第242話 ねえ知ってる?

 覚醒の丸薬のゲリラ販売会当日の午後5時、茂はDMU本部の本部長室を訪れていた。


 ドアをノックして中に入ろうとしたが、本部長室から会いたくない人物の声が聞こえたのでノックするのを止めて聞き耳を立てた。


「本部長、1クランにあれの販売権を与えるのは危険です! 覚醒の丸薬は我々の手で管理すべきです!」


「そうは言いますが、DMUの誰が覚醒の丸薬のレシピを知ってますか? その素材はどこから手に入れるんですか? 安定供給できますか?」


「それは・・・」


「今指摘したのは一部に過ぎませんが、それすらも答えられないのならば木津さんの提案は現実味を帯びてないので却下です。それ以外に何かありますか?」


「・・・失礼します」


 論破された木津の声がドアに近づいて来たため、茂はちょうど今来たように見せかけるべくノックする動作で固まった。


 茂の手の甲がドアに触れるかどうかという瞬間、オールバックに髪型をビッチリと決めた初老の男性が姿を見せた。


「どうも」


「チッ」


 木津は舌打ちして茂に挨拶することなく苛立ちを隠さずに自分の持ち場へと言ってしまった。


「芹江君、入って良いよ」


「失礼します」


 ドアが開いていたので茂がやって来たことはわかっていたから、本部長はドアをノックさせることなく茂を部屋の中に招き入れた。


 茂が室内に入ってドアを閉めると、潤は遠隔操作で施錠を済ませた。


「今そこで木津ショップ統括部長に舌打ちされたんだが」


「いやぁすまん。タイミングが悪かったね」


「老害が余計なことを提案したのは最後のほうだけ聞こえてた」


「そうか。本当にどうしようもない提案だったよ」


 茂が木津ショップ統括部長と呼んだ男はDMUに巣食う老害の1人だ。


 藍大が命名した老害四天王の2人目とも言える。


 ショップ統括部とは全国に展開するアイテムショップあるいはその出張所を統括する部署のことである。


 余談だが、ショップ統括部第一課は東日本のアイテムショップ等を管理し、第二課が西日本のそれを管理する。


「覚醒の丸薬をDMUが取り扱うべきとでも?」


「正解。”楽園の守り人”を優遇し過ぎだってさ。富の集中は是正されなければならないとか言ってたけど、DMUは営利組織じゃないのにアイテムショップの収益を上げることしか考えてないからね、あの人は」


「まあ1つ200万円だから今日だけでも”楽園の守り人”は4,200万稼いでる。日本にいる冒険者全員に覚醒の丸薬を売れたらその売り上げは億単位だろうから、守銭奴が食い込もうとしないはずないか」


「そういうこと」


 木津ショップ統括部長はDMU内では守銭奴として有名な老害だ。


 綿貫元メディア事業部長は政府内部へのコネがある権力に物を言わせる系老害だったが、木津ショップ統括部長はそれとはまた別である。


「そういえば、木津ショップ統括部長の娘さんって”ブルースカイ”のクランメンバーだったっけ?」


「あぁ、それでムキになってたのか」


「娘が”ブルースカイ”で地位を確立すれば木津家はもっと稼げる。そう考えて覚醒の丸薬の取り扱いを牛耳ろうとした訳だ」


「ねえ知ってる?」


「何を?」


「富の集中は是正されなければならないらしいよ」


「特大のブーメランじゃねえか」


「まったくだね」


 茂と潤は苦笑せずにはいられなかった。


 木津ショップ統括部長の娘は”ブルースカイ”のBチーム、つまりは2軍に所属している。


 彼女がBチームにいるのはAチームにいる青空瀬奈と職業技能ジョブスキルが被っているせいだ。


 魔術士は1パーティーに1人で良いからBチームにいるという訳ではなく、単に瀬奈よりも実力が低いからBチームにいる。


 どちらも固定砲台となっているのだが、出力は瀬奈の方が上でスカルネックレスまであるとなればAチームに瀬奈がいないのはおかしい。


「そうそう、”ブルースカイ”が覚醒の丸薬の買い付けに来れなかったのは偶然らしい。いや、”レッドスター”と”グリーンバレー”が今日話し合いの場を設けたのが偶然だったと言った方が良いか」


「それはどこ情報?」


「轟が轟の姉から聞いたのを藍大経由で知った。ついでに言えば、青空瀬奈もその場に呼ばれてたらしいけど断ったらしい」


「なんというか運がない話じゃないか」


「俺としては”楽園の守り人”が”ブルースカイ”を嵌めるつもりがなかったと知って安心した」


「そうだね。ところで、茂の本題はなんだい? まさかこれが本題じゃないんだろう?」


 潤に促されて茂は今この場にいる理由を思い出した。


「そうだった。藍大からの連絡の中で念のため伝えとくべき内容があって来たんだ」


「またダンジョンを見つけた? それともダンジョンを見つけて潰した?」


「違う、そうじゃない。今日は後輩達のパーティーの面倒を見る日だった」


「確か笛戦士と死霊術士、奇術士のパーティーだっけ?」


「それで合ってる。藍大が死霊術士に覚醒の丸薬をあげたってさ。二次覚醒したんだ」


「・・・売ってなかった分があったんだ?」


「”楽園の守り人”のクランメンバーと俺が使った分の余りが1つあったそうだ」


 昨日のバーベキューで茂が貰った覚醒の丸薬は茂が使った。


 これは鑑定士が使うことで人類に役立つ情報が得られるかもしれないと潤が判断して茂に使うように命じたからだ。


 その結果、茂の鑑定には辞書機能が追加された。


 鑑定結果でわからない言葉が表示されても、辞書機能で検索してその意味を調べられるようになった。


 今まではわからない言葉でもこれからはわかるようになったので、モンスター素材やダンジョンの研究で滞っていたものが解消されるようになる。


 それだけで茂が使った価値はあったと言えよう。


「死霊術士の二次覚醒はどんな力だったんだい?」


「藍大と同じく従魔融合だ。藍大は道場ダンジョンの5階を突破できない彼等にテコ入れすると決め、死霊術士に新たなモンスターをテイムと融合をさせたらしい」


「新種のスケルトンが誕生した訳だ。ん? アンデッド型モンスターなのに誕生ってのは変かな?」


「なんだって良いさ。セーラっていうレッドガードナーとオルラっていうヴィオレマージが死霊術士の新戦力になった。データはこんな感じ」


 茂は藍大から貰ったセーラとオルラのステータスを書き起こしたものを潤に見せた。


盾役タンクと後衛が1体ずつか。十分過ぎる程即戦力なんじゃない?」


「多分そうだろうぜ。攻略が詰まってるのは5階のゴーレム階だ。これで彼等が5階に突破できることだろう」


「死霊術士が強くなってくれるのは嬉しいね。アンデッド型モンスターが”ダンジョンマスター”のダンジョンで活躍してくれそうだし」


「そうだな。藍大ばかりに負担をかけさせる訳にもいくまい。時が来たら彼等にも手伝ってもらうことになるはずだ」


 死霊術士は従魔士と違ってアンデッド型モンスターしかテイムできない。


 しかし、逆に言えば普通の冒険者と違って


 掲示板に掲載されているような悲しい事故が起きることなく条件付きでテイムできるのだ。


 アンデッド型モンスターの困ったところは素材の買取価格が大して高くなく、食用ではないことだ。


 無論、魔石や身に着けている武装は売れるから強いアンデッド型モンスターはそこそこ買取価格が上がる。


 そうだとしても、レベルが低いアンデッド型モンスターだと大して儲からないのは事実だ。


 買取価格が低くても食用ならば食べて食費を浮かせられるが、アンデッド型モンスターは食べられないからそれができない。


 それゆえ、アンデッド型モンスターばかりポップするダンジョンは不人気だったりする。


 近場にそのダンジョンしかない冒険者か拘りのある冒険者以外は挑もうともしない。


 近場にそのダンジョンしかない冒険者の場合、移動にかかる金や時間があるなら強いアンデッド型モンスターを倒した方が収支で考えるとプラスになる。


 また、自分の住むエリアのダンジョンを放置しておくことでスタンピードが起きるのは困るので、間引きを仕事としている者もいる。


 拘りのある冒険者とは見るからに生物っぽいモンスターを殺せないとか、ゾンビ映画の主人公になりたいと思う者だ。


 そういう冒険者達はアンデッド型モンスターの湧き出るダンジョンで嬉々として活動する。


「それにしても道場ダンジョンで無所属の冒険者が育ってくれてるのは良いことだ。藍大君には本当に頭が上がらないよ」


「その分胃痛の原因を持ち込むこともあるけどな」


「放置してたら胃痛で済まないから仕方ないさ。報告は以上かな?」


「ああ。以上だ。俺の今日の勤務もな」


 茂は報告を終えて本部長室を出ると、勤務を終えた千春と合流して千春のお薦めの中華料理屋へと向かった。

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