したところ、千春の妊娠が発覚したのだ。


 千春はずっと子供が欲しいと言い続けてきたから大喜びであり、茂は自分の子供ができたことで今まで以上にしっかりしなければと決意した。


 自分の父親が最終的には幼馴染との関係を悪化させるようなことをしたこともあり、自分は絶対にそうならないように気を付けねばと思っている。


 千春は今、産休でDMU本部に出勤せず自宅でおとなしくしている。


 だが、ずっとおとなしくしているのも暇だろうから藍大に千春をちょくちょくシャングリラに遊びに行かせたいと頼んだ。


 千春は舞達から育児について相談できるし、舞達は千春から料理を教えてもらえるので藍大は茂の頼みを快諾した。


 ということで、茂は現在DMUに癒しがない状況にある。


 頼れるのは奈美が茂のために調合した胃薬だけだ。


「そうします。ところで、今日は国際会議の件でしょうか?」


「その通りです。去年は留学生の受け入れやら世界規模の大地震やら色々あって開催できませんでしたが、今年は是が非でも開催しなければならないと各国の本部長が強く主張してます。欠席する国がいたとしても中止にはならないでしょう」


「”大災厄”のせいですね」


「その通りです」


 茂が正解を言い当てたので志保は頷いた。


 ”大災厄”は昨年、A国とC国、R国で出現したことが大々的に取り上げられた。


 A国はCN国に追いやったが押し戻されて今もフルカスが国内で暴れており、C国とR国が国外に追いやって日本に来たところを藍大達が討伐した。


 その後、C国とR国には不幸ガス爆発と隕石が訪れたから年が明けてやっと復旧の目途が付いたところだ。


 これで終わればやらかした大国3つを非難するだけで良かったが、この3つの国以外でも”大災厄”が出現し始めてどの国も倒せず被害だけが増えて対処に困っている。


 そうなれば、各国が”大災厄”を立て続けに討伐している日本の知恵と力を借りたいと思うのは当然だろう。


 結果として、例え日本のDMUと自国だけでも良いから対談の場を設けたいと思うのが各国のDMUの考えである。


 助けてもらおうとする訳だから志保と藍大に自国に足を運んでくれと言えず、話し合いをするのに安全な国も日本以外にないことから第二回国際会議の会場も日本だ。


 ちなみに、板垣総理は外国から助けてくれと圧をかけられても”大災厄”が度々日本に来るからその準備に集中して備えることを理由に支援を断っている。


 ”大災厄”が来ても藍大がいるから問題ないじゃないかと各国首脳は言いたいところだけれど、シトリーとラウム、ガミジン、ウェパルと短期間に4体も襲来した日本に強く物を言えるはずがない。


 仮に日本の事情なんて知ったことではないと態度に出れば、そんな横暴な国に支援するなんてあり得ないと言われてしまう。


 結果的に現状を生み出したA国とC国、R国に怒りの矛先が向けられることになる。


 南北戦争を発端として、日本に”大災厄”の尻拭いをさせたからこうなったのだと文句をいう国のトップも少なくない。


 そんな中、藍大が現れる可能性の極めて高い国際会議が行われるとなれば直接助力を願うチャンスだから参加しない手はないということだ。


「国際会議という名の助力嘆願会じゃ藍大は出ないって言いますよ。今のところ一応予定は開けてもらってますが、各国から泣きつかれるためだけに行くのは嫌がるでしょうね」


「それはわかってます。ただ、ここで逢魔さんに出て来てもらってズバッと言ってもらった方が後々の面倒事はないと思うんです」


「ですが、ズバッと言う前に各国のDMU本部長が押し寄せそうですよ?」


「困りました。逢魔さんの代わりに出てもらえそうな人に心当たりはありませんか?」


 志保の質問を受けて茂は回答に詰まった。


 国際会議に出るのに相応しい冒険者は誰かと世論調査をすれば、100人中100人が藍大の名前を挙げるに違いないからだ。


 この状況下で藍大以外を選ぶのは実に難しいと言えよう。


「・・・自分で言っておいてどうかと思いますが、そもそも藍大以外が出ても良いんですか?」


「今回の会議は参加するのはDMU本部長と信頼できる冒険者です。その国トップの冒険者から言い方を変えたのは、”大災厄”と戦う切札を国元に残すためでしょう。その文言を私達も利用したって文句は言われないはずです」


「そうなると、藍大の代わりに”楽園の守り人”から誰か選出するのが無難ですね」


「芹江さん、”楽園の守り人”の中で逢魔さんの代役として会議に参加してもらえそうな人はいますか?」


 茂は再び志保の質問を受けて回答に詰まった。


 藍大の代役と聞いて真っ先に思い浮かぶのは舞である。


 しかし、その考えはすぐに消えた。


 舞は記者会見や板垣総理との対談では必要な事しか喋らないし、予め想定していた内容を答えることができてもアドリブに弱い。


 脳内がパニックになって戦闘モードのスイッチが入ったら大惨事待ったなしだ。


 戦闘時ならともかく国際会議では頼りにならないだろうから舞を代理にする案は没とした。


 次に思い浮かんだのは司だった。


 ”楽園の守り人”の中では数少ないツッコミ枠の常識人ならば、国際会議でもきっと立派に藍大の代役を務められるだろう。


 参加者が司を女性と勘違いしてから男性だと知ってショックを受ける可能性はあるけれど、司が一番代役として現実的だ。


 人見知りな奈美や短気な麗奈、腐女子として暴走しそうな未亜、何をしでかすかわからない健太にも任せられないとなれば、消去法で司になってしまうのは仕方のないことである。


「強いて言うならば広瀬ですかね」


「司ですか」


「司? 広瀬とお知り合いなんですか?」


「あれ、言ってませんでしたっけ? 私、司のはとこなんです。歳が10近く離れてますけど」


「初耳です」


「では、今言いました」


「えぇ・・・」


 急な展開に頭が付いていけずに困惑する茂に対し、志保は司を藍大の代役にするのはありかもしれないと頷いた。


「司ならしっかりしてますし、女の子扱いされ続けて来たことでメンタルも強いです。ありだと思います」


「と、とりあえず、どちらに参加してもらうかは藍大と広瀬に相談してもらいます。それでよろしいでしょうか?」


「構いません。回答が出たら私まで報告お願いします。後話しておくべきはダンタリオンのような人間に化けるモンスター対策ですね。国際会議参加者がモンスターでしたなんてことは二度と繰り返したくありませんので」


 誰が自分と共に国際会議に参加するかという難問を一旦棚上げし、志保は次なる問題を提示した。


「本人と証明できる物を持参してもらい、空港で入国前に二次覚醒した鑑定士にチェックしてもらいましょう。この方法ならばダンタリオンでも見抜けます」


「良い考えですね。念のため、空港に配置する鑑定士に探索班と対人班の護衛を1人ずつ付けましょう。日本に侵入を試みるモンスターならば、鑑定士を邪魔に思って何か仕掛けてくるかもしれませんし」


「そうですね。その可能性は否定できません。人間に化けるモンスター対策はこのぐらいで良いと思いますが、C国工作班のようなスパイ対策も必要だと思います」


「スパイですか・・・。今回も紛れ込むでしょうか?」


「紛れ込む可能性は捨て置けません。色仕掛けで言うことを聞かせようとするかもしれませんし、体内に爆弾を仕込んだ工作員が日本のトップクランのクランハウスに特攻を仕掛けないとも限りません」


 茂は前回の国際会議で起きたトラブルを思い出し、注意しておかなければならない旨をきっぱりと述べた。


 また、国際会議の間は千春を藍大に預かってもらおうとも考えていた。


 自分が公私共に藍大の関係が深いことから千春が狙われる可能性も否定できないのである。


「警備部を総動員するだけでなく、国内のトップクランにはスパイに注意するよう連絡しておきましょう」


「賛成です」


 その他にも議論すべきことを1つずつ解消して茂は志保との打ち合わせを終えた。

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