第373話 母さんってば演技派だったのか

 家族で昼食と一緒にジュースやスムージーを楽しんだ後、藍大と舞、リルは両親の墓を地下神域に移した。


 楠葉や花梨は伊邪那美の世話ができればそれで良いと思っているため、シャングリラの外に出るつもりはない。


 2人の意思は藍大にとって好都合だった。


 楠葉と花梨が何度もシャングリラに出入りする姿を目撃されれば、マスコミやら掲示板やらが騒がしくなるからだ。


 それでも、藍大の母である涼子の墓には行きたいかもしれないと判断して墓石と両親の遺骨を地下神域に移したのである。


 実際、地下神域に移された墓石を見て楠葉はしんみりしていた。


「まったく、逢魔の若造と出て行ったと思ったら墓の下に行っちまうなんて親不孝な娘だよ」


「涼子おばさんと会ってみたかったな」


「花梨は母さんと会ったことなかったのか?」


「私が産まれた時にはもう藍大のお父さんと駆け落ちしてたよ。すごい巫女だって話はしょっちゅう聞かされたから気になってたの」


「ふーん。・・・これが母さんの一番最近の写真だ」


 藍大は1回目の大地震が起こる前に撮った家族写真をスマホの写真フォルダから探し出し、それを花梨に見せてあげた。


「ほ~、藍大の顔は涼子おばさんに似てるね」


「まあな。俺が父さんに似てるのは性格かな。まあそう思うようになったのはここ数年だけど」


「どんな性格だったの?」


「父さんは人誑しだった。騙したりしない方の良い意味でね」


 藍大と花梨の話に楠葉が入って来た。


「確かに逢魔の若造は人誑しだったさね。国生の集落に迷い込んで保護された後にすぐに若い衆と仲良くなっちまったから」


「お義父様はとても良い人だったよ。学歴で人を判断しないで入居させてくれたし」


 舞も話に加わった。


「父さんは他人と仲良くなるのが上手いというか、気づけば人に頼られるようになってるんだ。あれはすごいなって思った」


「確かに商店街の人達ってお義父様には世話になったってよく言うもんね」


「逢魔の若造が悪い奴だとは思っちゃいないけど、才能のある娘を掻っ攫われた母親としては複雑だねぇ」


「まあまあ。でも藍大がいるおかげで伊邪那美様のお世話ができるようになったんだから良いじゃん」


「そりゃそうだけどね」


 花梨に宥められて楠葉は苦笑した。


「でもさ」


「どうしたの舞?」


「藍大にはお義父様みたいにならないでほしいな」


「なんで?」


「これ以上奥さんを増やされたくないもん」


 舞はサクラ達従魔が藍大と結婚するのは認めたが、これ以上奥さんは増やさないでほしいと自分の気持ちを告げた。


 もっとも、一夫多妻にも限度があると怒っているのではなく、ここからさらに増えると自分が藍大に甘える時間が減ってしまうからだ。


 藍大は頬を膨らませる舞を抱き締め、舞の気が済むまで甘やかした。


『ご主人、僕のことも忘れちゃ駄目だよ』


「よしよし、愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 リルも舞の後ろにちゃっかり並んでいたため、舞の後にリルも甘やかすのを忘れない。


 それから、藍大は今まで気になっていた母親の知らない一面について訊ねてみることにした。


「楠葉さん、母さんって集落にいた時はどんな感じだった?」


「集落にいた時の涼子かい? そうさね、力のある巫女として自分を律した巫女の鑑のような子だったね」


「・・・俺の知ってる母さんと違う」


「それなら逢魔の若造が涼子を変えたんだろうね。藍大にとって涼子はどんな母親だったんだい?」


「いつもニコニコしててちょっとしたことでも俺のことを褒めてくれた」


「そうだよね~。お義母様は私がアルバイトに合格したとか、お給料が増えたとかちょっとしたことでも褒めてくれたもん」


「あの子がそんなにニコニコしてる姿は想像もつかないさね。でも、その写真が証明する通り幸せだったんだろうね」


 楠葉も藍大の家族写真を見てにっこりと笑う涼子の顔を見てホッとした表情になった。


 集落を出て行った自分の娘が幸せに暮らせていたと知れて喜べない程楠葉は薄情ではない。


 またしんみりし始めたところで伊邪那美がとんでもない爆弾を落とした。


「涼子は妾と話す時はしょっちゅう笑っておったぞ」


「マジで?」


「マジじゃ。国生の者といる時は凛とした姿でいなきゃいけないから肩が凝るとかも言っておった」


「母さんってば演技派だったのか」


「なん・・・だと・・・」


 藍大は伊邪那美の言葉を割とすんなり受け入れられたが、涼子の母親である楠葉はショックを受けていた。


 母親の自分すら完全に欺かれていたと知れば驚きを隠せるはずもない。


「ばあちゃん、だから私も言ったんだよ。いつも凛として粛々としてるだけじゃ駄目なんだって」


「国生一族の在り方も変化を迎える時が来たのかねぇ」


「藍大が”伊邪那美の神子”になってる時点で時代は変わってるよ」


「それもそうさね。私達は伊邪那美様のお世話に徹してこれからは藍大に任せるさね」


「俺は何を任されるんだ?」


 藍大は楠葉と花梨の話を聞いて自分が引き継がなければならないことでもあるのか訊ねた。


 その質問に答えたのは伊邪那美だった。


「特に何もないのじゃ。藍大は自由にしておるが良いぞ」


「それで良いのか?」


「前にも伝えたが藍大が自由に動くことで面白いことになる。それが妾の回復期間をさらに短縮することに繋がるはずじゃよ。現に藍大に任せてたらマザーフレームを倒して妾の回復期間が10年短縮されたのじゃ」


「なるほどな。それなら好きにさせてもらうよ。何か頼み事があったらその時言ってもらう」


「うむ。それが良いのじゃ」


 藍大は突発的に自分に義務が生じないと聞いて安心し、今まで通り何か要望があったら伊邪那美に伝えてもらうスタイルを継続することにした。


 これで話が終われば良かったのだが、残念ながらそうはいかなかった。


 花梨が突然挙手したのである。


「はい!」


「花梨、いきなりどうした?」


「私の子作りの相手はどうすれば良いかな?」


「知らん」


 花梨がいきなりとんでもないことを言い出したのでズバッと切り捨て、藍大は花梨の発言の背景に国生一族のしきたりがあるような気がして楠葉にジト目を向けた。


 そのジト目の圧に耐えかねて楠葉は説明し始めた。


「国生一族は代々女系の家系でな、男は他所から集落に迷い込んだ者を色仕掛けで落として一族に取り込んで来たさね」


「日本版アマゾネス!?」


「涼子は逢魔の若造を独占して消えたから集落の者達を抑え込むのが大変だったのう」


「母さんちゃっかりしてる!?」


「流石はお義母様だね。好きな人をゲットして他から守るなんて騎士と言っても過言じゃないよ~」


「リル、ちょっとモフらせて」


『良いよ~』


 予想外の事実を受け止め切れず、藍大はリルをモフモフすることで自分の心を落ち着かせた。


 リルも藍大にモフモフされるのは好きだから、藍大の気持ちを落ち着かせられるし一石二鳥である。


「花梨」


「何かなばあちゃん」


「お前の相手は今のところ藍大が理想さね」


「そうだよね。藍大って作ってくれるご飯は美味しいし私達に理解もあるし理想的だよね」


「それは認めねえぞゴラァ!」


 (あっ、戦闘モード。カバーリングまで使ってるじゃん)


 舞は小さくして持っていたミョルニルを取り出し、カバーリングで藍大と花梨の間に割り込んだ。


「ひっ!?」


 舞の迫力に花梨は怯えて腰を抜かしてしまった。


「藍大の嫁が豹変したさね・・・」


「よしよし。大丈夫だ。俺は花梨を娶ったりしないから安心してくれ」


「本当か?」


「本当だ」


「本当に本当?」


「本当に本当だ」


「良かった~」


 舞は質問を繰り返すうちに頭をクールダウンできたようで、藍大がとどめにハグをしたことで普段通りの舞に戻って甘え出した。


 藍大は舞を甘やかしながら楠葉と花梨にジト目を向けた。


「楠葉さんと花梨、頼むから余計な問題を起こさないでくれ。次は助けないぞ。良いな?」


「わ、悪かったさね」


「(コクコク)」


 楠葉はどうにか返事を口にできたが、花梨は舞に怯えて首を縦に振るのが限界だった。


「しきたりだろうと拘り過ぎてはダメなのじゃ。楠葉も花梨も藍大やその妻達の許可なく勝手なことをするのは禁止するのじゃ」


「ははぁ」


「(コクコク)」


 伊邪那美にも注意されたならば、今後花梨が藍大に子作りをせがむことはないだろう。


 藍大は短い時間で自分のルーツを知ることはできたが、国生一族のしきたりには気をつけようと心のメモ帳に記した。

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