エロ本!
「あ、しんちゃん!お疲れ様っす~!」
「お、赤井か。お疲れ。」
ノックしようとした俺の手が止まり、スボンのポケットに手をやる。
「先輩も律儀っすね~。いきなり部屋に入ってエッチな出来事に直面した方が人生豊かになるってもんですよ~」
「そんなハプニング起こるわけないんだろうけど、そこで一応備えておく辺りが俺の紳士たるところだと思うんですよ」
俺はいつもノックをしてからサークルの部屋に入る。
誰も強要してないが、一応気に留めている。
別に返事を待ったことはない。
俺が部屋に入る、という情報を投げているに過ぎないからだ。
なにかまずいことがあればどうせ中からすぐにリアクションがあるはず。
自分のサークルの部屋とはいえ、俺以外女子しかいない部屋なので何が起こるか分からない。
赤井の言う通り、ムフフなハプニングが起こる可能性はゼロではない。
別に期待したことなんてないし、そもそも現実にそんなハプニングが起こるわけもない。
だが、「事実は小説より奇なり」という先人の教えもある。
念には念を入れることで損することなんてほとんどない。
だが、もし万が一、本当にそんなハプニングが起きたら。
…………俺だって男だ。
全知全能の神ゼウスに万謝の意を伝えるために、魂の咆哮を上げながら踊り舞い狂うに違いない。
なんだかんだいってもこのサークルメンバーの容姿レベルは高い。
しかし、嬉しいとかラッキーとかよりも、驚愕とか呆然とかいった、そんな状況にしかならないと思う。
そうとしか思えない。
そんな自信がある。
「……sんちゃーん、聞いてるんすかー?しんちゃん?」
「え?あーごめんごめん、何?」
「そんなところで突っ立ってないで、さっさと中に入りましょうよー。寒いっすよー。」
「えっ、ここどうなってるの?」
「そこは、ここがこうなって、で、あれがああなって。」
「えーっ、ちょっとそれ本当に?本当にそんなことするの?」
「この体勢自体はそこまで苦にならないわよ。でも実際にベッドでするかというと…」
「ちょっとよく見せてよ」
気づいていなかったといえばウソになる。
中から何やら騒がしい声が聞こえていた。
おそらく赤井の耳にも届いていただろう。
しかし、赤井が入室することはもはや誰にも止められない。
ドアノブをひねり、赤井の躰が滑り込む。
「お疲れ様でーす。響子ただいまでーす。慎ちゃんもいまーす。」
にぎやかで楽しい空間は、この瞬間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
「やめてよ、それ私の一番のお気に入りなんだから。あーそんなにしたら破れちゃうぅ。」
「そんなこと言わなくてもさ、教授。意外と紙って丈夫なんだからー。」
「もー、その呼び方やめてって言ってるのにー」
「二人の時にしか使わないんだからいいじゃない」
「それはまあありがたいけど、、、ていうか、返しなさい!」
『あっ!』
バサッ
「あああああああああ!私の相棒が!」
『えっ。。。』
「あああああああああ!私の相棒だけど、私のものじゃなくてなのお!」
***
『私はサークルにエッチな本を持ってきました(こさせました)。すいません。』
『……………………』
誰も音を発せない。重苦しい空気が場を支配する。あのちーちゃんや赤井ですら、しゃべれないしふざけられない。
俺が打破するしかないか?
なんて話始めたらいいんだ。
(あー、その女優良いですよね!俺昔から好きだったんすよー!)
(ほんと、慎二君!私たち仲間同士だね!)
(今度僕のお気に入りの本も持ってきますね!)
(それはとても楽しみね!)
(今度この本と同じことしてみましょうか)
(それは素晴らしいわね!私ずっと興味はあったのに実践できなかったの!よろしくお願いするわね!)
(ウフフフフ)
(アハハハハハ)
ダメだ。この空気感でそれを話したところでみぽりんが乗ってこれると思えない。
じゃあどうすれば……
「いや、それにしても……」
思いがけず、声の主を見る。赤井が窓の外を眺めながら、ポツリと話し始めた。正直助かった。
「みぽりん先輩がこんなにむっつりだったなんて」
「もうそれ以上はやめてよぉ///!」
「おっ、。この表情は。女の私でも抱いてめちゃくちゃにしたく……」
「こらっ赤井!」
赤井がみぽりんを抱く様子を想像して、少しテンションが高まったが、これ以上放っておくと女子大生無法地帯に突入してしまうので、凄く凄く悲しい気持ちで赤井の暴走を突っ込んでおく。軽く頭を叩くが、空気を壊してくれたことには一応でも感謝しているので、一発だけにしておく。
「でもでもですよ、慎ちゃんせんぱい!やっぱりHな本をサークルの部屋に持ってくるっていうのはやっぱり、ね?(ヒソヒソ)慎ちゃんとのあれやこれやを想像してたってことだと思うんすよ。」
「あのなー、お前本当にみぽりん先輩がエロ本を持ってて、サークルの部屋に持ってくると思うか?どう考えてもちーちゃんのものに決まってんだろ。」
「……あれ……私の……エロ本……」
「ちょっとそこー!聞き捨てならないこと聞こえたんですけどー!」
『罪人は黙っとけ(黙っててください)!』
『……はぃ…………』
ちーちゃんに怒ったつもりだったが、部屋の端で顔を赤らめながらもじもじと何かしら呟くみぽりんにも、少なからずダメージが入ったらしい。
「でもですよせんぱい。やっぱり気になるのはですよ。万が一ですよ。実はみぽりん先輩のエロ本だったら、どうですか?」
「そりゃもう、お前。こんな真面目系優等生がエロ本持ってたら、えげつないくらいムッツリで、ド変態で、絶対処女ビッチじゃん」
「処女ビッチかはともかく、ド変態ムッツリなのは確定ですよねー」
「あ、地雷踏んだ。私知ーらない。ゴクッゴクッ」
「私が……処女ビッチ…………?」
ちーちゃんの意味深な地雷発言と、ちーちゃんがビールを流し込む喉越しの音と、みぽりんの低く震えた声が聞こえたのはほぼ同時だった。
『え?みぽりん……先輩……?』
「ちがう……私は処女ビッチじゃない!こんないやらしい本持ってても私処女なんだから!ビッチじゃないんだから!処女ビッチじゃないんだからあああああ!!!!」
「めっちゃぶっちゃけるし、意味わからん弁明し始めたし。みぽりん先輩のそれは弁明になってるんですか!?」
「…………」
「ほら、慎ちゃん動揺しすぎてどんな言葉を発するのが正解なのかわからなくなっちゃって!呆けるしかなくなってるじゃないですか!」
「嘘だと思ってるのね!そうなのね!わかったわ!それじゃあ証明してあげる!私が処女ビッチじゃなくて、正真正銘の処女だということを!さあみなさい!私のすべてをここにさらけ出すわ!(脱ぎ)」
「わあああ!この人頭おかしくなってる!脱いでる!ここで脱いだら正真正銘の処女ビッチになっちゃうのに!あと二一歳にもなって処女だということを高らかに宣言してる!なんで!」
「もう私の身躰で快楽へ導いて!記憶をすべて上書きしないと!私がエロ本を持ってきてた記憶が!なくならないじゃない!」
「記憶の無くし方それしか知らんのかー!(殴)」
「グハッ」
「みぽりんがすでに失ってるものと、これから失うものがすごすぎて、ゴクゴクッ……私ですら何が正解なのかわからなくなってきちゃったわ。ゴクゴクッ!」
「あれー、おねえさーん、どうしてそんなところでねてるのー?かぜひいちゃうよー。」
『!?』
「おねーさん、ないてるのー?」
「情報量が多すぎてしんちゃん先輩の小さな頭がパンクして幼稚退行した!」
「???!!!!ねえ、慎ちゃん。ちいお姉ちゃんの目をよーくみてー」
「なにー、おねえさん?」
「あなたは今五歳でちゅよー。私はあなたのお姉さんでちゅよー。さあ、お姉ちゃんっていってみまちょうねー」
「???おねえt……」
「てめえ、錯乱したしんちゃん先輩に何催眠術かけとるんじゃいこらあ!」
「ちっ、あと二秒で良かったのに。」
「この緊急事態に油断も好きもあったもんじゃないですね!本当に!」
「さすがの対応力ねきょんきょん。でも甘いわ。すでに深層心理には私が姉であるという捏造された記憶が棲み着いてしまっているわ。あの一瞬で私は慎ちゃんに五年分くらいは記憶を封入しておいたの。次からは私が指を鳴らせばすぐにお姉ちゃんと呼んでくれるようになるわ。こんなふうにね!パチンッ」
「???ちい姉ちゃん、、、怖い、、、怖いよぉぉ。。。ごめんなさぁぃ。。。(泣)」
「ええぇっ!慎ちゃんの中の姉ってどんなイメージ感なのよっ!!!」
「にやり、慎ちゃーんこっちおいでー。あのお姉さん怖かったねー。でも、もう大丈夫でちゅからねー、安心ちてくだちゃいねー。響子お姉ちゃんが抱っこしてあげまちゅよー。ほーら豊満な響子お姉ちゃんのEカップのお胸においでー。」
「うん。。。お姉ちゃん大好き。。。やわらかぁい。zzz。。。」
「ぁん、慎ちゃん、そんなところ、んっ、掴んだらっ。ゃん、幼児退行しててもテ・ク・ニ・シャ・ン。」
「ぐぬぬぬぬ。。。。。本当はDカップのくせに。。。中途半端に嘘つきやがってー。」
「あれー、ちーちゃん?どうしたんでちゅかー?そんな美少女あるまじき音出しちゃってー。怖いでちゅよー。おっぱいが小さいのにお姉ちゃんぶってたんですか?そんな小さいおっぱいじゃ慎ちゃんのお姉ちゃんになれませんよー。お・ね・え・ちゃ・ん。」
「んもー、なんでこうなるのよ!私がかけた催眠術なんだから、私の都合よくいきなさいよね!グビグビッ」
「これが、姉力の差というものですね」
「いや、あんた一人っ子だし。あんたの方が年下だし。」
「母性本能ならぬ、姉性本能といえばわかりますか?」
「そんな意味わかんない新しい言葉作られても困るわよ」
『…………』
「と、とにかく、これどうにかしましょうか」
「どうにかって言ったって、、、こんな状態の先輩たちどうするんですか……」
「といっても大したことは何も思い浮かばないし…………分かったわ!もう今日はサークルにはだれも来ていなかったことにするしかないわね。」
「いや、さすがに厳しいでしょ。」
「そんなことないと思うわよ。私たち二人が素知らぬ顔でサークルなんて行ってないとでもいえば、どうにでもなるんじゃないかしら。私はみぽりんの家でみぽりんと遊んでた。響ちゃんは慎ちゃんの家で遊んでた。それでいいじゃない。」
「じゃあまあそれはそう口裏合わせるとして、この残念な先輩たちはどうすれば……」
「んー、じゃあ私はまあ順当に美帆を引き取るわ。なんとか家まで送り届けないと。あとは、慎ちゃんのことよろしくー。」
「え、よろしくって言ったって……」
「どうするかは自分で考えなさいっ♪じゃあまたねー♪」
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