第240話 そんなに待てるか! そこはあと10分であろう!?

 時は少しだけ遡って同日の午後4時頃、シャングリラの101号室では藍大パーティー以外の”シャングリラ”のメンバー全員がぐったりしていた。


「ブラド~、疲れた~」


「うむ。わかっておる。だから騎士の奥方よ、そろそろ離れてくれまいか?」


「あと10時間したらね」


「そんなに待てるか! そこはあと10分であろう!?」


 舞はぐったりした表情でデフォルメされたブラドの分体を抱き締めてあちこち触っている。


 先程の出来事は時間にして30分程度でも密度の濃い時間だったため、舞は癒しを求めてブラドを離さないのだ。


 何を行ったのかと言えば、覚醒の丸薬のゲリラ販売会である。


 昨日のバーベキューで茂に覚醒の丸薬のお墨付きを貰ったから、”楽園の守り人”印の覚醒の丸薬を数量限定で販売したのだ。


 その数は21個。


 20個ではなくて21個なのはオークインとシージャイアント、マッドクラウンそれぞれ1体ずつから作れる覚醒の丸薬が7個だからだ。


 舞達はぼんやりしながら今日一日の流れを思い出した。


 ブラドが朝一でシャングリラダンジョンの5階を調整してオークインとシージャイアント、マッドクラウンを雑魚モブとして出現させ、未亜パーティーと司パーティーが合同で狩りをした結果、それぞれ3体ずつ狩ることができた。


 その間に藍大と舞、奈美と打ち合わせして、ゲリラ販売会の注意事項を確認した。


 確認が終わると、藍大は午後に成美達を指導する約束があったからサクラ達を連れて道場ダンジョンに出発した。


 未亜パーティーと司パーティーによって素材が持ち込んだら、急ピッチで奈美が調合して完成させたのが午後1時。


 健太が掲示板に覚醒の丸薬を数量限定で午後3時から販売すると投稿したのがそのすぐ後だ。


 取り置きや予約は一切不可で今日だけの限定販売。


 次回の販売日はまだ未定。


 支払いは現金もしくは小切手、電子マネーの一括払いのみで販売価格は200万円。


 1人1個までしか購入を認めず、転売が発覚しても”楽園の守り人”はそれに伴うあらゆる責任は負わない。


 近隣の住民に迷惑をかけぬよう、販売開始10分前からしかシャングリラの前に列を作って並ぶことは許さない。


 時間を潰すのに月見商店街の利用を推奨。


 商店街やシャングリラの前でトラブルを起こしたらその場で販売中止。


 以上の条件を健太が掲示板に投稿したのだが、そのスレッドはあっという間に次のスレッドに映るぐらい加速した。


 藍大や舞を知っている冒険者ならば、誰しも二次覚醒したいと思うのは当然である。


 今までどうやれば覚醒の丸薬が手に入るのか悩んで来たが、200万円で買えるなら是非とも買いたいと思うものだ。


 中堅中小クランや無所属の冒険者でも実力者がいれば200万円ぐらい捻出できないこともなく、余程慎重な者でもなければこれは今後のための投資だと判断して購入に動くだろう。


 掲示板での問い合わせは健太と未亜が対応し、シャングリラの外にできるであろう列の整理は司と麗奈が対応した。


 商品の受け渡しと会計は中庭で舞と奈美が担い、護衛はブラドとドライザーが対応する万全の体勢だった。


 午後2時50分到着を目指して、購入意思がある冒険者達が我先にとシャングリラに向かって走った。


 その結果、上位21名には”レッドスター”の一番隊と”グリーンバレー”の麗華パーティーが入り込んでいた。


「う~ん、リル君はいませんね。出かけてから少なくとも1時間は経ってますか」


「なんて鼻の良さだ・・・」


 一番乗りしたのは向付後狼さんこと真奈だったが、覚醒の丸薬が目当てというよりもそれは建前でリルに会いに来たようだ。


 シャングリラの前でリルがいないと察してしょんぼりするのを見て、司がその嗅覚に戦慄したのは言うまでもない。


「うげっ、姉さん」


「うげって何よ。可愛さの欠片もないわね」


「なんでここにいんのよ。福岡にいたんじゃないの?」


「偶然”レッドスター”の赤星さん達と会合の予定があってこっちに来てたのよ。運が良かったわ」


 麗奈は”レッドスター”の一番隊と揃って麗華のパーティーがここにいる理由を聞いて理解した。


「チッ」


「舌打ちした!?」


 理解はできても納得はできなかったらしい。


 麗奈の麗華に抱く感情は複雑である。


 それでもこの場でトラブルを起こして販売中止に持ち込んでやろうとは思わなかったらしく、麗奈は気持ちを切り替えて事務的に訊ねた。


「”ブルースカイ”はその会合に参加しないのね」


「声はかけたのよ? でもあの女が欠席って答えたの。それでチャンスを失うとかざまぁ」


「相変わらず仲が悪いみたいね」


「あの女に歩み寄りの精神がない以上、私があの女と仲良くなれる確率は0%よ」


「あっそ」


 麗華が青空瀬奈と仲が悪いことは以前から知っていたので、麗奈はまだしょうもないことで喧嘩しているのかと呆れた。


 だがちょっと待ってほしい。


 麗奈だって麗華と関係が良好とは言えないのだから自分は棚上げをしているのではないだろうか。


 司と麗奈はその後も午後3時になるまでトラブルが起きないか列を見張り、時間が来たら先着21人をシャングリラの中庭に順番に通した。


 中庭では舞と奈美が待機しており、順番に覚醒の丸薬と代金を交換した。


 そんな中、”グリーンバレー”の大輝が覚醒の丸薬を受け取った後キョロキョロしていた。


 舞は大輝の挙動が気になって訊ねた。


「どうしたんですか緑谷さん?」


「いえ、今日はブラドさんがいないなと思いまして」


「ブラドは部屋でお昼寝中です」


「そうですか・・・。残念です」


 大輝は舞の話を聞いて肩を落とした。


 余程ブラドと会いたかったらしい。


 実際のところを言えば、ブラドは昼寝なんてしていない。


 舞と奈美の護衛を任されたブラドがサボって昼寝をすることはあり得ない。


 大輝に見つからないように販売に使っているテーブルの下に隠れているだけだ。


 テーブルにはテーブルクロスをかけているから、その中に潜り込んでしまえば戦闘では素人に毛が生えた程度の大輝の実力でブラドを見つけられなかった。


 流石の大輝も後ろに人が並んでいる状況であちこち探し回るような非常識な真似はできない。


 それゆえ、ブラドが大輝に見つからずに済んだ。


 これがもしも真奈とリルの関係だったならば、同じ空気を吸っているだけで姿は見つけられずともこの場にいることを真奈が感じ取った可能性がある。


 リルがこの場にいないから不完全燃焼だろうが、超一流のモフラーはそれだけ恐ろしい存在である。


 それはさておき、”レッドスター”と”グリーンバレー”の他にはあしながおじさんや戦う料理人のような二つ名を持つ冒険者もここに来ていた。


 あしながおじさんも大輝と同様に自分の番になってキョロキョロと周囲を見渡していた。


「今日はゴルゴンちゃんとメロちゃんがいないんですね」


「藍大と一緒に出掛けてます。こちらが商品です」


「残念です。200万円と幼女コンビに渡すはずだった飴です。飴は後でお渡しいただけると幸いです」


「ありがとうございました」


 舞が飴を貰ったのに羨ましそうにしないで事務的に対応したあたり、あしながおじさんへの戦慄がそれだけ強かったと言える。


 戦う料理人こと柳美海は21人目にギリギリ間に合ったラッキーレディーだった。


「いやぁ危なかったぜ。これで調理士として新たな力を得られる」


「おめでとうございます」


「今度こそ魔王様に勝ってみせるぜ」


「それは難しいかもしれません。藍大の料理の腕は更に上がりましたから」


「なん・・・だと・・・」


 キリッとした表情で舞が言い切ると、美海が調理士でもないのにそんなことがあるのかと驚いた。


 これは舞の贔屓目によるものではない。


 料理大会の時には手に入れていなかったダイヤカルキノスとホワイトバジリスク、デメムート、レヴィアタン、スレイプニルという超希少な食材を使えば藍大の料理は一段と美味しくなると実体験を根拠にそう言った。


 美海も舞が自信に満ちた目で答えたから驚いた訳である。


 とりあえず、購入者はキャラの濃い人も多かったがどうにかゲリラ販売会は終わった。


 冒頭に戻って皆がクタクタなのはゲリラ販売会のタイトなスケジュールと購入した人が原因だということだ。


 舞が疲れているのは今日の売り上げが4,200万円という大金だったからではないと信じたい。


 そこに藍大達が戻って来た。


「ただいま。みんなお疲れ」


 そう言ってって101号室に入った藍大はスイートビークイーンの蜜を使ったクレープを収納リュックから取り出し、クランメンバー全員に配って回った。


「藍大愛してる!」


「主君、待ち侘びたぞ!」


 留守番していた舞とブラドを筆頭に”楽園の守り人”のメンバーはクレープを食べて今日は頑張って良かったと思えた。


 こういう藍大の気遣いが”楽園の守り人”がアットホームなクランである要因なのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る