第347話 ういやつめ

 1月7日の木曜日、茂からの電話を切った藍大に舞が話しかけた。


「芹江さんなんだって?」


「リーアム君がさっき覚醒の丸薬を持って日本を出国ってさ。その代金を”楽園の守り人”の口座に振り込んだって連絡だった」


「そっか~。一昨日が実力試しで今日帰るんじゃ結構ドタバタだね~」


 舞の言う通り、リーアムの帰国はかなりタイトなスケジュールだった。


 昨日1日で荷物の整理を行い、出国に必要な手続きを超特急で済ませて今日の朝の便でCN国行きの飛行機に乗ったとなればドタバタしたに違いない。


 リーアムの場合、日本で気になった物はすぐに買ってしまうから荷物が多かったのはここだけの話だ。


「それだけCN国も早く覚醒の丸薬が欲しいんだろ。A国への対抗手段があれば、余計な戦闘をしなくて済むし」


「ダンジョンが出現して国が大変なはずなのになんで戦争するんだろうね?」


「利権、信仰、覇権争い、自己実現。色々考えられるけど人によって理由は違うんじゃね?」


「・・・むぅ。藍大が難しいこと言って虐める」


「ちょっと待って。質問して来たのは舞の方だろ?」


 舞が頬を膨らませてムスッとすると、藍大はいやいやそれでムスッとするのは違うだろうと苦笑いした。


「オホン。主君、騎士の奥方、そろそろ話し合いに戻ってくれないか?」


「すまん、脱線した」


「ごめんねブラド」


「わかってくれれば良い」


 茂が藍大に電話をかけてくる前、藍大は舞とブラドとある話し合いをしていた。


 それは優月の最初の従魔をどうするかである。


 その話し合いの途中で茂から電話があったため、話し合いは中断となってしまったのだ。


 茂との電話は大事な話だろうから仕方ないが、その後の藍大と舞の話は今する必要があるのかとブラドが指摘すれば2人はブラドに謝るしかない。


「ブラドからの提案だけど、優月にテイムはまだ早いんじゃないか? 1歳にもなってないんだぞ?」


「ブラド、私もまだ早いと思うな。どうして優月にテイムさせようと思ったの?」


「吾輩、パートナーは早く選ぶべきだと思うのだ。一緒にいる時間が長ければ長い程、いざという時の優月の助けになるのではないか?」


「なるほど」


「それは言えてる」


 藍大と舞は優月の自我がもう少ししっかりしてからでも良いと考えていたが、ブラドは優月のパートナーになるドラゴンを早く見つけて優月の力になってほしいと考えていた。


 優月は”ドラゴンの友達”という称号を持っているから、従魔となったドラゴンに反抗されることはまずないだろう。


 頼りになる味方として機能するならば、早い内から優月を最初のドラゴンと引き合わせたいというのがブラドの言い分である。


 ブラドの方が藍大と舞よりも優月の従魔をどうするか気にしているけれど、これは優月の”ドラゴンの友達”が影響しているからに違いない。


 その時、今まで舞に抱っこされておとなしくしていた優月が喋った。


「どあごん」


 ラ行が上手く発音できていないが、それでも藍大は優月の言いたいことを理解できた。


「ん? 優月、友達ドラゴンが欲しいのか?」


「あい」


「ほら見ろ。優月もドラゴンを早くテイムしたいのだ」


「そうみたいだな」


「優月にその気があるなら真剣に考えよっか」


「あい!」


 優月はニッコリと笑って返事をした。


 藍大も舞も優月を可愛いと思ったが、そんな優月を見て一番デレデレしているのがブラドだったりする。


「ブラド、優月にオススメなドラゴンはいるか?」


「吾輩が思うに、最初から強いドラゴンをテイムさせるのは優月のためにならないから避けたい」


「一緒に成長できるぐらいの強さが良いってことだな?」


「左様。ゆくゆくは優月を守ってもらうとしても、最初から強過ぎると優月がそのドラゴンに甘えっぱなしの駄目人間になってしまう。それは避けなければならない」


「おぉ、ブラドが親みたいなこと言ってる」


 ブラドが教育論のようなものを語り出したため、藍大はそう言いつつブラドが真剣に優月のことを考えてくれているのだと嬉しく思った。


「吾輩にとって優月は息子も同然である。ただ甘やかす訳にはいかぬのだ。一緒に強くなるからこそ、困った時に支え合えるのではないか?」


「なるほど。私と藍大みたいな感じだね」


「騎士の奥方は元々主君よりもずっと強かったであろうが。主君の素の実力じゃ騎士の奥方がデコピンしただけで瀕死であるぞ」


「唐突な貧弱disやめてくれる!?」


 いきなり自分が貧弱である事実を突き付けられ、藍大はあんまりだとブラドに抗議した。


 そこに舞もそうだそうだと言葉を続ける。


「そうだよ! 冗談でも私が藍大に攻撃するはずないよ! 大切な藍大を壊したくないもん!」


「・・・騎士の奥方よ、主君が落ち込んでるからもう止すのだ」


 ブラドはただ事実を告げただけだったが、舞がとどめを刺してしまったことで藍大に対して申し訳なく思った。


 舞も自分の失言に気づいて慌てて謝った。


「ごめん藍大! 大丈夫だよ! 夜の藍大は私よりも強いから!」


「フォローになってないのだ」


「その通り。私も夜の主の強さには敵わない。主は最強」


「桜色の奥方、いつの間に来た?」


 気づいたら蘭を抱っこしたサクラがいたため、ブラドは静かに驚いていつ来たのかと訊ねる。


「主が弱った波動を感じて来た。リルも一緒」


『ご主人、元気出して。僕を撫でれば元気になるよ』


「ありがとな、リル」


「クゥ~ン♪」


 サクラと一緒に駆け付けたリルは、自分を撫でて元気になってと藍大に声をかける。


 藍大はリルの言う通りにモフモフすることで元気を取り戻し、サクラとリルは優月の初めての従魔に関する話し合いに加わることとなった。


 咳払いをして場を仕切り直した後、藍大は口を開いた。


「話を戻そう。ブラドは優月と一緒に成長するようなドラゴンが良いと思うんだな?」


「うむ。その通りだ」


「主、ちょっと良い?」


「どうしたサクラ? 何か気になることでもあった?」


 サクラが挙手をしたので藍大はサクラを指名した。


 自分達が思いつかなかったことを指摘してくれるかもしれないという期待はすぐに現実になった。


「うん。ブラドが召喚するドラゴンの性別で優月とそのドラゴンの関係性が変わると思うんだけど、主達はどう思う?」


「なるほど。サクラはドラゴンが雌だった場合、最終的に人の姿になって優月の嫁になる可能性も考えるべきだってことを言いたいんだな?」


「そうだよ。ゴルゴンだって元々の姿は9つの頭を持つ蛇でしょ? それでも、主のことが好きで人の姿になれるようになって結婚した。そのうえ子供までできたんだから、優月が雌のドラゴンをテイムしたら同じことが起きる可能性は高いと思う」


「優月、許嫁ができちゃうかもよ~?」


「あい?」


 いくら優月が普通の0歳児よりも賢いとしても、許嫁の意味まで理解しているなんてことはないだろう。


 現に優月は何それと首を傾げていた。


『ちょっと待った~』


「リル?」


『今までの話は優月がテイムしたドラゴンが雌だったらってことだよね? 雄だったら僕とご主人みたいな関係になるんじゃない?』


「モフモフなドラゴン・・・。何それ絶対可愛い」


「いかん! 騎士の奥方に狙われてしまうではないか!」


 舞は藍大とリルの関係からモフモフな雄のドラゴンを思い浮かべたらしい。


 ブラドはこれからテイムされるであろうドラゴンが自分のようにぬいぐるみ扱いされる危険性を察知し、それだけはいけないと戦慄した。


「酷~い。私だって優月の従魔を好き勝手に抱き着いたりしないのに~」


「待て、待つのだ。その論法で言えば吾輩は主君の従魔であるぞ。どうして吾輩はしょちゅう抱き着かれるのだ?」


 舞の言い分を聞いたことで、ちょっと待ってほしいとブラドは自分の現状に対する疑問を投げかけた。


 そんなブラドの疑問に対する舞の回答がこれである。


「ブラドはほら、同じ大罪の称号を持つ仲間だもん。仲間同士の挨拶みたいなものだよ」


「そんな挨拶認めてないぞ!?」


 舞の口から飛び出した予想外の回答にブラドの声が大きくなるのは仕方がないと言えよう。


「ぶあど~」


「ん? なんであるか優月?」


 自分に向かって手を伸ばす優月に呼ばれたため、ブラドが優月に近寄る。


 すると、優月はブラドの頭を藍大のように優しく撫で始めた。


「ういやつめ」


「仕方ないな。存分に撫でるが良い」


「あっ、優月が俺の真似してるぞこれ」


「藍大がよく言うもんね~」


 優月が藍大の口にする愛い奴発言を真似したものだから、藍大達は彼等のやり取りを微笑ましいと思って見守った。


 なお、優月が0歳児なのにこれだけ喋れることにツッコむ者がいないのは今更である。

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