第149話 リル、張り合わなくて良いんだぞ?

 探索を再開してキマイラを倒した場所から歩くこと数分、リルが何か見つけたらしく地面を掘り始めた。


『ここ、何かあるよ』


 リルが掘り出したのは紫色のビー玉のような物体が入ったフラスコだった。


 サクラがそれを拾い上げ、藍大はモンスター図鑑でその正体を確かめた。


 (覚醒の丸薬Ⅱ型? これを飲めば三次覚醒できるのか)


 以前、藍大達は覚醒の丸薬という水色の丸薬を手に入れたことがあった。


 それは冒険者の職業技能ジョブスキルを二次覚醒させられるアイテムだった。


 今度は二次覚醒した冒険者のみ使える三次覚醒用の丸薬ということだ。


「これは舞が使うしかないな」


「そうなの?」


「覚醒の丸薬Ⅱ型ってアイテムらしい。俺は既に三次覚醒してるから二次覚醒してる舞しか使える人がいないんだ」


「そっか。それなら遠慮せず貰うね」


 サクラから覚醒の丸薬Ⅱ型を受け取ると、舞が覚悟を決めてそれを飲み込んだ。


 その直後、舞の体が輝き始めた。


「力が沸き上がって来るよ~」


 舞が緩い口調で言うものだから、藍大達が本当かどうか怪しく思ってしまうのは仕方のないことである。


 藍大は舞の体から発せられた光が収まったところで訊ねた。


「舞、今度は何ができるようになったんだ?」


「えっとね、カバーリングっていう条件付きの瞬間移動ができるようになったよ」


「条件付き?」


「うん。守りたい対象が攻撃対象になった時、それを察知してその対象の前に瞬間移動できるの」


「なるほど。騎士っぽいな。いや、ピンチの時に駆け付けるなんてヒーローみたいだ」


「だよね。これで藍大がピンチでも私が駆け付けられるよ」


 藍大はドヤァという効果音が聞こえそうな笑みを浮かべる舞を抱き締めて感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとう。頼りにしてる」


「任せて~」


「主! 私も!」


「勿論だ。サクラも頼りにしてる」


 サクラもハグを希望したから、藍大はそのリクエストに応じた。


 リルとメロもちゃっかりその後ろに待機していたので、こちらも当然リクエストに応じている。


 舞のパワーアップが済むと、藍大達は再びダンジョン探索に戻った。


 フロアボスを倒せば脱出できるのだが、フロアボスに遭遇できずにグリルスとノーブルホースに出くわすばかりだ。


「グリルスが口にする言葉ってどんな基準なんだろうな」


「ビキニアーマーとか」


「アカマムシとか」


『ヤキニクテイショクも言ってたよ』


「レロレロとも言ってたです」


 グリルスの喋る言葉の選定基準は謎である。


 モンスター図鑑にも喋る言葉には意味がないとしか記されていなかったので、このままこの議論をしても無駄なのだろう。


「なんにせよ、フロアボスはまともであってほしいもんだ」


 藍大がそう口にした瞬間、老人の顔にライオンの胴体、背中には蝙蝠の翼、それに加えて蠍の尻尾を持つモンスターが現れた。


「マンティコアか」


 これもまた有名な伝承の存在が現れたので、藍大はモンスター図鑑を見ずともその正体を言い当てた。


「ウニ」


 マンティコアがそう言った瞬間、蠍の尻尾から針が射出された。


「やらせねえ!」


 舞はカバーリングで藍大の前に移動し、光を纏わせたトールゲイザーで針を打ち返した。


 打ち返された針がマンティコアの眉間に向かって飛ぶが、マンティコアはそれを横に動いて躱した。


 その攻防の隙に藍大はマンティコアのステータスを調べた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:マンティコア

性別:雄 Lv:50

-----------------------------------------

HP:700/700

MP:650/700

STR:850

VIT:600

DEX:650

AGI:650

INT:850

LUK:600

-----------------------------------------

称号:地下4階フロアボス

アビリティ:<怪力爪パワーネイル><猛毒牙ヴェノムファング><猛毒針ヴェノムニードル

      <猛毒霧ヴェノムミスト><火炎吐息フレイムブレス><猛毒耐性レジストヴェノム

装備:なし

備考:なし

-----------------------------------------



 (殺意の高いアビリティだこと)


 猛毒を使って近距離、遠距離、広範囲と攻撃する手段を会得しているマンティコアのアビリティを見て藍大の顔が引き攣った。


「敵のマンティコアは猛毒を扱う。火も吹くから注意するように」


「「「『了解!』」」」


「コハダ」


 マンティコアがそう言った直後、濃い紫色の霧がマンティコアを中心に広がり始めた。


「サクラ!」


「うん! 汚物は消毒よ!」


 藍大がサクラがに対応を任せると、サクラは<浄化クリーン>でマンティコアの<猛毒霧ヴェノムミスト>を消し去った。


「エンガワ!」


 語気を強めたマンティコアの口から<火炎吐息フレイムブレス>が放たれる。


「無駄だっつーの!」


 舞が光のドームで襲い来る<火炎吐息フレイムブレス>を防ぐのと同時に、空中に離脱していたリルが反撃に出た。


『マグロ!』


「リル、張り合わなくて良いんだぞ?」


 リルが<碧雷嵐サンダーストーム>でマンティコアに攻撃する際、マンティコアの掛け声が寿司ネタになっていることに気づいて自分も同じように掛け声を発するものだから藍大がやんわりとツッコミを入れた。


 数あるネタからマグロをチョイスしたのは、リルがロケットゥーナの手巻き寿司を食べたことを思い出したからだろう。


 <碧雷嵐サンダーストーム>は広範囲に攻撃できるアビリティのため、マンティコアは<火炎吐息フレイムブレス>を中断して逃げようとしたがあっさり捕まって雷を帯びる嵐に巻き込まれた。


 空に舞い上げられた時点でマンティコアのHPはほとんど削られており、地面に墜落した時のダメージで完全にHPが尽きて動かなくなっていた。


『サクラがLv77になりました』


『リルがLv76になりました』


『ゲンがLv73になりました』


『ゴルゴンがLv70になりました』


『ゴルゴンのアビリティ:<治癒キュア>がアビリティ:<中級治癒ミドルキュア>に上書きされました』


『メロがLv64になりました』


 (ゴルゴンの<治癒キュア>も順調に強化されて良かった)


 サクラのおかげで死んでいなければ大抵の状態なら完治させられるとはいえ、<超級回復エクストラヒール>は普段使いするようなアビリティではない。


 <治癒キュア>だと治りが遅い状態異常があったとしても、<中級治癒ミドルキュア>ならば対処できるものだってある。


 そう考えればゴルゴンが<中級治癒ミドルキュア>を会得したことは、藍大を安心させたに違いない。


 システムメッセージが鳴り止んでから、藍大達はマンティコアの解体と魔石の回収を済ませた。


 ゲンは自分が魔石を貰う番だとわかっていたので、<中級鎧化ミドルアーマーアウト>を解除して待機していた。


「ヒュー」


「わかってるって。ほら、これはゲンのものだ」


 早く欲しいと訴えるゲンを見て、藍大は欲しがりな奴だと頭を撫でつつゲンに魔石を与えた。


 その直後、ゲンの肌が魔石を飲み込む前よりも瑞々しくなった。


『ゲンのアビリティ:<水牢ウォータージェイル>がアビリティ:<水牢獄ウォータープリズン>に上書きされました』


「ゲン君が潤いボディだよ」


「良いなぁ」


「羨ましいです」


『気になるわね』


 女性陣に羨ましがられ、居心地が悪いと感じたゲンは逃げるように<中級鎧化ミドルアーマーアウト>を発動した。


 ちゃんと美に対する女性陣の執着は恐ろしいと理解しているらしい。


 ゲンの強化が完了してダンジョンから脱出しようとしたその時、藍大達はあることに気づいた。


「階段がいつもと違くないか?」


「ホントだ。いつもより装飾が豪華だね」


「地下5階に何かあるのかも」


『美味しいモンスターがいると良いな』


「家庭菜園に役立つアイテムが欲しいです」


『快眠・・・枕・・・』


『美肌になるアイテムが欲しいわっ』


 サクラを除いてリルから始まった従魔達のコメントがただの願望になっているが、藍大はその希望を打ち砕くことはしなかった。


 (夢見たって良いじゃないか。ダンジョンだもの)


 ダンジョンでは何が起きるかわからない上、自分達が挑んでいるのが他所よりも戦利品が充実したシャングリラダンジョンなのだ。


 藍大は実際に探索してみるまで夢を見たって良いのではと思っていた。


 地下5階に繋がる豪華な装飾の階段を降りてみたい気持ちはあったが、時間は既に正午を回っている。


 ノーブルホースの味はわかっていても、グリルスやマンティコア、キマイラの肉については食べられるとわかってもどんな味なのか想像がつかない。


 料理するのに時間がかかることは想像に難くないので、ちょっとだけ地下5階の様子を見に行くこともなく藍大達はダンジョンを脱出した。


 ダンジョンへの好奇心よりも昼食を優先するのはいかにも藍大達らしい。

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