転生㊙令嬢

ひるねま

望んだ世界

 鈍色の鋭い剣で、今にも私に切りかかろうとする男の姿があった。

相手は、今までの10年間一度も顔を見たことすらなかった私の婚約者だった。




 剣と魔法の世界に憧れて、過ごした前世の記憶。

私は、階段から落ちた後に死んだ。

細かく説明すると…いや、やめておこう。

『グロテスク』の5文字で済ませられる事故だった。

そして、呆気ない人生だった。

何よりも心残りなのが、『剣ソード・魔法マジック』の最終章の最終回を見ずに死んでしまったことだ。

悔しい…。

主人公が相棒と切磋琢磨して成長を遂げる、胸熱作品!の結末を知る前に死んでしまっただなんて…。

最終回直前に、使命を果たし死んでしまった推し様の分まで生きようと決心したばかりだったのに…。

なんという親不孝者、いや、推し様不幸者だ…。

作品のファンとしても推しを崇拝する一人のオタクとしても、死んでも死にきれない!

まあ、もう手遅れなのだけれども。

何せ、もう死んでいるのだから。

言い直そう。

『もう死んでいる』のではなく、『もう既に一度死んだ』なのだから。

結局のところ、転生したらしい。

さらっと言ったが、私は転生をしたのだ。

実際にコレを経験できるとは、世にも奇妙な出来事ですわっ。

あの作品の結末を知れずに死んだことだけは、猛烈に悔しいのだが。

恨んでも仕方がない。

不幸中の幸いとでも思っておこう。

はぁ…やはり悔しい…




 では、転生した後の自分についてまとめてみよう。

私はどこかの世界のどこかの国の何らかの家の令嬢にでもなった

ようだ。

年齢は7歳女児。

小学校一年生あたりだろうか。

生活していくにあたり、自分に関する情報が1ピースずつ集まっていった。

私には婚約者とやらが存在している。

兄弟は兄と姉がいて末っ子だ。

ませたガキだとは思っていたのだが、これが意外と大変だった。

毎日作法や華道裁縫、あらゆる花嫁修業を永遠にやらされるのだ。

花嫁修業って前世でやったことがないのよね。

まずはやってみた。

なのだが…

つらい!辛すぎる!


 御嬢様に転生してから分かったことなのだが、私は多くの問題に直面しているようなのだ。

一つ目の問題として、婚約者はいるものの、一度も会ったことがないことだ。

会ってみたくても、両親には放っちプレイを決め込まれているが故、アポも取れやしない。

だから諦めるしかなかった。

 二つ目の問題として、花嫁修業以外で何かを学ぶといった機会がないのだ。

前世では、

‘‘明日学校行きたくないよー‘‘

だとか

‘‘学校めんどくさーい‘‘

だとか

‘‘数学って何のためにやるの?将来数学って使うの?‘‘

とか

勉強が面倒だと思うことは多々あった。

『いなくなってから初めてその重要さがわかる』

とはよく聞いたものだが、ここに来て早々身に染みてそれを感じるとは思ってもみなかった。

勉強がしたいのだ。

人生で初めての感情に戸惑いが隠せない。

私はどうかしてしまったようだ。


 そして三つ目、二つ目の問題と似てはいるのだけれど、花嫁修業以外にすることがないので実に実に怠惰な点だ。

 

そうしていくらかの、問題を抱えながら、とうとう一か月が経過してしまった。

「実に怠惰ですわ」

過ごしているうちにもう一つの問題を発見してしまったのだ。

をれに気が付いてからは、より一層に怠惰な感情で埋め尽くされてしまったのだ。

「アニメがない!!ライトなノベルがない!!漫画がない!!アニソンがないのだ!!」

涙が止まらない!!尾高津ができないだなんて死んだも同然だ!!

って、すでに一回死んでいるのだけれどね!!


 時間を持て遊ばした私は、屋敷を抜け出した。

屋敷を抜け出した先には町が広がっていた。

前世良く通っていた商店街のような活気に心が和んだ。

そこからもう少し歩くといくつかの集落があった。

私は前世から、人付き合いが得意ではなかったので同い年の子供たちが集まるそこにはあまり近づかなかった。

屋敷を抜け出すことが日課になった頃

街からの帰路で、ふと思ったのだ。

異世界転生したなら、この世界は、剣と魔法の世界であるべきだと。

『剣ソード・魔法マジック』の世界のよう、ここが剣と魔法の世界だったら良いのにと。

異世界転生が存在するなら、魔法くらいあるはずだ。


「魔法ってのはイメージが大切だと聞くわよね…」

まあそれも『剣ソード・魔法マジック』の押し売りなのだけれども。

淡い期待を胸に、魔法があるなら発動してみなさいよ、というあおり気分で次のアクションに移った。

オタク魂が燃え上がり、気分付けのため、『剣ソード・魔法マジック』の詠唱をそのまま唱えることにした。

学校の帰り道、『剣ソード・魔法マジック』の詠唱魔法をつぶやきながら帰宅していたのが懐かしい。

もちろんその時は魔法発動はしなかった。

「ルミナス・ライト」

アニメーションを詳細までに思い出した結果、魔法に対して強いイメージが構築されたのだろう。

思い通りに、暗い夜道がほんのりと明かりで照らされた。

感動を胸に、心踊り、うれしさのあまりに歌を歌いながら帰宅した。


その日は、転生後初めての充実感だった。

そのため、私は久しぶりにぐっすりと眠れたのだった。



 









 


 

 

 




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転生㊙令嬢 ひるねま @choppy321

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