第232話 はわわっ、リル君マジ天使!
真奈は逃げ続けた。
目にハートマークを浮かべたダゴンの猛追を躱し続けた。
真奈が避けタンクになっているおかげで、誠也と華が安心して攻撃できている。
豪はダゴンからヘイトを稼ごうとあれこれ試すものの、ダゴンの注意は真奈に向きっぱなしである。
「いい加減こっち見ろや!」
豪の何度目かわからないシールドバッシュが命中すると、ダゴンの動きがピタッと止まった。
その目にはハートマークが浮かんでおらず、寝起きにボーっとして頭が働かないような表情だった。
「華、時間切れか?」
「そうみたい! 兄貴の出番よ!」
「ヒャッハァァァッ! こっち見やがれオラァ!」
(あれ? 舞の影響を受けてる?)
華が誠也の質問に頷いて豪にここから気合を入れてかかれと声をかけると、豪が世紀末のチンピラのような掛け声でシールドバッシュを放った。
今まで散々無視されたことでストレスが溜まっていたのか、戦闘中の舞のような荒ぶり方だと言えよう。
ダゴンは世紀末のチンピラのような声に不快感を示し、豪に向かって<
「ぬあっ!?」
ダゴンの操る渦巻く水の鞭を受け止め切れず、豪の体は後方へと吹き飛ばされた。
「そろそろ倒れてほしいわ」
息を整えた真奈がダゴンのアキレス腱を狙って矢を放った。
「ギョホッ!?」
ダゴンはアキレス腱を矢に貫かれて直後に電流で痺れ、バランスを大きく崩した。
「倒れろ」
誠也は真奈が攻撃したのとは逆の脚のアキレス腱を突き刺す。
「倒れて」
華が試験管をダゴンの頭上に放り投げた数秒後、ドカンと爆発が生じてその衝撃でダゴンの頭に下向きの力が働く。
「倒れろや!」
復帰した豪がシールドバッシュで足首に突撃すると、ダゴンは完全にバランスを崩して前に倒れ込んだ。
「よし、ダウンしたぞ! 総攻撃!」
誠也の指示で4人全員が容赦なく追撃を仕掛ける。
勿論、それぞれの攻撃でフレンドリーファイアが起きないように全員が注意している。
10秒も経たない内にダゴンはダウンした状態から立ち上がった。
「ギョギョギョォォォォォッ!」
ダゴンが叫んだ途端、ダゴンのずっと上の高さに発達した雨雲が部屋中に現れて土砂降りになった。
しかし、藍大達はダゴンの<
ゼルが<
「ゼル、抜群の反応だな。助かった」
『ゼル、ありがと~』
『o(`・ω´・+o) ドヤ』
藍大とリルに感謝されてゼルは得意気な顔文字を浮かべた。
リルは風呂やシャワーに入る時は別として、敵に自分の毛を濡らされるのを嫌がる傾向にある。
藍大に風呂場で洗ってもらうのは気持ち良いから構わないが、敵の繊細さの欠片もない攻撃で水に濡れるのはできれば避けたいらしい。
その一方、誠也達はずぶ濡れでうんざりしていた。
「この雨重いぞ」
「装備が水を弾かないわ」
「デバフ付きか?」
「服がひっ付いて最悪」
客船ダンジョンでは水系のアビリティを使うモンスターが大半なので、誠也達の装備は防水加工も当然施されている。
だが、防水加工にも限度があるからダゴンの<
「ギョギョン!」
「くっ」
ダゴンが<
電流の追加ダメージはダゴンにとってかなり鬱陶しかったらしい。
どうにか避けられたものの、真奈の動きは<
「ギョッギョギョギョ!」
ダゴンは真奈を執拗に狙って<
真奈は紙一重で躱し続けるが、それもいつまで続くか怪しくなってきた。
(これは手助けが必要かねぇ)
藍大達は基本的にダゴン戦で手を出さないよう言われている。
”レッドスター”からの依頼はあくまで客船ダンジョンの存続であり、ダゴン戦の手助けではないからである。
そうだとしても、知り合いが目の前で良くて大怪我して下手すれば死ぬような場面でただ見ているだけというのも気持ちの良いものではない。
それゆえ、藍大は手助けすべきか判断に悩んだのだ。
「主君よ、手を出すのはまだ早い」
「ブラド?」
「あの薬士の娘が何かするぞ」
ブラドがそう言った直後、華がダゴンの足元目掛けて灰色の固形物を投げつけた。
それが水浸しの床に触れると、吸水性が抜群のスポンジのように周囲の水を吸っていく。
その固形物は容量の限界まで水を吸い尽くすと青く変化した。
「よし!」
華は望む成果が得られたらしく、手持ちの灰色の固形物をダゴンの周りに配置するように投げる。
そして、それらが同時に水を吸い尽くすと室内の水分まで吸収し始めた。
「ギョッ!?」
突然自分の身の回りが乾燥し始めたのでダゴンの動きが止まった。
自分に有利な環境が崩されれば気にせずにはいられないのだろう。
「そろそろ倒れてくれないか?」
誠也がダゴンの懐に入り込んで腹部を突き刺せば、真奈がダゴンの顔に矢を連射する。
「ヒャッハァァァッ!」
豪が誠也とスイッチして世紀末の掛け声でシールドバッシュを喰らわせると、ダゴンが立っていられなくなってそのまま仰向けに倒れた。
雨が止んだ時点でゼルは<
「やっと吾輩のターンか・・・。掌握完了」
「俺達の仕事も終わったか」
「うむ。これで客船ダンジョンは崩壊せずスタンピードも起きぬぞ」
「よくやった。何か食べたい料理のリクエストはあるか?」
「カレーライスを所望する!」
「わかった。カレーだな」
藍大はブラドが”ダンジョンマスター”にしかできない仕事をやり遂げたので、ご褒美として食事のリクエストする権利を与えた。
分体を創れるようになって以来、ダンジョンの外で藍大の料理を食べられるようになったブラドはすっかり食いしん坊ズに加入している。
『カレーライス、美味しいよね!』
「私も好き」
「アタシもよっ」
「マスターのカレー大好きです!」
『(*˘︶˘*).:*♡』
カレーライスと聞いてリルを筆頭に藍大の従魔達はテンションが上がった。
「リルく~ん!」
『危ない』
カレーライスに気を取られていたらいつの間にか真奈の接近を許していたため、リルはハッとした表情で藍大の陰に隠れた。
「リル君、”ダンジョンマスター”倒したから褒めて!」
キラキラさせた目を向けて来る真奈に困惑し、リルは藍大を見上げてどうしようと目で相談した。
藍大は苦笑して労ってあげたらどうかと頷いた。
藍大が言うなら仕方ないと思い、リルは真奈を警戒したまま労った。
『おめでとう。頑張ったね』
「はわわわわっ、リル君マジ天使!」
感無量ですと言わんばかりに真奈が両手を握った状態で地面に両膝をついた。
「”ダンジョンマスター”を倒して嬉しいのはわかるが他人様に迷惑をかけるんじゃない」
「うごっ」
誠也に手刀を落とされると、真奈は痛みに頭を抱えた。
藍大達は過去数回見た光景に苦笑するしかなかった。
「愚妹が失礼しました。また、客船ダンジョンの存続も手を打っていただいたようでありがとうございます」
「いえいえ。俺は何もやってません。全てブラドがやってくれましたから」
「そうでしたね。ブラドさん、ありがとうございます。これで客船ダンジョンで稼いでた冒険者達に恨まれずに済みます」
「うむ。吾輩にも益があるので構わぬぞ」
偉そうに言っているが見た目はデフォルメされた黒竜なので、威厳が足りない気がするがツッコんではいけない。
華がブラドに抱き着きたさそうにしているが、それもツッコんではいけないのだろう。
ダゴンの解体を済ませて運びやすくすると、藍大はゴルゴンに<
ダンジョンを脱出する際に真奈と華がずぶ濡れで体のラインが浮き出た状態なのは不味いという藍大の紳士的な判断である。
「兄さん、こういう気遣いが大事なんですよ」
「兄貴、こういうところでモテるかどうかが分かれるだよ」
「すまん。普段女っ気がないからつい」
「くっ、俺がモテない原因はここにあったか」
(俺は何も言わないでおこう。言ったら面倒なことになりそうだし)
藍大はツッコめば面倒事になる気がして4人に対して何も言わなかった。
その後、解体したダゴンを誠也達が手分けして持ち運び、藍大達も後ろに続いて客船ダンジョンを脱出した。
客船ダンジョンを脱出した誠也達を報道陣が待ち伏せしていた。
”楽園の守り人”に続くダンジョン攻略ともなれば、報道陣が取り上げないはずがない。
「逢魔さん、ここは兄さんに任せましょう」
「わかりました」
真奈の提案に藍大はすぐに乗った。
報道陣にインタビューされたくはないからだ。
赤星邸に移動して今回の件の報酬を真奈から受領すると、リルやブラドがカレーライスを食べたそうな視線を向けて来るので藍大達はシャングリラへと帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます