第234話 主君よ、吾輩はこいつが苦手かもしれん

  2日後の水曜日、藍大パーティー+ブラドは朝から福岡に来ていた。


 ”グリーンバレー”のクランマスター緑谷大輝に太宰府ダンジョンの攻略に同行してほしいと頼まれたからだ。


 太宰府ダンジョンは”グリーンバレー”の縄張りになっているが、”レッドスター”における客船ダンジョン同様に”グリーンバレー”に所属していない冒険者の仕事場でもあるから崩壊させられない。


 そもそも”グリーンバレー”も研究素材を太宰府ダンジョンから頻繁に回収しているので、太宰府ダンジョンを崩壊させるつもりは毛頭なかった。


 藍大達が”グリーンバレー”のクランハウスに到着すると、大輝がすごい勢いで中から飛び出して来た。


「逢魔さぁぁぁぁぁん! ブラドさんを見せて下さぁぁぁぁぁい!」


「騒々しいな」


 ようやく会えるとハイテンションな大輝に対し、ブラドは若干げんなりしていた。


 舞とは違うベクトルで玩具にされかねないと悟ったからだろう。


 ブラドは”ダンジョンマスター”であり今の姿は分体だから、大輝にとってはレア中のレアと呼べる存在だ。


 藍大達の前で立ち止まると、キラキラと目を輝かせてブラドに視線を向けている。


「吾輩に何用だ?」


「可愛らしい見た目で一人称が吾輩ですか。ギャップ萌えってやつですね」


「主君よ、吾輩はこいつが苦手かもしれん」


「悪い人じゃないんだ。ただ、研究熱心で時々周りが見えなくなるっぽいだけで」


「何やってるのよ」


 大輝の婚約者兼”グリーンバレー”のサブマスターである轟麗華が一足遅れてやって来た。


「遅いよ麗華」


「遅いって大輝が先に走って行っちゃったんでしょうが。ダンジョンに同行する時もそれぐらいきびきび動いてほしいわ」


「ど、努力するよ」


 どうやらダンジョン探索時よりもブラドを見ようと移動した時の方が大輝の動きが速かったらしく、藍大はそれを知って苦笑した。


 

 藍大は目の前で大輝が小言を言われ続けても困るので、別の話題を大輝に振ってみることにした。


「ところで、ハニービーの養蜂は順調ですか?」


「順風満帆とは言えないけど前進してますよ。成長が速くてもう孵化させたハニービーの蜂蜜を採取できるようにはなりました」


「すごいですね。どこが問題なんですか?」


「テイムしてないから僕達にすごい攻撃的でして、ハニービーの巣がある部屋は特殊ガラスでガッチガチに固めて外に出られないようにしてます。脱走されたら大問題ですからね」


「刷り込みは上手くいかなかったんですね」


「残念ながらそうなんです」


 以前、大輝の招待で藍大達が”グリーンバレー”のクランハウスにお邪魔した時、太宰府ダンジョンから卵付きでハニービーの巣を持ち帰った。


 それを大輝にお土産として渡したからどうなったか気になって訊いてみた訳だが、大輝はハニービー達と仲の良い関係は築けなかったらしい。


 やはり藍大の従魔士や丸山武臣マルオの死霊術士でなければテイムは不可能なようだ。


「それでもハニービーとの距離感を上手く掴めれば蜂蜜は手に入るならすごいと思いますよ」


「そう言ってもらえると嬉しいです。先日、麗華がおやつにハニービーの蜂蜜でサンドイッチを作ってくれたのですが、とても美味しかったんですよ」


「も、もう。大輝の馬鹿」


 (甘~い!)


 藍大はこの2人が相変わらず仲の良いことを確認できて心の中でそう叫んだ。


 そこに新たに2人の人物がやって来た。


「やっさんと轟さんまーたイチャついてんすか?」


「妬ましい。私にも春よ来い」


 軽い口調の男は金髪にバンダナを撒いており、腰には2本の剣を下げていた。


 ジェラっているのは魔女っ娘コスプレをした背の低い女性だった。


「この2人が緑谷さんと麗華さんのパーティーメンバーですか?」


「そうです。らく結衣ゆいは逢魔さん達と初対面だろ? 挨拶しなよ」


「うぃっす。菊田楽っす。職業技能ジョブスキルは剣士で双剣使ってるっす」


「小森結衣です。職業技能ジョブスキルは魔術士の立派なレディーです」


「立派なレディー? どこが」


「煩い」


「痛い! 結衣、杖でケツバットは良くない!」


 余計なことを言った楽が結衣の握っていた長杖で殴られて痛がっていた。


 自業自得なのは間違いない。


「初めまして。”楽園の守り人”のクランマスターの逢魔藍大です」


「第二婦人のサクラです」


『僕はリルだよ』


「アタシはゴルゴンなのよっ」


「私はメロです」


『(* ̄(エ) ̄*)』


「吾輩はブラドである」


「あっ、顔文字で自己紹介したのはゼルです」


 ゼルは喋れないので藍大が遅れて補足した。


「これが魔王軍っすか。でも、暴食騎士さんがいないっすね」


「舞は産休中ですからシャングリラで留守番してます」


「幸せな家庭を築けて羨ましいっす。逢魔さん、モテるのに必要なことってなんすか?」


「う~ん、料理ができること?」


 楽の唐突な質問に藍大は自分のこれまでを振り返って答えた。


「料理大会の優勝者っすもんね。暴食騎士さんも胃袋を掴まれてるって言ってますし俺も料理を真剣にやってみるっす。美食家みたいなパフォーマンスは必要っすか?」


「要らないわ」


「はいっす」


 美食家の二つ名が出た瞬間、麗華が目を細めて話に割って入った。


 美食家こと速水秀は”ブルースカイ”のクランマスター青空瀬奈の専属コックでもあり、それを知っていた麗華は瀬奈のことを思い出して不機嫌になった。


 これには楽もやってしまったと反省して余計なことは言わずに頷いた。


 その後、自己紹介はここまでとなって大輝が手配した車で大輝のパーティーと藍大達は太宰府ダンジョンへと移動した。


 太宰府ダンジョンの前に藍大達が現れると、その周辺にいた冒険者達がひそひそと話す声が聞こえた。


「魔王様が来てるぞ」


「いよいよ”グリーンバレー”が”ダンジョンマスター”に挑むのか」


「サクラ様に踏まれたい」


 (最後に変な奴いたぞ)


 藍大の耳は業が深い変態の発言を聞き逃さなかった。


 サクラもそれを耳にしたのか藍大にこっそりと話しかけた。


「私は主に命令されない限りそんなことしないよ」


「絶対に命令しないから。変態ってのは関わるだけ損する存在だからな」


 藍大はそんなことは決してしないと苦笑した。


 野次馬を放置して太宰府ダンジョンに入ると、そのまま最上階の5階へと移動した。


 太宰府ダンジョンは森方のフィールドダンジョンだが、5階は夜の森と呼ぶのに相応しい空間だった。


 大輝達は縦1列で前から順番に麗華、大輝、結衣、楽の順番に並んで進む。


 その後ろの藍大達はリルとゼルを先頭に藍大がサクラとブラドに挟まれてその後ろにおり、藍大の背後は幼女コンビが守る。


 藍大達が”ダンジョンマスター”を探し求めて歩いている途中、リルがピクッと反応して止まった。


「リル、何か見つけたか?」


『うん。10時の方向から何か飛んで来るよ』


 リルが気付いた数秒後、前方で麗華が悔しそうに身構えた。


「フェンリルの索敵範囲には敵わないわね。10時の方向から敵が来るわ」


 麗華がそう言った直後、10時の方向にある茂みからモンスターが飛び出した。


「なにこれキモい!」


「研究したい!」


 (”グリーンバレー”にとってはじめましてなのか?)


 藍大達の前に姿を現したのは雌のオークメイジだった。


 しかし、ただのオークではないことが装備から明らかだった。


 そのオークはバタフライマスクを装着して背中からも蝶の翅を生やして飛んでいた。


 特殊なモンスターだろうかと気になって藍大はモンスター図鑑で確かめ始めた。



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名前:なし 種族:オークイン

性別:雌 Lv:65

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HP:600/600

MP:1,500/1,500

STR:500

VIT:700

DEX:700

AGI:400

INT:800

LUK:400

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称号:希少種

アビリティ:<魅了風チャームウインド><混乱粉コンフュパウダー><岩槍ロックランス

      <岩棘ロックソーン><怪力打撃パワーストライク><物理耐性レジストフィジカル

装備:バタフライマスク

   オークスタッフ

備考:興奮

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 ステータスを確認している途中でオークインが体に科を作って藍大にウインクした。


「ブモッ♡」


「主は汚させない!」


 サクラが深淵のレーザーで眉間を撃ち抜くと、オークインのHPが全損して地面に落ちた。


「でかしたサクラ!」


「エヘヘ♪」


 藍大がサクラに気持ち悪い物体を視界から削除してくれたことを感謝して抱き着き、サクラは藍大から抱き締めてもらって喜んだ。


「あぁ、研究対象が・・・」


「あれは即死させてオッケーな奴でしょ」


「そっすね」


「同感」


 その一方、研究したかったオークインを瞬殺されて大輝が膝から崩れ落ちていた。

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