第10章 大家さん、一休みする

第111話 俺は使うべき時の金は惜しまない

 スタンピードが起きた翌日の日曜日、テレビの報道番組では日本5ヶ所でのスタンピードの収束と民法改正のニュースが放映された。


 ダンジョンからモンスターが溢れたにもかかわらず、収束が1日以内で済んだのはスタンピードが昨日の朝から起きていたからである。


 時間的には藍大達がシャングリラダンジョンに入った直後、それと入れ替わりになるようにして起きたと言える。


 函館と草津、浦安、南京町、桜島の5ヶ所周辺では、残念ながら死傷者が少なくない数出てしまった。


 しかし、三原色のクランとDMU、”楽園の守護者”による救援のおかげで被害を最小限に抑えられたのは不幸中の幸いだろう。


 4つのクランとDMUは、戦闘によって倒したモンスターの戦利品の純利益を被災地に寄付したので名声が上がった。


 純利益の寄付としたのは、流石に救援に伴って発生した経費分は回収しなければ救援に行って赤字となり救援した彼等が報われないからである。


 藍大も昨日茂にそれを申し出たため、他の大手クランとDMUと足並みを揃えた対応ができた。


 民法改正は明日の5/25(月)から始まる一夫多妻制についてであり、スタンピードが決め手となったようで反論は出て来なかった。


 大地震の際に大きく人口が減った国の前例があったことで、そういう措置も仕方ないというのが世論だった。


 日本全国に関わるニュースはこれだけだが、”楽園の守り人”では出向組の麗奈と司、奈美がDMUから転職した。


 それに伴い、藍大が会得したシャングリラダンジョンに自由に出入りする権利は司に与えることになった。


 ダンジョンに挑むのであれば、既に藍大組と未亜組に分かれていたので追加で一組を作るならば麗奈と司がペアを組むことになる。


 麗奈と司のペアならば、信頼できるのは司だから藍大は迷わず司にその権利を与えた。


 麗奈は少し不満気だったが、”楽園の守り人”の他のメンバーは揃って司に権利を与える藍大の判断を肯定した。


 多数決で完敗し、日頃の行いが大事であると麗奈は思い知らされることになった。


 また、奈美の転職に伴ってアイテムショップ出張所が閉鎖されたため、シャングリラの101号室を奈美用の事務室にすることが決まった。


 101号室の中身は藍大の収納袋の中に移され、他所に売り出すダンジョン産素材のリストアップや郵送手続、配達物の受け取りはここで行われる。


 奈美が101号室に普通に入れるからこその措置だ。


 藍大や舞、未亜、司も鍵が開いていれば101号室に出入り可能なので、誰も反論することはなく今後はシャングリラだけで郵送以外が完結する訳である。


 それはさておき、今日から藍大組は少しの間ダンジョン探索を休むことにした。


 丁度どの曜日も次は地下3階からの探索になるし、藍大は舞とサクラにプロポーズしたのだ。


 結婚にあたって休みを取ったって何も不思議ではない。


 休み初日の午前11時過ぎになると、藍大の部屋のインターホンが鳴った。


 来客はDMUの職人班のスタッフだった。


「DMU職人班です。指輪の件でお伺いしました」


「今開けます」


 藍大に招かれて部屋に上がったスタッフは、茂曰くアクセサリー担当の女性である。


 アタッシュケースとは別に段ボール箱を抱えて持って来ており、藍大にはそれが不自然に感じられた。


「その段ボールはなんですか?」


「これはご依頼いただきました立石さんのB2スケイルです」


「えっ、もう私の鎧ができたの?」


「はい! 防具担当が張り切って仕上げました」


 (流石はDMUの職人班。本気出すと速いな)


 舞の質問に応じたスタッフの言葉を聞き、藍大はDMUの職人班のすごさを改めて思い知らされた。


 藍大がDMUに昨日のシャングリラダンジョンの成果物を送ったのは昨日の夕方だ。


 それにもかかわらず、舞の新しい鎧が翌日の昼前には完成して舞の手元に届いているというのは本当に大したものである。


 舞が段ボールを開いて中に入っている物を取り出すと、赤銅色にカラーリングされた女性用のスケイルアーマーがその手に掴まれていた。


「うん、今回のも良い仕上がりだね。試着して来て良い?」


「私は構いません。職人班の一員として、お客様の納得のいくものをお渡しする義務がありますから」


 本題が指輪選びだとわかっていても、命を預ける防具の確認を疎かにはできないと舞が試着を希望するのは当然であり、職人班のスタッフも舞が納得して受領するまでが1つの仕事だと思って首を縦に振った。


 数分後、舞がB2スケイルを着て戻って来た。


「立石さん、B2スケイルはいかがですか?」


「ぴったりだよ。本当に良い仕事してるね」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると職人冥利に尽きます」


「じゃあ着替えて来るからもうちょっと待っててね」


 それだけ言うと、舞は再び着替えのために私室に戻った。


 その数分後、舞は元の服に着替えて戻って来た。


「おまたせ~」


「とんでもないです。それでは、お三方に似合う指輪を選んでいただきましょう」


 スタッフがアタッシュケースを開くと、そこには数々の指輪が入っていた。


「綺麗だね~」


「キラキラしてる~」


 舞もサクラも指輪を見てテンションが上がったようで、とても生き生きとした表情になった。


 その一方、藍大も声に出したりしなかったが驚いていた。


 やはりDMUの職人班が本気を出すと完成度が高いと思ったのだ。


「どうでしょうか? いずれも私の自信作です」


「貴女が作ったんですか?」


「はい。私は元々金細工職人の末の娘だったんですが、細工士の職業技能ジョブスキルが覚醒してからは冒険者の方々に使ってもらえる装飾品を作りたいと思ってDMUの職人班の門を叩きました。ですが、なかなか良い素材に巡り合うことができなかったので、”楽園の守り人”の皆さんが持ち帰って下さった素材には本当に感謝しております。本当にありがとうございました」


「そんなにかしこまらないで下さい。ダンジョン産の素材なんていつ何を持ち帰れるか決まってる訳ではありません。偶然職人班の方々の創作意欲を刺激する素材を持ち帰れたに過ぎないんですから」


 藍大は目の前のスタッフに深々と頭を下げられると、偶然の結果にそこまで深い感謝をしなくても良いと思ってその気持ちを正直に伝えた。


 そうしていると、舞とサクラが気になる指輪を見つけたのか藍大の袖を引っ張った。


「藍大、見て。これなんかどうかな?」


「主、私もこれが良いと思うの」


「どれどれ? ・・・これは俺達をモチーフにしてるのか」


「その通りです。皆さんにお見せするならば、逢魔さんと立石さん、サクラさんの繋がりを感じさせるデザインの指輪も良いと思いまして用意させていただきました」


 舞とサクラが見つけたのはプラチナの指輪だった。


 そのデザインは石座が開いた本の形をしており、小さなダイヤモンドが縁取っていた。


 さらに本の左右のページにはそれぞれ、舞をモチーフにした盾とサクラをモチーフにした翼が彫られていて、それも小さなダイヤモンドで縁取られていた。


 正に技術の結晶とも呼べる逸品である。


「これは良いな。折角の指輪だし俺達の繋がりを感じさせてくれるのは嬉しい」


「そうだよね~。私もこれ見てビビッと来たよ~」


「私も。主、これにしよ?」


「そうだな。舞とサクラが良ければこれにしようか。この指輪はおいくらですか?」


「3つで180万円です。指輪の内側に皆さんの好きな文字を掘るサービスも含めます」


「ひゃ、180万・・・」


 スタッフの告げた金額に舞は戦慄した。


 平均的な結婚指輪の代金が2人分で20~30万円だとすれば、3人分ならば30~45万円が平均になる。


 その4~6倍もかかるとなれば、割と最近まで極貧生活を送っていた舞からすれば気の遠くなる値段である。


 結婚はとても大事なイベントだが、自分の装備が金食い虫である自覚がある舞としては即決できない値段だ。


 ところが、そんな舞とは違って藍大は首を縦に振った。


「わかりました。買いましょう」


「ありがとうございます」


「主、ありがと~!」


「ら、藍大、良いの?」


 自分にはとても即決できない金額を支払うと言った藍大を見て、舞は本当に良いのかと訊ねた。


 勿論買ってもらえることはとても嬉しいが、ここでそんなにお金を使って良いのかという不安な気持ちが大きいのだ。


「俺は使うべき時の金は惜しまない。舞とサクラが喜んでくれるなら、俺は180万円なんて惜しくないよ」


「藍大!」


「主!」


 藍大の甲斐性のある発言を聞き、舞もサクラも嬉しさを我慢できなくなって抱き締めた。


 スタッフが目の前にいることなんて関係ないと言わんばかりに抱き締めた。


「お幸せそうで何よりです」


 スタッフは嫌な顔一つせずに微笑んでいた。


 アクセサリーを販売することも仕事の内ならば、こういう場面に出くわすことだってある。


 このスタッフがリア充爆発しろと妬みから発言しても文句を言う者はいないかもしれない。


 しかしながら、彼女も彼女で自分が拘って作成した指輪に180万円の価値があると藍大が即決してくれたことが嬉しくてそんなことにはならなかった。


 彼女の中ではリア充への妬みよりも職人としての誇りの方が上だったのだ。


 その後、藍大達は結婚指輪を購入した。


 指のサイズは冒険者登録した時に藍大と舞のものはDMUにデータとして保管されており、サクラのデータも従魔のデータとしてDMUに保管されたものが使用されたから指輪のサイズ直しは必要なかった。


 舞とサクラは購入した指輪を藍大に嵌めてもらい、その日はずっと幸せ全開なオーラを振りまいていたことは言うまでもない。

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