第23話 サクラ、リル、やっておしまい!

 翌日の火曜日の朝、藍大は司経由でクラン名とクランのマークをメールで報告した。


 電話を使わなかったのは、クランのマークのデザインを電話では伝えられないからだ。


 それに、DMUは隊員同士でセキュリティのしっかりした隊内メールを使えるから、情報漏洩のリスクも少ない。


 ということで、クラン名とクランのマークは司が代理で茂にメールした。


 クラン名は”楽園のり人”である。


 アパートの名前を取ってシャングリラでも良いのではと舞が意見を出したが、わざわざ自分達の家の名前を宣言しなくてもと藍大がやんわり否定した。


 ただし、舞の気持ちも汲んで楽園シャングリラ要素を取り入れた”楽園の守り人”をクラン名にした。


 そして、クランのマークだが浮遊都市の絵が描かれた金貨というデザインになり、意外な絵の才能を見せた舞によって描かれた。


 クランマスターには藍大が就き、サブマスターには舞が就く。


 実力的には舞がクランマスターの方が良いんじゃないかと藍大は訊いたが、シャングリラは藍大の所有物だからと言って自分はサブマスターになった。


 茂に報告した結果、麗奈と司は”楽園の守り人”に出向という扱いになった。


 そうすることで、”楽園の守り人”がDMUと友好的であることの証明になり、他の冒険者や企業のちょっかいを抑止できるからだ。


 ちなみに、奈美はアイテムショップの店員だが、実は薬士の職業技能ジョブスキルを持っている冒険者であり、”楽園の守り人”に出向という形で加入することとなった。


 彼女の職業技能ジョブスキルは茂と同じく非戦闘職なので、ダンジョンに潜ることはなく”楽園の守り人”のダンジョン産の素材の取り扱いを任された。


 要は籍だけ”楽園の守り人”に置き、今まで通りにシャングリラ横の出張所でアイテムショップの店員として働くということだ。


 クランハウスはシャングリラになり、藍大は気づけば冒険者の中でも攻略組と呼ばれる括りに入っていた。


 クラン立ち上げの事務作業のため、麗奈と司はそれにかかりきりになるので今日の探索は藍大と舞で行くことにした。


 本来であれば藍大や舞も事務作業をすべきなのだが、茂が事務作業を麗奈と司に任せて今日のダンジョンから成果を挙げてくれと頼んでしまったからだ。


 ダンジョンが日替わりで出現するモンスターに変化があることを考えれば、茂としては1週間のラインナップがわかるまで藍大にはダンジョン探索に集中してほしいのである。


 シャングリラのダンジョンは藍大がいなければ開かないし、藍大が行くならば護衛は必要なので舞もセットという訳だ。


 勿論、舞だけでなくサクラやリルもいるのだから、余程のことがない限り藍大が危険な目に遭うことはないだろう。


 さて、今日のダンジョンに入った藍大達だったが、入って早々に違和感を覚えた。


「今日は暑くないか?」


「暑い。プレートメイルだと蒸れちゃうよ・・・」


「鎧着るのも大変だよな」


「うん。きっと、今日が火曜日だからだよ。火にまつわるモンスターがいるに違いないよ」


 そんな話をしていると、サクラが前方を指差しながら藍大のツナギを引っ張った。


「主、あそこ」


「ん? うわっ、燃えてるじゃねえか」


 サクラが教えてくれた方向にいたのは、薄い赤色ベースの体が燃えている猿の群れがいた。


 あれだけ集まって向かって来れば、ダンジョン内が暑くなるのも当然と言えよう。


 藍大がモンスター図鑑で猿の名前がヒートエイプだと知った時には、舞が既に動き始めていた。


「暑いじゃねえかゴラァ!」


「不味い! サクラ、リル、舞が全部ミンチにする前に倒すんだ!」


「えいっ!」


「オン!」


 藍大の指示を受け、サクラとリルは舞が倒していないヒートエイプに攻撃を開始した。


 ヒートエイプを1体倒すごとに、ダンジョン内の気温が下がっていく。


 全滅させた頃には昨日までと同じぐらいの気温に戻っていた。


「ふぅ~。暑かった~」


「お疲れ。サクラもリルも頑張ったな」


「うん!」


「オン!」


 藍大は戦ったメンバーを労った。


 ヒートエイプの体表は、HPが尽きると火が消えた。


「燃えてたのに焦げてないな。そういう性質なのか?」


「何それ羨ましい。この鎧に耐暑機能か耐火機能を付けてほしいかも」


「そうだよな。舞の体が火曜日のダンジョンで蒸し焼きになりそう」


「すごい困る。藍大だって他人事じゃないよ? 普通のツナギよりは丈夫だけど燃えない訳じゃないんだよ?」


「確かに・・・。ヒートエイプの皮を上手く処理できたりしねえかな。とりあえず回収しよう」


「う、うん」


 自分が倒したヒートエイプはズタボロであり、皮を剥いだとしても商品価値はなさそうだったため、舞はしょんぼりしてしまった。


「まあ、元気出せよ。幸い、サクラやリルが倒してくれた奴等の死体はグチャグチャになってないし、舞が倒した奴等の死体も無事なところを探せば良いだけだ。そうだろ?」


「藍大ありがとう!」


「痛い痛い痛いっ! 鎧がぁぁぁっ!」


 嬉しくなった舞は抱き着いたが、舞は自分がプレートメイルを着ていることを忘れていた。


 その結果、藍大は舞の馬鹿力でプレートメイルにゴリゴリと押し付けられていたいと叫ぶ羽目になった訳である。


「舞! 主、離して!」


「オン!」


「あっ、ごめん!」


 サクラとリルに注意された舞は、自分のミスに気が付いて藍大を解放した。


 解放された藍大をサクラが抱き締める。


「主、大丈夫?」


「ありがとう、サクラ。一瞬、川の向こうで父さんと母さんの顔が見えたぜ・・・」


「クゥ~ン」


「リルもありがとな」


 どうにか助かった藍大は、サクラとリルに感謝した。


 それから解体を終えると、藍大達は分かれ道に辿り着いた。


「今日はボス部屋を目指そう」


「「賛成!」」


「オン!」


 寄り道せずに成果を優先させるため、藍大達は昨日と同じく右側の道を選んで進んだ。


 シャングリラのダンジョンに出現するモンスターは日替わりだが、ダンジョン内の道に変更はなかった。


 それゆえ、地下1階に進むためのボス部屋が分かれ道の右側にあるのは昨日で経験済みなので、藍大達は右側の道を進んだのだ。


 道を進んでボス部屋に近づくにつれ、再び藍大達は暑さを感じ始めた。


「この暑さ、間違いなくヒートエイプがいるな」


「さっきよりも暑いもん。数もさっき以上にいるよね」


「舞は俺の護衛ね。素材を確保する意味でもそうだし、俺の身の安全のためにも」


「は~い」


 サクラとリルだけでも十分にやれるとわかっているから、舞は藍大の指示に頷いた。


 ボス部屋の扉の前に着くと、ヒートエイプの群れが不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。


「「「「「ウッキィィィィィッ!」」」」」


「サクラ、リル、やっておしまい!」


「それっ!」


「アオォォォン!」


 いくら群れようが所詮はLv5のヒートエイプである。


 サクラの<闇刃ダークエッジ>とリルの<風爪ウインドネイル>の前には、ヒートエイプになす術はなくあっさり全滅した。


『リルがLv19になりました』


 リルの方がサクラよりもレベルが低かったため、レベルアップに必要な経験値が少なかったことでリルはレベルアップした。


 舞が参戦していなかったおかげで、今倒したヒートエイプ達の死体は傷が少なかった。


 藍大がサクラに解体させていると、リルも<風爪ウインドネイル>で手伝い始めた。


「サクラちゃんだけじゃなくてリル君も解体できるんだね」


「サクラもリルもマジで頼りになるぜ」


「終わった!」


「オン!」


「ありがとな~。良い手際だったぞ」


「エヘヘ~」


「オン♪」


 リルも加わったことで解体の効率が上がり、それにかかる時間は短縮された。


 解体作業の効率化はされるし、サクラもリルも褒められて嬉しいので皆幸せである。


 その時だった。


 急に辺りの気温が上昇した。


「オン!」


 リルが真っ先に気づいて吠えると、藍大達は警戒態勢に入った。


 藍大がボス部屋の扉に背中を預けると、舞が藍大の正面、サクラが右、リルが左に移動した。


 少なくとも、ボス部屋からモンスターが出て来ることはないと考えての行動である。


 そして、道の向こうから藍大達に向かってゆっくりと足音が近づいて来た。


 足音の主の姿を目にした時、藍大の顔が引き攣った。


 (これってサラマンダー的な奴だったりする?)


 そのモンスターは推定でも体長が1メートルを超える大きさだった。


 しかも、ヒートエイプのように背中が燃えている。


 赤みがかったボディに爬虫類特有の形の緑色の目のそれは、藍大がサラマンダーだと思っても無理もなかった。


「グルァァァァァッ!」


 藍大達と目が合うと、モンスターは叫び声を上げた。

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