第21話 一体いつから俺に主夫力がないと錯覚してた?

 昼食後に大家としての仕事を終えて102号室に戻ると、藍大は冷蔵庫の中身が肉ばかりであることに気づいた。


「買い物行くか」


「買い物?」


「オン?」


「肉だけ食べる訳にはいかないだろ?」


「納得。私、一緒、行く」


「オン」


「それは駄目」


「なんで?」


「オン?」


 自分達が同行してはいけない理由は藍大の意地悪ではないと思っていても、理由を教えてもらわなければサクラもリルも納得できないらしい。


「サクラとリルを連れてったら、間違いなく掲示板が荒れる。俺が目立つと俺達全員が危なくなるんだ」


「主、危ない、駄目」


「オン」


「そうなんだ。だから、サクラとリルには亜空間に入っててもらう。俺が危なくなったら呼ぶし、舞か麗奈か司に護衛として同行してもらうよ」


「・・・わかった」


「クゥ~ン」


 自分達が藍大を守りたいところだが、自分達のせいで藍大を危険な目に遭わせたくはない。


 それに加え、舞達の強さはわかっているのでサクラもリルも渋々納得した。


 2体の召喚を解除すると、藍大は買い物の準備をしてから舞に買い物に同行してほしいと電話で頼んだ。


 すると、舞は二つ返事で引き受けた。


 藍大はツナギから主夫っぽい服装に着替えた頃にインターホンが鳴り、玄関のドアを開けるとお嬢様みたいな服装の舞が待っていた。


「藍大、買い物行こ~」


「おう。護衛よろしく」


「まっかせなさい」


 拳で胸を叩き、舞は自信あり気に応じた。


 藍大が麗奈や司ではなく、舞を最初に誘った理由は舞の食生活が不安になったからだ。


 一緒に買い出しに行けば、舞の食生活も調べられる。


 藍大の護衛とダンジョン産の素材の換金で懐が潤っていても、今後かかるであろう武器や防具の修理のために、舞が度の過ぎた倹約をしてしまう可能性がある。


 冒険者は体が資本だ。


 食費をケチってダンジョンで体に力が入りませんでしたなんてことになってほしくないから、藍大は舞の監視のためにも舞と一緒に買い物をしに行くべきだと考えたのだ。


 藍大が行こうとしているのは、シャングリラから徒歩5分程で着く商店街だ。


 シャングリラを挟んで商店街とは反対側に小さなスーパーマーケットもあるが、商店街の方がおまけしてくれることもあるので藍大は商店街を利用している。


「藍大は商店街派だったんだね」


「調味料とか消耗品はスーパーだけどな。そういう舞はスーパー派だったの?」


「うん。スーパーならあちこち寄らずに買い物できるもん」


「まあ、それはスーパーの利点だよな」


「商店街の利点は?」


「行けばわかるさ」


「ふ~ん」


 藍大と舞が商店街に到着すると、最初に寄ったのは八百屋だった。


「藍大、女の子連れて買い物か? 今日はアスパラと新じゃがが良いの入ってるぜ。おめえの分取っておいたぞ」


「シャングリラに住むお隣さんだよ。つーかおっちゃん、それマジ? 買うわ。いくら?」


「あいよ。全部合わせて300円で良いぜ」


「安い! なんで!?」


 舞も自分で買い物に行くから、袋詰めされた量の野菜が300円だなんて信じられずに大きな声を出してしまった。


「そりゃB級品だからな。藍大の親には世話になったから、藍大にはB級品で良ければ取っておいてやるって話をしてんだよ」


「B級品だって形が不格好なだけで、味に変わりはないからな。おっちゃんにはこうやって世話になってるんだ」


「俺の家族も値段の付けられねえ野菜を食い切れねえし、気持ちばかりの代金で消費に協力してもらってんのさ」


「藍大が私の想像を超える主夫力の高さを発揮してるよ」


「一体いつから俺に主夫力がないと錯覚してた?」


「参りました」


「よろしい」


 その後、藍大はB級品以外に欲しい野菜と果物を買い、舞も自分の欲しい野菜を購入してから次の店に移動した。


 次に向かったのはパン屋だった。


 カウンターに立っていたおばさんは、藍大の顔を見るとにっこりと笑った。


「あら、藍大ちゃんじゃないの。美人さん連れてデート?」


「それ八百屋のおっちゃんにも言われたけど違うぞ。シャングリラに住むお隣さんだ」


「そうだったのね。てっきり藍大ちゃんにも春が来たんじゃないかと思ったわ」


「確かに今は春だけどね。食パンちょうだい」


「はいよ。ついさっき焼きあがったのがあるわ。200円ね」


「焼きたて!?」


 おばさんが焼きたてのパンをカウンターに乗せると舞は驚いた。


「そうよ。藍大ちゃんはウチのパンを焼く時間を考えて来るのよね」


「まあね。焼きたての方が美味いし」


「私も買う!」


「毎度あり」


 舞も焼きたてのパンの魔力には勝てなかったようで、藍大と同じ物を買った。


 今日買いたい食材を買った藍大達はシャングリラに帰ることにした。


 その帰り道、舞は真剣な表情で藍大に話しかけた。


「藍大、お願いがあるの」


「お願い?」


「私の分も料理を作って。お金は払うから」


「なんでいきなり?」


「私ね、戦闘になるとちょっとハイになるでしょ?」


 (ちょっとじゃ済まないんだよなぁ。世紀末の人みたいになってるし)


 そんな感想を抱いた藍大だが、話に水を差さずに頷いた。


「そうだな」


「ハイになっちゃった結果、メイスや盾、鎧の修理費が嵩んじゃうの」


「だろうね」


「そこで私は考えた」


「聞こうじゃないか」


「自分で管理できないなら藍大に財布と胃袋を預ければ良いじゃないのと」


「どんなマリー理論だよ」


 自分が心置きなく戦闘モードになれるように、舞は衣食住を藍大に委ねようとしている。


 住は元々家賃を払っているから良いものの、服や食べ物を買う金と食べるための料理を藍大に管理してもらうと考えた舞に藍大の表情は引き攣る。


「藍大の作ってくれたご飯はどれも美味しかったし、商店街で見せてくれた主夫力は私の女子力を遥かに上回ってたよ。だから、藍大にお願いしちゃえば良いかなって」


 (舞のコンディションを俺が調整できるなら、心配してるだけよりも良いか)


 中途半端に口を出すのではなく、いっそのこと全部管理した方が自分が抱える精神的ストレスは少ないと判断して藍大は頷いた。


「わかった。ただし、任せてもらう以上ちゃんと俺の言うことは聞いてもらうからな?」


「勿論。私は三食藍大の作ったご飯が食べたいもん」


「プロポーズの意図はないんですよね、わかります」


 一瞬恋愛脳になりそうだった藍大だが、あくまで自分が舞に頼られているだけだと思ったので期待せずにそう言った。


「じゃあ決まりね!」


「了解」


 食事の心配をしなくて済むとわかってニコニコする舞を見て、藍大はやれやれと首を振った。


 シャングリラの102号室に戻って来た藍大は、サクラやリルをすぐに召喚して夕食のクリームシチューを作り始めた。


 買った野菜に加え、ダンジョンで倒したアルミラージエリートの肉を使ったシチューである。


 モンスター図鑑によれば、アルミラージとアルミラージエリートの肉は食べられるのでシチューに使ってみたのだ。


 シチューが完成すると、その匂いが外までしたのか102号室のインターホンが鳴った。


 藍大がドアを開けると、舞はとびっきりの笑顔だった。


「今日はシチューなんだね~」


「そ。良いパンも手に入ったしな」


「楽しみ~」


 涎は垂らしていないものの、これ以上のお預けは舞が暴れてしまうかもしれないと思って藍大は舞を部屋に招き入れた。


 舞が入って来ると、サクラとリルが微妙な表情になった。


「主、舞、なんで?」


「オン?」


「今日から舞の財布と胃袋を俺が預かることになったんだ。まあ、こっちの方が舞のコンディションを高くキープできそうだし、それが回り回って俺達の安全に繋がるんだよ」


「主、安全・・・。わかった」


「クゥ~ン」


「もしかして、歓迎されてない?」


「歓迎されてないというか、舞は怖がられてるんだよな」


「怖くないよ~? 私、優しくするよ~?」


 美人の笑みと呼ぶのが相応しい舞の笑みだったが、残念ながらサクラとリルの警戒を解くことはできなかったらしい。


 サクラとリルは藍大の後ろに隠れてしまった。


 その後、全員分の皿にシチューとパンを盛りつけたら夕食の時間である。


「「「いただきます」」」


「オン!」


 従魔に食事は必要ではないが、一緒に食べた方が美味しいしサクラとリルも喜ぶ。


 だから、食費が増えても暴飲暴食されない限り、藍大は皆で食事を取るつもりである。


「うん、美味いな」


「う~ま~い~ぞ~」


「美味!」


「オン♪」


 シチューは大好評で、藍大の気持ちとしては少し作り過ぎてしまったのだが、鍋が空になるまでおかわりコールが止まることはなかったと言っておこう。

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