第201話 あのフォルム! まさかツッチー!?

 時は藍大達が道場ダンジョン4階の探索を始めた30分後まで遡る。


 道場ダンジョンの前にC大学北村ゼミに所属する笛吹成美と丸山武臣マルオ、山上晃の3人の姿があった。


「ここが逢魔さんの言ってた道場ダンジョンかー。見た目は普通だなー」


「そんな入口からダンジョンらしいダンジョンなんてないでしょうが。昨日見つけたって言ってたわね」


「流石は逢魔さん」


 呑気に感想を口にしているマルオとツッコむ成美、藍大をリスペクトしている晃という構図は藍大達が絡んだ時の3人にはよくあることだ。


 マルオはルーインドのおかげで今のところダンジョン探索が順調で気が緩みがちであり、そんなマルオをパーティーリーダーの成美が窘める。


 その一方、母親の治療をしてもらってからすっかり藍大のファンになった晃が藍大の功績を喜ぶのはいつも通りだったりする。


 藍大から紹介があったおかげで道場ダンジョンの見張りをしていたDMUの隊員に立入禁止と言われることもなく、成美達は早速道場ダンジョンの中に入った。


「【召喚サモン:ローラ】」


 マルオが呪文を唱えることでルーインドのローラがその場に現れた。


「今日もよろしくな、ローラ」


 ローラはマルオに声をかけられてコクリと頷く。


 成美達のパーティーは成美が笛戦士でマルオが死霊術士、晃が奇術士というレアな職業技能ジョブスキルを持つ者達だけで構成されている。


 笛戦士は大きなリコーダーで時に演奏し、時にそのリコーダーを鈍器として扱う。


 職業技能ジョブスキルによって演奏できる楽譜は3つあり、それぞれ味方の身体能力向上させるものと味方のテンションを上げて痛覚を麻痺させるもの、敵の動きを鈍らせるものである。


 死霊術士についてはアンデッドしか使役できない従魔士の下位互換だから置いておくとして、奇術士は器用なポーターと呼ぶべき特徴がある。


 奇術士の職業技能ジョブスキルはその持ち主のDEXに補正がかかり、自身のMPによって形成されたトランプに物を収納できる力を持つ。


 ただし、収納できるものの量や大きさは奇術士の強さや職業技能ジョブスキルの熟練度による。


 それゆえ、今の晃では冒険者として駆け出しの域を抜けられていないからカード1枚につき500g収納するのが限度となっている。


 この3人では火力不足なのは否めないので、ローラが剣を持ったルーインドであることは彼等にとって救いだった。


 成美達が1階の探索を始めると、早速ウィードゴブリンが5体現れた。


 残念ながら、マルオではモンスター図鑑を閲覧できないからウィードゴブリン達のレベルはわからない。


「私が敵の動きを鈍らせるわ。そしたら」


「俺がローラを突撃させる」


「僕も攻撃に参加する」


「よろしい。それじゃ行くわよ」


 パーティー内で共通認識を取れたと判断し、成美が縦笛を吹いてメロディーを奏でる。


 そのメロディーはまともに聞いていれば眠くなるようなものだった。


 パーティー結成当初はマルオが成美の演奏をうっかり聞き入ってしまい、デバフ効果こそないがウトウトしてしまったことがあった。


 それ以来、マルオは成美の敵の動きを鈍らせるメロディーに聞き入らないように注意している。


 ウィードゴブリンの動きが鈍ると、マルオはローラに指示を出す。


「ローラ、右の3体を倒せ」


 ローラはマルオの指示通りに右側のウィードゴブリンをササッと斬り捨てた。


 ローラは今Lv38だ。


 冒険者である前に大学生なので、成美達は卒業するために単位の獲得に忙しい。


 大学の講義がないタイミングで八王子界隈のダンジョンに潜ることだけが原因ではなく、ローラと敵とのレベルに差があり過ぎてなかなかレベルが上がらないのだ。


 マルオとローラがウィードゴブリン3体を倒していると、残り2体は晃が石を投げて応戦していた。


 その石はトランプにしまって来たものだ。


 晃が直接戦闘をするようなことはなく、あくまで運搬した何かを投げるのがお決まりのパターンらしい。


 石を投擲する晃の姿は最近では様になるようになった。


 ウィードゴブリンの最後の1体が倒れる直前、その個体は悲鳴のような声を出した。


 その直後にウィードゴブリンの声に釣られてやって来たのがウィードウルフとウィードエイプの混成集団だった。


「「「・・・「「アォォォン!」」・・・」」」


「「「・・・「「ウキッキィィィ!」」・・・」」」


 ウィードウルフが吠えるのは見た目通りだから良いものの、ウィードエイプが世紀末にいそうなリズムで吠えたことにはどういうことなのだろうか。


 もっとも、そんなことを気にしている余裕は成美達にはないのだが。


「ギアを上げるわよ」


 成美はそう言って味方の身体能力を向上させるメロディーを演奏する。


 それを聞き終えた直後、ローラの動きが一際良くなった。


 晃ではウィードウルフの動きが速くて石を当てられず、後はローラの独壇場である。


「ローラお疲れ! 良い斬りっぷりだったぞ」


「ローラがいてくれると助かるわね」


「ローラ、グッジョブ」


 3人に褒められてローラは腰に両手を置いてドヤ顔ならぬドヤ対応を披露する。


 その後もウィードスネークやウィードワーム、ウィードマンティス等が現れ、遭遇する度に型ができている戦闘スタイルで倒していった。


 すると、通路の向こうからズルズルと床を這う音が成美達の耳に聞こえて来た。


「あのフォルム! まさかツッチー!?」


「友達じゃないでしょうが! ”掃除屋”舐めないでよ!?」


「初めて見た」


 成美達が普段通っているダンジョンでは”掃除屋”の称号を持つモンスターなんて見たことがなかった。


 しかし、藍大から事前情報として1階のモンスターについて話を伺っていたため、成美達は通路の向こうから自分達に近づいて来るそれが”掃除屋”のウィードツッチーだとすぐに気づいた。


「気合入れなさい!」


 成美は先程奏でたメロディーの効果が切れたことに気づき、再び味方の身体能力を向上させるメロディーを演奏した。


「ローラ、GO!」


 ローラがマルオに言われてウィードツッチーに向かって駆け出していく。


 ウィードツッチーはローラの方が強いことを悟り、自分に近づけないように<草矢グラスアロー>を連発する。


 ローラは<剣舞ソードダンス>で草の矢を次々に切り捨て、ウィードツッチーと確実に距離を詰める。


「相手を鈍らせるわ。晃もヘイトを稼いで」


「了解」


 成美がウィードツッチーの動きを鈍らせるメロディーの演奏に集中できるようにするべく、晃も投石でウィードツッチーからヘイトを稼ぐ。


 勿論、ローラの攻撃を受けるよりは晃の投石に当たった方が受けるダメージは少ないからウィードツッチーが最優先で避けるのはローラの攻撃だ。


 だが、そこに晃の攻撃が加わることで鬱陶しく思うのは間違いない。


 そのおかげで成美へのヘイトを晃へのヘイトが上回り、成美は危険な目に遭わずにウィードツッチーの動きを鈍らせるメロディーを演奏できた。


 ウィードツッチーの動きが鈍ればローラは一気に勝負を仕掛ける。


 <鞘打撃シースストライク>で頭部を思いっきり殴るとドガッという音と共にウィードツッチーが動かなくなった。


「イェーイ! 俺イェーイ!」


「黙らっしゃい! 晃、周囲に敵はいる?」


「後続の敵はいない。戦闘終了」


 マルオは”掃除屋”を倒したという事実ですっかり舞い上がり、成美に脳天から手刀を落とされた。


 敵を倒した時に油断してやられた冒険者の話も聞かされたことがあったから、成美は冷静な晃に周囲に敵影がないか訊ねた。


 晃も折角”掃除屋”を倒したのに油断して足元を掬われるなんて嫌だったので、慎重に周囲を見渡して後続の敵がいないことを確認した。


 ”掃除屋”を倒したことにマルオだけでなく成美も晃も喜びたいと思ったが、脱出して帰るまでがダンジョン探索だと自分に言い聞かせて1階のフロアボスを倒すまで勤めて冷静に振舞った。


 ウィードツッチーの解体と回収を済ませて探索を再開し、成美達はボス部屋でウィードマネキンと対峙した。


 しかし、ウィードツッチーよりも弱かったので最初からバフ込みのローラの一撃でボス戦が終わってしまった。


「フロアボス初勝利! ここから始まるC大北村ゼミの伝説!」


「まだ1階を突破しただけでしょ?」


「なんだよ成美。もっと喜べよ。嬉しいだろ?」


「嬉しいけどマルオがはしゃぎ過ぎてそこまではしゃぐ気分じゃなくなっちゃったのよ」


「酷っ!? 俺のせい!?」


「帰って逢魔さんに報告するまでがダンジョン探索」


「晃はブレないね。でも、その通りだと思う。折角私達がここまで探索できるところを紹介してもらったんだもの。無事に帰って紹介して良かったと思ってもらえるようにしましょう」


 成美がその場をまとめて3人と1体はダンジョンから脱出した。


 大学生だけのパーティーが”掃除屋”とフロアボスを倒した例は日本で初めてだったが、その事実を成美達はまだこの時は知らなかった。

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