第31章 大家さん、自分のルーツを調べる

第363話 じゃあ行こうよ。思い立ったが吉日だよ

 健太と未亜の結婚式や麗奈と晃の結婚式が終わり、気が付けば4月になった。


 世界がスタンピードを鎮圧してようやく復興に専念している真っ最中であるにもかかわらず、日本は藍大が伊邪那美の力でスタンピードを防いだおかげでほとんど復興が終わっていた。


 ”楽園の守り人”を始めとした日本のトップクランが金銭物資を惜しみなく寄付したところが大きい。


 日本政府とDMUは益々彼等に頭が上がらなくなった。


 4月1日の木曜日、藍大はリルとリュカと一緒に朝駆けで山梨県にある秘境を訪れていた。


 リルとリュカが走りに行きたいと藍大におねだりし、舞達奥さんズが朝食は自分達が作っておくから行って来て良いと言ったから朝駆けをしていたのだが、リルが何かを感じ取って藍大とリュカをここまで連れて来たのだ。


「ここって確か母さんの実家がある辺りだったっけ」


『そうなのご主人?』


「ああ。伊邪那美様が前に教えてくれたんだ。母さんは由緒正しい巫女の一族の血を引くって話はリルも一緒に聞いただろ? あれには続きがあって、山梨県の秘境に隠れ住んでたらしい。それがこの辺りのはずだ」


『ご主人はおじいちゃんとおばあちゃんに会いたいの?』


「そりゃ一度くらいは会ってみたいかな」


『じゃあ行こうよ。思い立ったが吉日だよ』


「私もリルに賛成」


「そうだな。ありがとう」


「「クゥ~ン♪」」


 リルとリュカは頭を撫でられて嬉しそうに鳴いた。


 藍大達がいる秘境は森だったが、日光が届かない暗さなんてことはなく適度に届いて視界は確保できている。


 何かを感じ取ったリルの案内でスイスイと森の中を進むと、ツリーハウスがいくつもある場所に辿り着いた。


「これはまた幻想的な場所だな。写真撮っておこう」


 藍大はパシャリとスマホのカメラで写真を撮った。


 今ここにいない舞達に見せるためである。


『ご主人、微弱だけど僕達の家の地下神域と同じ感じがするよ』


「そんなことがわかるのか」


『うん。だって僕、”風聖獣”だもん』


「そうだったな。よしよし」


 そんな感じで藍大とリルが戯れていると、樹上の家から巫女服を着た女性が姿を現した。


「ばあちゃん、余所者がいる!」


「こら花梨かりん! 大きい声出すんじゃないよ!」


 (どっちも声が大きいと思うぞ)


 藍大は心の中でツッコミを入れた。


「どっちも声が大きいわ」


『そうだよね』


 リュカとリルはそのツッコミを心の中に留めたりしなかった。


 ツリーハウスから現れたもう1人に藍大は見覚えがあった。


「母さんに似てる? いや、まさか、それにしては若過ぎるような・・・」


 藍大は1つの可能性に思い至ったが、そんなことがあり得るのかと結論を出せずにいた。


 その一方、ばあちゃんと呼ばれた女性は樹上から藍大の顔を見て目を見開いた。


「涼子・・・」


 (やっぱりか。てかマジで若くね? 俺の母さんって呼んでも違和感ないレベルだぞ?)


 藍大はばあちゃんと呼ばれた女性が自分の祖母であると確信した。


 涼子とは藍大の母親の名前であり、自分の顔を見て母親の名前を呼ぶ母親に似た顔の女性とくればそれ以外の可能性は考えにくいからである。


 2人の女性はツリーハウスの階段を下りて藍大に近づいた。


「あんた、涼子の息子だね?」


「はい。逢魔藍大と申します。貴女は俺のおばあさんですか?」


「逢魔・・・。間違いない。あんたは私の孫だよ」


「えっ、この人私の従弟なの!?」


「花梨、静かにしな。あんたが喋ると話が進まないから」


「は~い」


 花梨は藍大の祖母に注意されておとなしくなった。


「自己紹介がまだだったわね。私は国生楠葉くにきくすのは。この子は孫の花梨。あんたの従姉さ」


「よろしくね。あっ、藍大って何歳?」


「24です」


「やっぱり私の方がお姉さんだ。25歳だし。控えろ~」


「馬鹿やってんじゃないよ」


「痛い・・・」


 花梨は自分の方が年上だと聞いて胸を張るものだから楠葉が拳骨を喰らわせた。


 花梨は初対面とは思えない程グイグイ行くタイプのようだ。


 そのブレーキ役として楠葉が鉄拳制裁を下すのが彼女達のスタイルなのだろう。


 藍大は彼女達のペースに飲み込まれないように質問した。


「この集落にいるのは2人だけなんですか?」


「そうさね。他の連中は2年前の地震で半分死んで残りはダンジョン探索で命を落とした。生き残りは私と花梨だけさ」


「女性2人で暮らすのは危険では?」


「そうは言っても私達の一族は電気もガスも水道もない生活に慣れっこなのさ。今更現代の社会に適応できるとも思えぬ」


「何かこの集落に守るべき物はありますか?」


「あった」


「過去形ということはもうないんですね」


「その通りさね。守るべき神社がダンジョンになっちまったのさ。それを取り戻そうとして私と花梨以外は挑んで死んでしまったのさ」


 そこまで聞いたところで藍大はピンと閃いた。


 だが、その前に確認しておきたいことを訊ねた。


「楠葉さんと花梨さんって2年前の地震以降何か力に目覚めたとかあります?」


「私は物を鑑定できるようになったね」


「私は剣を扱えるようになったよ」


 (楠葉さんが鑑定士で花梨さんが剣士か)


 2人が冒険者になれると判断したため、藍大は1つ目のプロセスをクリアした。


「そうですか。ちなみに、2人は巫女服を着てますけどどの神様を崇めてるんですか?」


「国生の者は代々伊邪那美様を崇めてるさね」


「まあ今となっては伊邪那美様に声が届かないし降神もできないけどねー」


 伊邪那美が自分の母親の姿を借りていることから、藍大は楠葉と花梨も伊邪那美を崇めているのではないかと予想していた。


 その予想は当たっていたので2つ目のプロセスもクリアしたことになる。


「楠葉さん、俺を鑑定してみて下さい。そのうえでお話があります」


「わかったさね」


 藍大から許可を貰って楠葉は藍大のステータスを鑑定した。


 その直後に楠葉は膝立ちになって手を胸の前で組んで藍大を拝んだ。


「ばあちゃん!? いきなりどうしたの!?」


「花梨! 藍大は涼子の血をしっかり継いでるよ! 藍大には”伊邪那美の神子”の称号があるさね!」


「何それすごい! でも悔しい! お姉ちゃんよりも優秀な弟がいるなんて!」


 (俺はいつから花梨さんの弟になったんだ?)


 そんなツッコミを入れたら花梨のペースに巻き込まれてしまうため、藍大は新たに気になったことを訊ねた。


「母さんは巫女としてすごかったんですか?」


「すごいなんてもんじゃないよ。国生一族の中で300年に1人レベルの才能の持ち主さね。あんたの父親がここに迷い込んで涼子を連れ出さなかったら未来は変わってたと断言できるね」


 (母さんすげえ・・・)


 藍大は楠葉の説明に改めて自分の母親のすごさを思い知った。


「母さんの血を継いでるってのはそういうことでしたか。話が飛躍するように思うかもしれませんが、俺のアパートに移住しませんか? 今なら家も運んで行けますし、伊邪那美様にも会えますよ?」


「伊邪那美様に会えるだと!?」


「伊邪那美様が顕現できるの!?」


 藍大の提案を聞いて楠葉も花梨も驚きを隠せなかった。


 今まで自分達が崇めていた神と対面できると聞けば無理もないだろう。


「会えます。俺のアパートの地下には伊邪那美様の神域があります。楠葉さんと花梨さんが伊邪那美様のお世話をしてくれるならば、伊邪那美様も喜ぶと思いますよ」


「行くさね!」


「行こうばあちゃん! 40秒で支度してくる!」


 (なんでそのネタ知ってるの?)


 花梨の言葉に気になる点はあったが、藍大は楠葉と花梨が移住する気になったので深く突っ込んだりしなかった。


 その後、藍大達は楠葉達の家を収納リュックにしまってリルの<転移無封クロノスムーブ>でシャングリラまで戻って来た。


 藍大が朝駆けから戻って来たと思ったら祖母と従姉を連れ帰ってきたため、舞達が衝撃を受けたのは当然のことである。


「藍大のおばあちゃん!? 藍大にはとても良くしてもらってます!」


「主のおばあちゃん若い」


「生き別れの家族との対面なのよっ」


「ゴルゴン、それちょっと違うです」


『え━━━(゚o゚〃)━━━!!!』


 楠葉と花梨が驚いたのもまた当然のことだった。


「なんと、私に2人も曾孫がいたとは驚いたね」


「えぇ・・・。弟君、お嫁さんこんなにいるの~?」


 みんなで朝食を共にした後、伊邪那美の神域で楠葉と花梨が住み込みで働くことが決まり、伊邪那美は自分を信仰して世話までしてくれる者が現れたことを喜び、楠葉と花梨も伊邪那美と対面できたことに感謝した。


 リルが言った通り、思い立ったが吉日という言葉は事実だった。

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