握りしめていた答え
気分転換に町に出た。行くあてもなくブラついていると、頭の中の霧が晴れていくような感じがした。気持ちがいい。外の空気を大きく吸い込むと、思いっきりむせた。最近、喉が弱い気がする。毎度毎度、水を飲むのも大変だ。変なところに入っては、ゲホゲホ咳き込んでいる。今から老後が心配だ。いや、そんなことより。陽凪に言われたことを思い出す。俺がいつまでも悩む理由。どっちも同じくらい好きよりも、フることになる相手への罪悪感から無意識に選ぶことを避けていたのだ。言われて初めて気がついた。そしてそれは、勇気を出してくれた2人に失礼極まりない行動。1番とっちゃいけない。
歩き続けて、気がつけば高校前まで来ていた。校門はきっちり閉まっていて、人の気配はない。こうして外から見ると、大きく感じていた校舎は以外にもこじんまりとしている。同じ場所でも、中で過ごすのと外から見るのでは全然違うんだなぁ。しみじみと思う。あれ、俺って今年卒業するんだっけ?それくらいの感慨深さがある。変なことしてるな、俺。長居していたって仕方がない。ぼちぼち移動しよう。フラフラ歩き出すと、丁度デート中のカップルが向こうから歩いてきた。近すぎず遠すぎずの、初々しい距離感。あれは絶対付き合いたてだ。どういう経緯で付き合うことになったんだろうな。ふと思う。昔はあまり考えたことなかったけど、あの子たちにも色々な困難があったはずだ。例えば、ライバルに邪魔されたり勘違いからすれ違いになったり。それらを乗り越えて、恋人になったわけで。そう考えると、恋人になるってむちゃくちゃ奇跡だよなぁ。
俺には今、そんな奇跡が目前まで迫っているんだ。
「帰ろう」
恋人たちの幸せを願いながら帰路につく。その途中。見知った顔を見つけて、足を止めた。
「らりる先輩?」
襟の大きな黒いワンピースを身につけた彼女は、静かにそこにたたずんでいた。
「あ、弦也くん。奇遇だね」
「ここで何を?」
尋ねながら、それは聞くまでもなかったと気づく。立っていたのはバス停だ。バスを待っている以外に理由はないだろう。それか、日よけ?
「バスを待ってるの。弦也くんは? お散歩?」
「そんなところです」
答えて、らりる先輩の隣に立つ。
「何時に来るんですか、バスは」
「んー、後5分くらいかなぁ。なーに? つ、つ、付き合っ……。なんでもない」
お腹を押さえてイタタと言いながら、彼女は首を振る。あの癖は健在のようだ。恋愛に絡んだ言葉や素直な言葉を発する時、お腹が痛くなる。彼女からしたら大問題だけど、俺からすると少し可愛く見える。
「ちょっと話しませんか。暇つぶしにはなると思いますよ」
「うん、いいよ」
並ぶ俺たちは、恋人同士に見えるんだろうか。道行く人々を横目に考えながら、らりる先輩と話をする。最初はどうってことない日常的な会話を。昨日のドラマがどうだったとか、これからの予定とか、最近読んだ本の感想とか。それがひと段落ついた頃、時計の針がバスが来る1分前になったのを見計らうように、彼女はあの話題を口にした。
「……決まった?」
その問いが何を意味するか。分からないほど鈍感じゃない。
「まだです。もう少し」
もう少し、時間が必要。そう告げると、らりる先輩はニッコリ笑って言った。
「真剣に考えてくれてありがとう。私、それだけで十分かも」
「え?」
「答えがどうであれ、こっちは受け止める準備できてるから。考え込まずに、素直になるだけだよ」
「……はい」
「うん。だってきっと、もう答えは手の中にあるはずだよ。…………私はそれを変えたかった」
最後に呟かれた言葉に、俺は何も言えなかった。
「あ、バスが来た。それじゃあ、またね」
まだここまで距離はある。だけど、強引に切り上げられた話にツッコむほど、俺は無神経じゃない。
「また、学校で」
それだけ返して、俺は振り返らずに歩き出した。この足が向かう先に、答えがある。初めから握りしめていた答えを教えてくれたらりる先輩に感謝しながら、しっかりと地面を踏み締める。彼女が俺の拳を開いてくれなければ、答えに気づくのはもっと遅れていただろう。
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