第29話 ほわたぁっ!
翌日の木曜日の朝、藍大達が今日も今日とてダンジョンを探索しようと102号室の外に出ると、言い争う声が届いた。
「だ~か~ら~、ウチはここの住民だって言うてるやろが!」
「そう言って中に入ろうとした奴が昨日何人いたと思ってるのよ! 証拠を見せなさい!」
「大家はん呼んでくれや! ウチがここに住んどるってこと証明してくれるで!」
「アンタが藍大を呼びに行ってる隙に中に入ろうとするかもしれないじゃないの!」
(麗奈が今は見張り担当だったのか。って
藍大は麗奈と揉めている相手が店子だと知ると、慌ててシャングリラの入口に移動した。
「麗奈、ストップ。天門さんはここの住人だから。おかえり、天門さん」
「大家はん! いやぁ、助かったで! 遠征から帰って来てクタクタやっちゅうのに、この女がウチを入れさせてくれなくて困っとったんや・・・」
その声は後半になるにつれて力がなくなっていった。
本当に疲れているらしい。
「えっ、アンタマジでシャングリラの住人なの?」
「せやから何度もそう言っとるやろが! ウチは
なけなしの力を振り絞って抗議した未亜は、立ち眩みを起こしてふらついた。
咄嗟に藍大が支えるが、遠征帰りで武器等を背負ったままの未亜の総重量は成人男性の平均体重よりも重く、支えた藍大はバランスを崩すまいと歯を食いしばった。
(くっ、己の貧弱さが恨めしい)
「あっ、未亜ちゃんお帰り~。って、藍大が潰れちゃう!?」
騒ぎを聞いて103号室から出て来た舞は、未亜が帰って来たことを認識してすぐに藍大が未亜を支えていられる時間はそう長くないと悟って駆け寄った。
舞が藍大から未亜を受け取り、203号室へと連れて行った。
そうなると、その場に残るのは藍大と麗奈、サクラ、リルである。
「麗奈、昨日押し寄せて来た冒険者が多いのはわかるけど、住人じゃないって決めつけるのは駄目だろ。大体ここの住人の名前はリストで渡したじゃん」
「え~っと、その~、リストを部屋に忘れちゃって・・・」
「しっかりしてくれよ」
「面目ない」
夜から朝にかけて、麗奈と司は交代で休みながらシャングリラの前で見張りをしている。
今日は早朝から司と交代して見張りをしていた麗奈だったが、寝惚けた頭で104号室を出てしまい、藍大が渡した住民のリストを部屋に置き忘れて来てしまったらしい。
そのせいで、未亜がシャングリラの住人かどうか確かめることができずに揉めていたのだった。
藍大が麗奈に厳重注意をした頃には舞が藍大達の所に戻って来た。
「天門さんは?」
「疲れてたみたいで荷物置いたらすぐに寝ちゃった」
「そっか。じゃあ、起きた時に改めてシャングリラについて説明しないとな」
「うん。ところで、今日は今からダンジョンに行くんだよね?」
「勿論」
「だったら今日は麗奈を連れてってあげて。午前中の見張りは私が代わるよ」
「「え?」」
突然の舞の申し出に藍大も麗奈も驚いた。
「なんで急に?」
「麗奈は慣れない見張りとか事務作業ばっかりでストレスが溜まってると思うの。だから、一旦ダンジョンに入ってスッキリしてもらおうかなって」
「なるほど。体を動かしてリフレッシュさせるんだな?」
「正解!」
「気持ちは嬉しいけどダンジョン探索はスポーツじゃないわよ?」
舞の気持ちは嬉しいが、そこだけは訂正しておかねばと麗奈は口を挟んだ。
「それに未亜ちゃんが起きて部屋を出た時、絶対に麗奈を見たら口論が再発すると思うんだ」
「「否定できない」」
舞の指摘はもっともであり、藍大と麗奈の反応がシンクロした。
「ここは頼れるサブマスターに任せて、麗奈は藍大と一緒にダンジョンに行っておいで」
「ありがとう! 頼りになるわね! 流石はサブマスター!」
「そうでしょう、そうでしょう」
(あれ、舞ってもしかしてチョロい?)
サブマスターとして相応しい行動を取る舞だが、藍大には麗奈に煽てられて乗せられているように見えた。
それは間違いではないだろう。
麗奈も舞の言う通りストレスが溜まっており、ここらで一旦暴れたいと思い始めていたのだ。
退屈な見張りを代わってもらえるのなら、途中で投げ出されては困るのでサブマスターは頼れると舞をその気にさせている訳だ。
とりあえず、今日は舞の代わりに麗奈がダンジョンに同行することが決まった。
ダンジョンに入ると、麗奈は生き生きし始めた。
「藍大、今日は私が守ってあげるわ! 大船に乗ったつもりで任せなさい!」
(大きい泥船じゃないことを願うよ)
「よろしく」
藍大の本音と建前の差はこんなところだった。
「大丈夫。私達、主、守る」
「オン!」
「頼りにしてるぞ」
藍大の心が読めたのかは定かではないが、サクラとリルが藍大を守ると意気込んだ。
これには藍大も頼らせてもらおうと心の底から思った。
「むむっ、なんだかサクラとリルに対する反応が私と違わない?」
「そんなことないよー」
棒読みである。
それはさておき、今日のダンジョン探索が始まった。
麗奈が先頭を進み、サクラとリルが藍大の両脇を固める。
少し進むと、リルが異変に気付いて唸った。
「グルルゥ」
「どうしたリル?」
「主、あっち、臭う」
「臭う? ・・・確かに。なんだこれ、酒か?」
リルに続いて異変を察したサクラが気付いたことを口にすると、藍大も周囲の臭いを嗅いでそれが酒に似ているものだと気づいた。
(待てよ。酒って聞いて何か嫌な予感がするんだが)
「・・・ヒック」
「おい、麗奈?」
「な~に~?」
振り返った麗奈の顔は赤くなっており、酒を飲んでいないはずなのに酔っぱらっているように見えた。
「嘘だろ麗奈。臭いで酔ったのか?」
「私は酔ってないであります!」
「そんな訳あるか! こいつ、口調も変ってるし酔ってやがる・・・」
「酔ってないであります! 轟麗奈、いっきま~す!」
「おい! ちょっと待て!」
麗奈は藍大の声に反応せず、そのまま先へと走り出してしまった。
それを見た藍大は叫んだ。
「なんて日だ!」
「主・・・」
「クゥ~ン」
サクラが飛んで藍大の肩をポンポンと叩き、リルも藍大の脚に頬擦りして藍大の気を鎮めた。
いや、護衛が護衛対象を放置してどこかに行ってしまったら叫んだって仕方のないことだろう。
しかし、従魔に気を遣わせてしまったことと悟ると、藍大は深呼吸して落ち着きを取り戻した。
「すまん。サクラ、リル、ありがとう」
「うん!」
「オン!」
やはり頼りになるのはサクラとリルなのだと藍大は再確認した。
そして、舞が戦闘モードになっても護衛は忘れなかったことから、舞をもっと大切にしようとも思った。
「ほわたぁっ!」
既に姿は見えないが、離れた所から麗奈の声が聞こえた。
おそらく、飲猿と呼ばれることになった酔拳のような動きで出現したモンスターを倒しているに違いない。
そう思って藍大達が先に進むと、そこには酔っぱらったおっさんの顔がくっついたハンドボール大のキノコのモンスターの死体があちこちに放置されていた。
どのモンスターの死体にも、拳の跡がくっきりと残っている。
モンスター図鑑で藍大がそのモンスターを調べてみたところ、ドランクマッシュというモンスターであることがわかった。
ドランクマッシュのアビリティが<
これにより、ドランクマッシュは空気中に酒の霧を飛ばして敵を弱らせるらしい。
ところが、ドランクマッシュ達は運がなかった。
何故なら、ドランクマッシュの相手が飲猿と恐れられた麗奈だったからだ。
(マジで酔っぱらった方が強かったりして)
そんなことを思いながら、ドランクマッシュの死体を回収して藍大達は先へと進んだ。
分かれ道を右に進むと、散らばるドランクマッシュの死体の中心に寝息を立てている麗奈の姿があった。
「職務放棄してんじゃねーよ。マジでどうしようこいつ」
ドランクマッシュを倒すだけ倒したら、敵がいなくなったところで電池が切れたようにして麗奈は寝てしまったのだろう。
麗奈に酒は与えないようにしようと心に決め、藍大は寝ている麗奈を壁側に移動させてドランクマッシュの死体を回収した。
その時だった。
藍大達の進路ににょきにょきっと藍大の腰ぐらいまであるサイズの花が咲いた。
このタイミング、どう考えても”掃除屋”のモンスターである。
藍大達は戦力を欠いたまま1階で最も強い”掃除屋”との戦闘を強いられることになった。
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