第352話 食べ物は食べるための物でエッチの道具じゃないんだよ

 全世界で起きた大地震から1ヶ月が過ぎ、2月の中旬になった。


 地震と共に起きたスタンピードで滅んだ国も出て来る中、CN国は日本から帰国したリーアムが覚醒の丸薬を持ち帰ったことでかなり被害を抑えることができた。


 日本は最低限の力を取り戻した伊邪那美のおかげでスタンピードが発生せず、地震の被害だけで済んだため、”楽園の守り人”を筆頭にトップクランが寄付等を行って2月に入る頃には復興の目途が立った。


 魔王様信者が増えたり”リア充を目指し隊”のトップが代わったりしたが、それはまあ置いておこう。


 本日は2月14日であり、世に言うバレンタインデーだ。


 シャングリラは大地震の影響を全く受けていないため、こういうイベント事は外せないと102号室では朝食後に奥さんズから藍大に渡すチョコのお披露目が行われていた。


「まずは私からだよ。去年よりも頑張ったの」


 舞がそう言って藍大に渡したのはリルの顔の形をしたチョコだった。


 このチョコは舞が愛のフリルエプロンを使って猛特訓した成果物である。


 力仕事は大得意でも、繊細な作業は苦手だから舞が頑張ったと言うのならば本当に頑張ったのだろう。


 実際、舞が作ったチョコは愛らしい表情をした時のリルの顔であり、舞が今作れるレベルでは最高の完成度だった。


「おぉ、よくできてるじゃん! ありがとう、大切に食べる!」


「えへへ、良かった~♪」


 舞は藍大に喜んでもらえてホッとした。


 作るよりも食べる方が得意な舞にとって、自分よりも料理が上手な藍大に何か作るのは緊張することだ。


 藍大に喜んでもらえて安堵するのは当然のことと言えよう。


『良いなぁ』


「リル君にもチョコは大丈夫って聞いたから作ってあるよ」


『うわぁ、ありがと~!』


 藍大がチョコを貰っているのを見てリルが羨ましそうに見ていたため、舞はそんなこともあろうかととリルにも手作りチョコをあげた。


 フェンリルは犬とは違うため、チョコを食べても体調を崩さない。


 これは藍大がモンスター図鑑で調べてわかったことだ。


 そうでなければ舞もリルにチョコをあげたりしないだろう。


 リルは尻尾をブンブン振って舞にお礼を言った。


「・・・」


「吾輩達の分はないのか?」


「ゲンとブラドにもちゃんと用意してあるから安心して」


「感謝」


「感謝する。流石は騎士の奥方である」


 ゲンとブラドも羨ましそうに見ていたので、舞は彼等にもチョコをあげた。


 食べることが大好きな舞は家族内で仲間外れを作ったりしない。


 だからこそ、従魔達は舞に抱き着かれてもなんだかんだ舞を憎めないのだ。


 ゲンとブラドも嬉しそうに自分達のチョコを貰っていた。


「次は私の番。今年は千春に習ったガトーショコラだよ」


「サクラはガトーショコラも作れるようになったのか! ありがたくいただくよ!」


 サクラは千春を味方につけて味で勝負するつもりらしい。


 サクラが披露したガトーショコラの見た目は店で売られていても遜色ない出来栄えだった。


「喜んでもらえて良かった。今年こそ全身にチョコを塗りたくって私がプレゼントってやろうと思ったけど、舞に猛反対されてこっちにしたの」


「うん、それは舞が正しい。食べ物で遊んじゃいけません」


「主と一緒で舞にも同じことを言われた」


「食べ物は食べるための物でエッチの道具じゃないんだよ」


「そうだな。それに優月と蘭の教育に良くないから今後もやっちゃ駄目だぞ」


「は~い」


 サクラが恐ろしいことを考えていたけれど、それは舞によって阻止されていた。


 舞の発言に藍大は同意し、サクラに釘を刺してからガトーショコラをありがたくいただいた。


 次はゴルゴンのターンである。


「フッフッフ。やっとアタシのターンなのよっ」


「ゴルゴンは何を作ってくれたんだ?」


「チョコクッキーなのよっ。味わって食べてもらわなきゃ困るんだからねっ」


「大切に食べるよ。ありがとな、ゴルゴン」


「わ、わかれば良いのよっ」


 ゴルゴンはツンツンした言い方だけど嬉しさを全く隠せていなかった。


 素直に喜べば良いものをとツッコむ者がいないのは今更である。


「ゴルゴンとチョコ作りの相性は悪かったから大変だったね」


「全くです。舞とは別の意味で手伝うのが大変だったです」


 サクラとメロはゴルゴンがチョコクッキーを作る過程を思い出して遠い目をした。


 ゴルゴンは朝の体温が低いが日中の体温は高いのだ。


 それゆえ、力んでチョコをうっかり溶かしてしまうこともよくあったから、ゴルゴンのチョコ作りに協力したサクラとメロは大変だったと語る訳である。


 チョコクッキーにしたのも溶かしたチョコを固める作業が上手くいかなかったからという理由があった。


 (サクラもメロもお疲れ様)


 藍大はサクラとメロを心の中で労った。


 この労いを今口にすれば、頑張って作った達成感に浸るゴルゴンがしょんぼりしてしまうからだ。


 後でこっそりお礼を言おうと心に決め、メロからチョコを貰うことにした。


「どうぞなのです。私からはターゲットチョコです」


「これは射的の的? チョコとミルクチョコを使って作ったのか。完成度たけーなオイ」


 メロが用意したチョコは射的の的を模した円盤のチョコだった。


 チョコとミルクチョコを交互に重ねて作ったらしく、メロならではの工夫だと藍大は感嘆した。


「マスターは絶対に逃さないという私のメッセージを込めてみたです」


「誰も逃げたりしないから安心してくれ。ありがとな、メロ」


「はいです!」


 メロは藍大にお礼を言われて嬉しそうに笑った。


 さて、次が最後だが何をしでかすかわからないゼルの番である。


 今まで顔文字も出さなかったからヒントも何もない。


 ゼルは時々ネタに走る傾向にあるから、藍大もゼルから貰うバレンタインデーのチョコが普通なものだとは思っていない。


『ε=ε=ε=ε=(((((*ノДノ) 好きダァァー!!』


 派手な顔文字と共にゼルが藍大に渡したのは市販の板チョコだった。


 テンションと渡す物が見合っていないため、藍大は反応に困った。


「お、おう。ありがとう」


「ゼル、何やってんのよっ。マスターが困ってるじゃないのっ」


「そうですよゼル。こういう時はネタに走らなくても良いんです」


「どゆこと?」


 ゴルゴンとメロがゼルにジト目を向けると、藍大はゼルに説明を求めた。


 何か仕掛けがあるようなので、ゼルから説明してもらうという訳だ。


 ゼルは携帯用ホワイトボードにペンでキュッキュと音を立てて説明を書き、それを藍大に見せた。


 その説明によれば、包み紙を外すとチョコを着色して作ったジグソーパズルチョコが入っているらしい。


 包み紙は市販のチョコの物を使い、藍大にドッキリを仕掛けたとのことだった。


『( ̄∇ ̄)v ドヤッ!』


「やっぱゼルは変化球で来たか。いや、もはや魔球と呼んでも良いレベルだ」


 ちょっとした工夫どころか藍大にドッキリをしかけるあたり、ゼルは本当にお茶目である。


「マスター、包みを開けてみるですよ。ゼルも結構作り込んでるですから」


「わかった。開けさせてもらうよ」


 メロに言われて藍大はゼルのチョコの包み紙を剥がしてみた。


 すると、その中には藍大達が結婚式を挙げたホテルが描かれたチョコがあった。


 しかも、チョコはパズルのようになっていて1つずつ外せるようになっている。


「普通にクオリティ高いじゃん。ゼル、最初からこれを見せてくれれば良いのに」


『(ノ≧ڡ≦)てへぺろ』


「愛い奴め」


 藍大がよしよしと頭を撫でると、ゼルは嬉しそうにされるがままになった。


「あう~」


「優月もチョコに興味あるの~?」


「あい」


 優月はじっとチョコレートに視線を向けていた。


 しかし、まだ離乳食を食べている優月にチョコレートは味が濃いから渡せない。


 舞はその事実を上手く伝えられそうになかったため、藍大に助けてほしいと合図を送った。


「優月、チョコレートは3歳から食べられるおやつなんだ。今日は別のおやつを作ってあげるから我慢してくれないか?」


「あい!」


「よしよし、良い子だ」


 優月は何がなんでもチョコレートを食べたいという訳ではなかったので、藍大がおやつを作ってくれると聞いてチョコレートへの興味を失った。


 食べ物で釣られるあたり、優月も舞同様にチョロいのかもしれない。


 (ユノが人化できるようなアビリティを覚えたら料理を教え込まなくては)


 ユノが優月の一番になれるよう、藍大はユノが人化できるようになったら料理を教え込むことを心に決めた。

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