第224話 胃薬! 飲まずにはいられないッ!

 ウォーターリーパーやケルピーを使った昼食の後、藍大は茂に連絡した。


「もしもし、俺だ。今大丈夫か?」


『問題ない。今日はどんな案件で俺の胃を攻撃するつもりだ?』


「わざとやってる訳じゃないのに酷いな」


『そりゃわかってるけど愚痴ぐらい言わせろ。藍大の報告ってサラッとヤバい情報紛れ込んでるじゃねえか』


「報告しないでいた方が良いか?」


『いや、してくれ。知らなかった情報で後悔したくねえ』


「よろしい。今日はDMUに登録されてないダンジョンに行って潰して来た」


『胃薬! 飲まずにはいられないッ!』


 藍大は茂が電話の向こうで自棄になっている姿を容易に想像できた。


「なんでもかんでも胃薬に頼っちゃ駄目だぜ?」


『飲まなきゃやってられねえんだよ』


「薬の話だよな? 酒飲みのセリフだぞ、それ」


 茂が麗奈みたいな酒飲みの発言をするものだから、藍大は茂のことが心配になった。


『冗談だ。それで、DMUに登録されてないダンジョンを見つけたんじゃなくて知っててそこに言ったのか?』


「北村教授が昨日見つけたダンジョンを紹介されたんだ。今日は様子見のつもりで行ったんだが結構ヤバかったから潰した」


『北村教授、そこは俺達DMUに連絡しようぜ・・・。そのダンジョンはどこにあったんだ?』


「山梨県の本栖湖にあるキャンプ場のレンタルボート屋のプレハブがダンジョン化してた」


『そういや北村教授って気持ちを切り替えるためにキャンプ行く人だったわ。というかあの人ダンジョン入ったのか』


 茂は大学時代に北村が失敗した時に気持ちを切り替えるためにキャンプしに行くと聞いたことがあったのを思い出して納得した。


 それと同時に北村の行動力に驚いてもいたが。


「なんとなくプレハブの中に入ったら湖とそれに続く桟橋しかなくて、ここがダンジョンじゃないかって気づいて脱出したらしい」


『偶然見つけたのか。北村教授がモンスターに遭遇しなくて良かったぜ』


「それな。スタンピード間近だったから無事で帰って来れてマジで良かった」


『ん? 聞き間違いか? 今なんて言った?』


「スタンピード間近だった」


『よし、胃薬大人買いしてくる』


 茂が現実を受け入れたくないのはわかったが、藍大は心を鬼にして話を続けた。


「ウォーターリーパーLv40が”災厄”を持ってた。俺達の到着が少し遅れてたらスタンピードが起きてたな。倒して俺達の昼食になったけど」


『”災厄”を食っちまったのか』


「鶏肉みたいで美味かった」


『俺の分は?』


「食いしん坊ズがお残しするとでも?」


『ですよねー』


 僅かばかりの期待を込めて訊いたものの現実は茂に優しくなかった。


「本栖湖ダンジョンは俺達が”ダンジョンマスター”のケルピーを倒した後、ブラドがDPを回収して潰したからそっちの意味でも残さず食べたわ」


『山梨県から感謝状貰っとけ。話通してやるから』


「いらん。わざわざ他県の知事と関わるのは面倒だ」


『総理大臣と関わってるんだから今更だろ』


「その節はよくもサプライズなんてしてくれたなこの野郎」


『許せ藍大。俺も仕事だったんだ』


 くだらない話をしたおかげで茂の気分が紛れたらしく、声のトーンが少しだけ明るくなった。


「まあそれは置いとくとして、日本全国では発見されたダンジョンの数って増えてんの?」


『いきなりどうした?』


「いや、俺が覚醒した4月ってどこもダンジョンは発見された後だったと記憶してるんだが、ここ最近道場ダンジョンやら本栖湖ダンジョンまで出現したから気になってな」


『現場にいる藍大もそれを感じ取れないはずないか』


「やっぱ増えてたんだ?」


『おう。後で全国ダンジョンスレ見てみ? 直近1ヶ月で発見された各地のダンジョンがまとめられてたから』


「了解」


 最近の藍大はクランの掲示板以外ではモンスター食材スレしか覗いていなかったので、この電話が終わったらちゃんと読もうと心のメモに記した。


『お前、もしかしてクラン掲示板とモンスター食材スレしか読んでねえだろ』


「何故わかった」


『千春さんが暇な時は週刊ダンジョンの「Let's eat モンスター!」かモンスター食材スレばっかり読んでるからな』


「フッ、やはり調理士は料理に関する記事に惹きつけられてしまうのさ」


『馬鹿言ってんじゃねえ。お前は”魔王”だろうが。つーか従魔士だっての』


 職業技能ジョブスキル違いだと茂がツッコむと、藍大はまあ聞いてくれと話を続ける。


「茂は<強制交換フォースドエクスチェンジ>ってアビリティ知ってるか?」


『初耳だな。<等価交換エクスチェンジ>の上位アビリティなのか?』


 話題が急に変わったなと思いつつ、茂は藍大の質問に答えた。


「正解。MPを500消費するだけで釣り合わない物でも取り寄せられる効果があるけど、釣り合いが取れない物を取り寄せた場合はリキャストタイムがそのギャップに応じて設けられるんだ」


『何それ怖い。今日戦った”災厄”か”ダンジョンマスター”が保有してた訳だ』


 茂はそんなアビリティがあったのかと驚き、今日藍大達が倒したウォーターリーパーやケルピーが会得してたのかと戦慄した。


「違う、そうじゃない。うちのブラドが本栖湖ダンジョンを潰した時に会得したんだ」


『おい、絶対にヤバい物取り寄せんじゃねえぞ』


「安心してくれ。ブラドがそのアビリティを会得した時のコメントが『フッフッフ。これで主君が作った特大サイズのハンバーグを取り寄せられるぞ』だった」


『・・・発想が平和だな。ブラドってそんな食いしん坊だったっけ?』


「ハンバーグがお気に入りなんだ。食いしん坊ズ入りまで秒読みだな。結局何を言いたいかだけど、俺って覚醒してからテイムした回数より料理してる回数の方が圧倒的に多くて自分が調理士だと思う時があるってこと」


『まあ、料理大会も優勝するぐらいだもんな』


「それな」


 茂も藍大の話を聞いてそれはないと否定できなかった。


 元々料理が得意だったとはいえ、藍大はシャングリラダンジョンというモンスター食材の宝庫を探索し続けた結果、覚醒する前よりも真剣に料理する機会が増えた。


 自炊するだけなら手を抜いたりすることもあれど、毎回の食事を楽しみにして待つ家族がいれば話は別だろう。


 作った料理を食べて喜んでくれる存在がいると張り切ってしまうのは何もおかしいことではない。


『そうだ。千春さんがまたシャングリラに遊びに行きたいってよ』


「そうか。じゃあ遊びに来たら今日新しく手に入れたユグドラシルのへらを見せてあげよう」


『またとんでもない物を手にいれてんじゃねえか。宝箱か?』


「そ。ウォーターリーパーの胃袋から宝箱が出て来たんだ」


『前々から思ってたんだが、藍大からしかモンスターが宝箱を呑み込んでたって報告聞かないんだけどなんでだろうな?』


 いずれ訊こうと思っていたが、特に優先度が高い訳でもないからずっと質問し忘れていたことを茂はようやく訊けた。


「発見された宝箱自体少ないし、フィールド型ダンジョンで”掃除屋”とかボスモンスターを倒した数が少ないからじゃね? 宝箱吞み込む奴ってフィールド型の強い奴だったと思う」


『なるほどなぁ。藍大、そのテーマで論文書いてみれば?』


「フィールド型ダンジョンの宝箱を”掃除屋”等強者が飲み込む確率に関する考察ってか」


『なんだろう。俺が言っといて悪いが真面目に研究する意味なさそうだ。藍大幼女使いがテイムした雌モンスターは幼女期間があるって研究並みに意味ねえ』


「ちょっと待て。その研究は聞き捨てならないぞ。誰がやってる?」


 藍大は自分が変態のレッテルを張られているのではないかと心配になった。


『有名人について不真面目に考察するスレでそんな話があった。日本の冒険者の七不思議に入ってる』


「そんなスレまであったのか・・・」


 自分の知らない所で恐ろしい考察が行われていると知り、藍大の顔が引き攣った。


『藍大が知ってる人に関する七不思議はもう1つあるぞ。開拓者に男が惹かれるのは何故かって考察』


「ふざけた結論が出てそれを司が信じ込んだら嫌だな」


『広瀬はそこまで馬鹿じゃないだろ』


「それもそうか。ところで、雑談で元気出たか?」


『おう。気を遣わせて悪かったな。もう大丈夫だ。どんな報告でもかかって来いってんだ』


「OK。ダンジョンマスターが他所のダンジョンを潰すと経験値が入るんだ。ブラドは本栖湖ダンジョンを潰してLv75からLv80まで一気にレベルアップしたぞ」


『・・・胃薬追加だ』


 その日、茂が千春に胃に優しい料理を作ってほしいと頼んで千春が茂から頼られてキュンと来たのはまた別の話である。

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