第370話 絶対だよ! 絶対に絶対だからね!

 藍大達が秘境ダンジョン3階を踏破した日の午後14時、茂はDMUの職人班の仕事部屋に大量の荷物と共に来ていた。


「梶班長、今日も”楽園の守り人”からすごいのが届いたぞ」


「マジか。一体何が届いたんだ?」


 梶班長と呼ばれた頭にタオルを巻いてツナギを着た男は茂に嬉々として訊ねた。


 梶は”迷宮の狩り人”に所属する梶詩織の兄であり、職人班の班長を任されている。


「オファニムフレームとケルブフレームだ。どっちも魔眼系アビリティを付与した装備に使えそうだって藍大が言ってた。それと、ケルブフレームでアダマントシールドを超えられる盾を作れないかって相談もされた」


「ほう・・・」


 梶は届いた素材をじっくりと検分し始めた。


 現在、DMUの職人班が実現できるようになった効果の付与は以下の通りだ。



 ・属性の付与

 ・刃物の切れ味上昇

 ・鈍器や金属鎧の硬度上昇

 ・あらゆる攻撃やデバフ効果の半減

 ・疲労の軽減



 これらの付与はどれもシャングリラのようなダンジョンのレアモンスターの素材を取り扱う内に職人班が安定してできるようになったものだ。


「こいつはグレートな素材だぜ。練習台オファニムフレームも大量にあることだし、本番ケルブフレームではすごい物が作れそうだ」


「そりゃ良かった。実は、この2種類の素材とは別にドミニオンマトンの魔導書も送ってもらえたんだが、こっちは俺がじっくり鑑定してから職人班に渡すから待っててほしい」


「わかった。そっちも気になるがこっちの方を優先しよう」


 昨日の時点で茂からドミニオンマトンの魔導書については話を聞いていたため、梶はそちらについても興味があった。


 しかし、今の最優先は藍大からの挑戦とも取れるケルブフレームを使った盾の作成である。


 二兎を追う者は一兎をも得ずという諺があるから、梶も順番に対応することに納得した。


 茂はオファニムフレームとケルブフレームの素材を梶に託した後、千春に手招きされて調理グループの仕事部屋に移動した。


「千春、どうしたんだ?」


「ねえねえ、珍しい食材はないの?」


「ごめんな千春。今回藍大が探索してるダンジョンには食材になるモンスターが出て来ないんだって」


「そんなぁ・・・」


 千春は膝から崩れ落ちてしまった。


 千春以外の調理士達も千春よりはマシだが明らかに落ち込んでいる。


 調理士達は普段からDMUで買い取ったかDMUの隊員が手に入れたモンスター食材で料理をする。


 しかし、その大半で作れる料理は作ってしまって藍大が時折お裾分けしてくれる食材や月見商店街で仕入れた食材しか新たな発見がなくなってたりする。


「こ、こうなったらゲテキングの雑食に手を出すしか」


「早まるんじゃない!」


「そうだ、まだ他にも方法もあるはずだ!」


 調理士の1人が恐ろしいことを言い出したため、両脇にいた調理士が待ったをかけた。


 割と余裕がないかもしれないと思い、茂は千春を元気づけようと声をかける。


「千春、近い内にシャングリラに遊びに行けるよう連絡するから元気出してくれ」


「絶対だよ! 絶対に絶対だからね!」


「わかった。約束する」


 茂の言葉で笑顔になる千春はもう小動物らしさしかなかった。


 ちみっ子調理士は今日もちみっ子調理士らしい。


 あんまり職場でいちゃついていると苦情が発生するので、茂は千春達の仕事部屋から出た。


 茂が自分の仕事部屋に戻ってドミニオンマトンの魔導書を調べていると、潤から呼び出しがかかった。


 また面倒事だろうかと気分が落ち込むけれど、後回しにした方がもっと面倒になると思って茂は本部長室へと移動した。


「失礼します」


「私しかいないから言葉は楽にして良いよ。それにしても早い到着だね。暇してた?」


「暇な訳ねーだろ。後回しにしたら不味いかもしれないと思って鑑定を中断して来たんだろうが」


「そりゃ失敬。でも良い読みしてるよ。今日も面倒事だし」


「デスヨネー」


 潤の発言に茂はやっぱりそうだったかと肩を落とした。


「今日の面倒事はなんだと思う?」


「そういうのいらないから説明して」


「折角アイスブレイクしようとしたのに酷くない?」


「アイスブレイクしようがしまいが面倒であることに変わりはないだろうが」


 茂の反論に潤は何も言い返すことができず、咳払いして本題に入った。


「日本政府に覚醒の丸薬を希望する国が出て来た」


「前にもその話はあったじゃん。それで突っぱねたんじゃなかったの?」


「CN国に少量とはいえ売ったのが影響してね。CN国だけ贔屓するのはいかがなものかと言って再び希望する国が増えて来た」


「板垣総理はどうしたんだ? 突っぱねたんだろ?」


「現状では突っぱねてるけどどれだけ逃げられるかわからない」


「なんで?」


「世界が地震とスタンピードで疲弊してる中、日本だけが早期に復興して地震以前の状態に戻れたんだよ? だったら人道的な判断として困ってる国を助けてくれるべきだろうと言う国が多くてね」


「助けてもらう側の国が偉そうなのは良いのか?」


 茂の疑問はもっともなことだ。


 どうして助けてもらう側の国が開き直って偉そうに言えるのか。


 これにツッコまない者はいないだろう。


「そうなんだけどね。各国の政府も冒険者達が強くならなければまた同じことが繰り返されるとわかってるから恥も外聞も捨てて板垣総理に覚醒の丸薬を売ってくれって頼んでるそうだよ」


「手に入れられなかったら政権交代もあり得そうだもんな」


「わかってるじゃん。まだ明確な回答はしてないけど、板垣総理はE国とI国に5本ずつ売ることができないか考えてるらしい」


「E国とI国? あぁ、留学生が余計なことをせずに無事帰国した2国か」


「正解。全部拒否するのは難しそうだから、日本でお行儀よくしてた国だけ5本ずつ売ることで手を打つのはどうかって考えだそうだ」


「その考えはあくまで板垣総理だけのものであって藍大の都合とか一切考えてなくね?」


 再び潤は何も言い返せなくなった。


 まったくもってその通りなのだから仕方ないと言えよう。


 それでも潤は時間を引き延ばそうと言わねば話が進まないと覚悟を決めて口を開いた。


「茂には藍大君の協力を取り付けてほしい」


「言うと思った。でも今は無理だぜ」


「どうしてだい?」


「藍大達のパーティーは今、未発見だったダンジョンの攻略中だから」


「今まで未発見だったの?」


「未発見だった」


「それなのにスタンピードは起きてなかったのかい?」


「そうだ。つまり、これ以上言わなくてもわかるよな?」


 茂は暗に今藍大達に別のことをさせるなんてとんでもないことだと言っている。


 本当はスタンピードなんて起こらないのだが、毎回毎回板垣総理や潤に良いように使われるのもムカつくからそのように言ったのだ。


 潤も国内でスタンピードが起きるのがわかってて他国を支援する義理はないと考えているため、三度沈黙するしかなかった。


 そうだとしても、潤も板垣総理に相談されている以上別の手段を考えない訳にはいかない。


「だったら広瀬君達に素材集めを頼めないかな? 素材さえあればゴッドハンドに覚醒の丸薬を作ってもらえるんじゃない?」


「どうだろうな。広瀬達からすればシャングリラダンジョンの下層の素材の方が稼げるから引き受けるメリットがないぞ」


「今回に限って機会損失分はDMUで補填するよ。これで藍大君経由で話をしてくれないか? 最近じゃ私はすっかり警戒されてるからね。DMU本部長の頼みと言っても望み薄だよ」


 なんだわかっているじゃんと茂は思ったが、それを口にしないだけの理性はあった。


「できるとは約束はしないし板垣総理にもまだ何も言うな。狡い大人が自分達だけで勝手に決めると皺寄せが来るのは現場なんだから」


「トゲトゲしてるじゃんか」


「そうさせたのが誰なのか一度胸に手を当ててよく考えると良い」


「まったく日に日に言い返せなくなるね」


「狡い大人に鍛えられたもんで。話は終わりだろ? 仕事部屋戻るから」


 潤が息子の成長に嬉しさ半分困惑半分という反応を見せていると、茂は本部長室から出て自身の仕事部屋に戻った。


 その後、茂は藍大に潤から受けた件について相談して司達に頼んでもらった。


 司達も損失を補填してくれるなら構わなかったため、その旨が藍大経由で茂に伝えられた。


 茂は交渉に苦労したように潤に報告し、潤からしばらく藍大達へのお願いは控えるという言質を取った。


 茂は潤と藍大の板挟みになりながらも確実に”楽園の守り人”係としての実績を上げるのだった。

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