第15章 大家さん、料理大会に出る
第171話 お母さんじゃないよ!
翌日の日曜日、藍大達はダンジョンに行かないオフの日とした。
体力的には全然探索できたのだが、月~水曜日の地下4階を踏破しないまま地下5階に挑むには不安があったから休みにしたのだ。
そんな藍大達が休みの日に何をするかだが、今日の藍大達には来客の予定があった。
ピンポーンとインターホンが鳴り、リルが真っ先に反応してドアを開けに行った。
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『どうぞ~』
「わぁ、可愛い! モフモフ~!」
「千春さん、モフモフじゃなくてリルと呼んであげて下さい。元気そうだな、リル」
『うん! 僕は元気だよ!』
来客とは茂と千春の2人のことだった。
玄関から千春のテンションが高い声が聞こえ、リルのお出迎えがお気に召したらしいと藍大はリビングから察した。
茂達が手洗いうがいを済ませてリビングにやって来ると、藍大は千春を初めて生で見た。
(うん、これは小動物)
茂から事前に聞いていた通り、千春は小動物と表現して何も違和感のない見た目だったから藍大もそう思うのも無理もない。
「初めまして。俺が”楽園の守り人”のクランマスターの逢魔藍大です」
「妻の舞です」
「同じくサクラ」
藍大が名乗った後に舞とサクラも続いた。
ゲンはリビングの隅でスヤスヤと寝ており、ゴルゴンはメロと一緒に中庭の家庭菜園の世話をしている。
パンドラは未亜と一緒であり、ドライザーは今日も安定の門番だからこの場にはいない。
「茂君がいつもお世話になってます。DMU職人班の調理士、岡千春です。岡さんじゃなくて下の名前で呼んで下さい」
「茂君」
千春が茂を君付けして呼ぶものだから、藍大はニヤニヤしながら茂の方を見た。
「なんだよ。悪いか?」
「別に~。ただ、茂君って呼ばれてるのが珍しいからな」
「逢魔さんは茂君と幼馴染なんですよね?」
「そうです。こいつとは幼稚園からの付き合いです」
「・・・茂君。逢魔さんは大事にしなきゃ駄目だよ? 茂君は誤解されやすいんだから」
「わかってます。おいそこ、俺のこと見てニヤニヤするんじゃない!」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」
「黙れえ○り」
渡る
「茂君は最年少なのに鑑定班の中でも仕事ができるから、知らぬ間に苦手意識を持たれることも多いんです。職人班以外にも茂君を理解してくれる人がいて良かったです」
「あらあらまあまあ」
「おいコラ藍大。その取ってつけた母親みたいなリアクションは止めろ」
「お母さんじゃないよ!」
「「「え?」」」
突然、千春が茂の言葉にツッコんだことで藍大達は揃って首を傾げた。
「いや、千春さんのことを言ったんじゃないですよ。
「ヘイ茂、カモン」
「OK」
藍大は状況説明を頼むと目で訴えて茂を手招きした。
茂も変に誤解を与えたくないので素直に応じた。
「千春さんどしたの?」
「ほら、千春さんの苗字が岡だろ? だから岡さんって呼び方によっちゃお母さんに聞こえるんだ。それで学生時代は身長とお母さん呼びのギャップで揶揄われてたんだと」
「わかった。言動には気をつけよう」
「すまん」
幼馴染同士のひそひそ話はすぐに終わった。
千春のツッコミでその場がリセットされたから、藍大は自己紹介から話を本題に映すことにした。
「昼も着々と迫ってますし、早速料理しますか?」
「します!」
千春は藍大の提案に食いついた。
茂と千春が今日藍大達を訪ねて来た目的はシャングリラのモンスター食材を使って料理を作ることだ。
6月最初の火曜日、”楽園の守り人”が月見商店街を巻き込んで開催したオークションで茂は鑑定士として協力した。
その報酬として、茂は健太からシャングリラダンジョン産のモンスター食材を提供してもらった。
茂は千春と彼女の家でそこで手に入れた食材で一緒に料理を作ったのだが、レアモンスターの調理で千春の
今までに調理して来たモンスター食材がショボかった訳ではない。
シャングリラダンジョン産のモンスター食材のレベルが高過ぎただけである。
健太が提供できるモンスター食材だって料理人達からすれば垂涎の的だけれども、シャングリラダンジョンの最前線を探索する藍大達が手に入れた食材はそれ以上だ。
千春はその最前線の食材を取り扱いたいと茂にお願いし、茂もその食材で作られる料理を食べたいと思ったので藍大に頼んだ。
その結果、藍大達がダンジョン探索をしない日に茂と千春が休みを合わせて一緒に料理を作ることが決まった。
それが今日という訳である。
という訳で藍大と千春がキッチンに立ち、それ以外のメンバーはおとなしく料理ができるのを待つことになった。
「お、お、逢魔さん! その包丁! それにまな板も! ただの調理道具じゃないですよね!?」
「流石本職、お目が高いですね。この包丁はミスリル製なんです。まな板はユグドラシル製ですよ」
「茂君! すごいよ! ミスリルだよ! ユグドラシルだよ!」
「それだけじゃありません。ミスリルフライパンとユグドラシルのしゃもじです」
「すご~い!」
興奮した千春の言葉を聞いて茂は顔を引き攣らせた。
「俺が聞いてたのよりも増えてんじゃねえか」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてねえよ。藍大、お前料理人目指す気か?」
「いや、俺の料理じゃ目指せないから。家庭料理が限界だ」
藍大がそう言った瞬間、食いしん坊ズが目を見開いた。
「そんなことないよ! 藍大の料理が一番だよ!」
『ご主人の料理が一番美味しいよ!』
「私もそう思う。主の料理が一番なの」
「ありがとな。そう言ってもらえて嬉しいぞ」
食いしん坊ズに続いてサクラにも褒められたことで藍大は照れ臭そうに笑った。
その一方、千春は子供のように藍大の持つ調理器具に憧れの眼差しを向けていた。
「良いなぁ。あの包丁使ってみたいなぁ。どんな感じに切れるのかなぁ」
「・・・藍大、少しだけ千春さんに包丁とまな板を使わせてくれないか?」
愛くるしい
藍大もこれが本当に年上だろうか、実は年齢を詐称している子供ではなかろうかと心の中では思いながら首を縦に振った。
「これでデーコンを切ってみますか?」
「良いんですか!? 切りたいです!」
千春が喜ぶ姿は本当にただの子供にしか見えなかった。
その後、藍大と千春は役割分担して料理をテキパキと作り始めた。
正午を少し過ぎると、家庭菜園での作業を終えたゴルゴンとメロが部屋に戻って来た。
それとほとんど同時に藍大と千春も昼食を完成させた。
本日の昼食のメニューは以下のフルコースだ。
オードブルはメロが家庭菜園で作った野菜のマリネ。
スープはバロンポテトのポタージュ。
サラダは木曜日のダンジョン食材たっぷり使ったもの。
魚料理はロケットゥーナのカルパッチョ。
肉料理はキマイラのステーキ。
主食はライスキュービーの炊き立てご飯。
デザートはゴルゴンの卵を使って作ったプリン。
ドリンクはメロが家庭菜園で作ったフルーツのミックスジュース。
「ここが天国だ~」
『匂いだけでわかる! これは絶対に美味しい!』
「豪華ねっ」
「美味しそうです!」
「ヒュー♪」
食いしん坊ズを筆頭に従魔達が完成したフルコースにテンションが上がっていた。
「主、お疲れ様。とっても美味しそうだね」
「千春さん、お疲れ様。大変だったでしょう」
サクラと茂はそれぞれ藍大と千春を労った。
「まあ、期待されてたらこれぐらいはな」
「貴重な食材で料理できて楽しかったよ!」
藍大は控えめに応じ、千春は元気いっぱいに答えた。
さて、フルコースの準備ができているのにこれ以上お預けだなんて我慢できない者もいるから早速実食である。
「「「・・・「『いただきます!』」・・・」」」
仲良く手を合わせてから食材に感謝して昼食が始まった。
そして、始まって早々に絶賛の嵐となった。
「やっぱりここが天国だよ!」
『美~味~い~ぞ~』
「ヒュー♪」
「すっごく美味しいわっ」
「箸が止まらないです!」
食いしん坊ズと従魔達は賑やかに食べている。
「主、いつも美味しいご飯をありがとう」
「どういたしまして」
「千春さんと藍大が組むとここまで化けるとは思ってもみなかった」
「私も逢魔さんがここまでだとは良い意味で予想を裏切られたよ」
藍大とサクラ、茂、千春は静かに舌鼓を打っていた。
テンションに差こそあれ、この場にいる全員が今日の昼食を終えた時に満足していたのは言うまでもない。
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