この僕の人生に青春は存在しない

Naka

第零章「たくみリスタート」

第1話「たくみリスタートpart1」

 物語には必ず主役がいる。これは古今東西どの物語においても絶対の法則だ。これが人なのか動物なのか世界なのかは物語にもより、そして主観なのか客観なのかも物語による。サメだったり、ビル程の大きさもある怪獣が主役を務めるようなものもある。物語の数だけ主役の形も種類も千差万別なのである。

 これは人生においても言えることで、人の数だけ人生があり、物語がある。道行くその子やあの子も、皆が皆、それぞれの人生を送っていて、それは誰一人として同じものはない。だがその人生という物語において自分が主役だとは限らないのも確かだ。

 例えばここに凄い努力家でとても勉強熱心な人がいるとしよう。彼は毎日雨が降ろうが矢が降ろうが絶対に5時間以上の自習時間をとり、テストも満点が多く、学年での順位も大概一位だ。

 彼はクラスからも注目され、テスト前になれば勉強会への誘いで予定が埋まる。人にものを教えるのも特異な彼はそんな感じで、自然と必然にクラスの英雄となった。

 そしてそんな彼を苦手の克服だったり、悩みの解消だったり、突然目覚めた学習意欲で急に覚醒した誰かが追い抜いて一位になったとしよう。多分、今度はその彼が英雄となる。

 同じ一位でも意味合いが変わってくるのだ。ジャイアントキリングや下剋上という言葉にも現れる通り、人は同じ物事でも状況が変われば印象も変わる。何が言いたいかと言うと、その印象でそいつが自分の人生の主役かどうかはっきりと分かれてしまうということだ。それはもう残酷なほどに。

 僕が言いたいのはとどのつまり自分の人生の主役になれない人間もザラにいるということだ。どれだけ偉業を成しても主役になれず、モブにしかなれない人間などザラにおり、そしてそういう人間の大半の特徴は「普通」なのだ。「普通」とは「普通」でしかなく、「異常ではない」ということで、考えようによっては「最も異常」であるのかもしれないが、そんな話は今は置いておこう。

 そんな「普通」だが。僕が割とその典型例だったりするのかもしれない。

 有村匠。十六歳の男子。中肉中背で、顔はイケメンでもなければブサイクでもないという普通を極めすぎた外見。明るくはないが特段暗くはない。人と会話するのに一々緊張したり一喜一憂したりはしないが、会話する相手と機会と興味が「ほぼ」無いに等しい。「ほぼ」と付けたのは見得だ、という指摘については泣きたくなるのでスルーさせてもらいたい。

 家族構成はやや特殊なところがあるが、家族が特殊であってその特殊性が僕に受け継がれてはいない。それでも家族仲は問題ない。父は尊敬しているし、母は良い人だし、妹からは奴隷の様に扱われていて毎年一回は家族旅行に行ったりしている。極めて問題のない家族だ。

 これが僕なのである。エキストラだとか脇役だとかモブだとか、その辺りの言葉がちょうどよく当てはまるそんな人生を、そんな愉快な人生を僕は送っている。


事は単純な始まりだった。顧問からの電話によって僕が弓道部で幽霊部員していることが両親にバレ、そのことに僕が高校でいじめられてるだとか色々と変な勘ぐりをした両親から涙ながらに「部活に行かなくては絶縁する」と言われてしまった。そんなことを言われて部活に行かされるのはそれはそれでいじめではないだろうかという僕の疑問は大いにスルーされ、母親に関しては自分の首に包丁を向けて自決待ったなしの勢いで、僕が部活に行かなければ家庭が色々な意味で崩壊しかねない状況となったのだ。

 入部が四月。行かなくなったのが六月、そして今は十月だ。今日はおよそ四か月ぶりの部活である。正直そろそろ退部届けを出そうかと考えていた時期なのだが、とうとう辞められなくなってしまった。

 そこでふと違和感を感じた。静かすぎるのだ。

 弓道部は三年生の実力とカリスマ性の高さからか入部希望者がかなり多く、確か六十人程の部員がいたような気がする。これは吹奏楽部とか陸上部くらいの人数だ。競技や楽器で細かく区分されるあちらと並び立てるとはかなり異常な事態である。もちろん弓道場がそんな人数を収容出来る訳も無く、部活動の参加日はシフト制で決められていた。そんな大人数がいるはずの弓道場からは声が全く聞こえない。

 普通、人が集まれば少なからず声は聞こえるし、そもそも人がいる気配を感じるはずだ。だが、今はそれすらない。僕の感覚があの弓道場には誰もいないと告げている。まあこれくらいは勘とかに頼らずとも誰でも分かるだろうが。


「もうとっくに部活は始まってるはずだよな」


 時間は16時。始まっていなくてはおかしい時間だ。


「なんか、嫌な気がするな」


 僕の勘はよく当たる。僕にとって都合の悪いことだと特にだ。

 弓道場に入った僕は心底驚いた。誰もいないのである。射場には誰もおらず、弓や矢が収納されているはずの場所には僕の分しかない。部室はもぬけの殻で、同期の人間が隠れて持ち込んでいたコミックなどもきれいさっぱり無くなっていた。


「……まさか」


 いやいやそれは無いだろうと思いながら、僕は壁に立てかけられてある部員の名前を書いた木札を入れてある所を見た。愕然とした。僕しかいない。


「うーむ、これは……」


 世界線を超えたということだろうか、はたまたパラレルワールドか。

 弓道が存在しない世界に僕は来てしまったということか……!


「なわけあるか。だとしたらこの道場が残ってる理由が分からないだろ」


 とはいえ、僕一人しかいないのでは、やるにしてもやらないにしても困る。道場の鍵が開けっ放しで、誰もいないのは不明瞭だが、そこらへんの確認のためにも顧問の所へ行こうとした。


「あれ、顧問どんな人だったっけ」


 思い出せない。何か特徴的な人だった気がするが、全くもって思い出せない。名前も声も見た目も全てが。元々顧問は弓道経験者じゃないってことで、部活にはあまり来ないと聞かれてはいたが……


「……すみません」


 というかそんな人が顧問をやっていて大丈夫なのだろうかこの部活は。今更ながらに心配になってきたぞ。


「あの、聞いてます?」


 誰もいないのもおかしい。少なくとも四か月前は土曜日の午前中は部活をやっていたので、11時の今は部活が終わるかそれくらいだ。日程が変わったということだろうか。


「無視ですか? それならばこちらだって考えがありますよ。いいんですか? 肉体的接触による解決方法を実行しますよ?」


 どうしようか。一人暮らしで使わせてもらっている父の仕事場兼第五の住居には今日は母が来ている。このまますたこらさっさと逃げ帰る訳にもいかない。


「……よし、決めました。ぶちのめします」

「ん?」


 僕の思考は、背後から聞こえた声に遮られた。何だかとても不穏なワードが聞こえた気がしたのだが。ぶちのめすだとか何とか……


「どおわぁ?!」


 不意に背中に走る鈍痛。そして体がまるで大きな手に振り回されるが如く吹き飛ぶ。5メートルくらい盛大に吹き飛んだ僕はぐしゃりと地面に落ちた。


「ってぇ。何だ? 殴られたか蹴られたか……誰かの恨みでも買ってましたかね僕は」

「背後から不意に蹴られてまずその発言。一体どれだけの業を積めば、そんな発想になるんでしょうかね。私には見当もつかないよ」


 声には聞き覚えが無い。僕の知らない女性だ。しかし凄い痛い。女の攻撃力ではないぞこれ。鈍器で殴られたか、空手部男子に殴られでもしない限りここまでの痛みはあるまい。背後にいる女性の姿もまだ見ていない。


「別に、僕は何の業も積んでない。まあでも強いて言うならば僕が積み上げたのは怠惰という業かもしれないが、それは見ず知らずの君に裁かれるものではないと思うんだが」

「私を無視したでしょう。三度も。そんな人、蹴られて当然です」

「無視はしてないし。それより五メーター蹴り飛ばしはやりすぎだろ」

 彼女はそんな僕の言葉を一刀で斬り伏せた。全くもって罪悪感とか罪の意識を感じられない。

「そんなことより」

「そんなことより……これ僕怒っていいんだよな?」

「早く立ってください。いくら休日で人が余りいないにしても、いつまでもそうして地面にへばられていると私が悪人みたいじゃないですか」

「お前が蹴り飛ばしたんだよね?! ここは優しく立ち上がらせてくれるとかそういうの期待する場面じゃないんですか?!」


 僕の耳に安心したように息を吐く彼女の息の音が聞こえる。


「そんな戯言を言えるなら、元気の様ですね。良かったです」

「ったく、ちょっと声が綺麗だからって許されると思うなよ。顔を見るまで僕はお前を許さないからな」

「はいはい。分かりました分かりました」


 僕の鼻にふわっといい匂いが広がる。僕の肩を支える白い柔らかな手。

 僕はそこで初めてその子の顔を見た。僕を蹴り飛ばした女。一体どんなゴリラ女かと思えば、それはまるで物語の中のヒロインの様な超絶美少女だったのだ。


「……?!」


 僕はあまり驚いたりするタイプでは無いが、こればかりは面食らった。

 見たこともない女子だ。別に僕は学校の世情に疎い訳ではない。むしろ、呆然と周囲を俯瞰して生きているので、人並み以上に事情通と言ってもいいだろう。

 そんな僕が知らない女子生徒がそこにいた。


「可愛い……」

「……はい?」


 金髪のロングヘア、クールな雰囲気を醸し出す碧眼、すっきりとした顔立ちをしている。全てのパーツが完璧な対比で形作られた美少女。人間の芸術と言うべき存在。

 ブレザーの下に、セーターを着用している。ブラウスの一番上のボタンは外しており、リボンは付けていないので、学年が分からない。手足は細く、だがそれでいて均整がとれている。セーター越しでも分かる程度には大きな胸ということは、見た目以上にはあるということだろう。スタイルも抜群なのだと分かる。

 どう見ても物語の中にでも出てきそうな女子だ。僕みたいな脇役が一対一で出会っていいはずがない。


「何、呆けてるんですか。早く立ってください。誰か来たらどうするんです?」


 女の子の匂いに足から力が抜けてしまいそうだが、何とか堪える。ようやく立ち上がり、体勢を整えながら僕はたどたどしく彼女に返事をした。


「あ、ああ……悪い。でも今日この辺の部活やってなさそうだし、誰も来ないと思うぞ」

「そ、ならいいです」


 と言うと少女は非情な事に僕の肩をそのまま離した。


「扱い酷すぎないか。一応僕は被害者だぞ」

「男子でしょう。だったらいいじゃないですか」

「男なら酷い扱いしてもいいとか、お前男女差別も良い所だぞ」

「んー、あなた以外の男子にはきっと優しくして上げると思いますが、それならどうです?」

「僕差別だと……? もっと質が悪いわ!」


 美少女だからって何でも許されると思ってるのだろうか。弾みで許してしまいそうだが。


「で、こんな所に何の用だよ。さっきから僕を呼んでただろ」

「やっぱり無視してたんですね」


 彼女が一瞬、足を上げた。僕はそれでギクリとしたが、彼女は満足そうに笑うと足を下げた。


「まあいいですよ。急に話しかけられても幻聴か何かかと思いますよね。君的には」


 何てクスリと可愛らしく笑みを浮かべながらとてつもなく酷いことをさらりと言ってのけた。


「おい、何だその人を侮辱するような解釈は。僕を馬鹿にするなよ。こう見えて僕には三人の友人がいるんだからな」

「あーそうですか……って三人って。見得を張るにしてももっと数出した方がいいですよ」

「悪いが本当の話だ」


 そしてそのどれもが外道だ。いや約一名天使なのだが、ある意味で外の道を行っている気がしなくもない。

 嘘ではない僕の言葉に、彼女はぷっと笑った。そしてお腹を抱えて爆笑までしている。


「……友人が三人……ははは」

「うるせぇ。僕は分かってるんだから。お前みたいなタイプの女子には友人は一人もいないことくらい」


 どうせ高嶺の花だとか、持ち上げられてもてはやされて、神輿の上にいるようなタイプだ。対等な人間なんて一人もいないに決まっているのだ。美人で性格は悪く、表向き人に良くすることも出来ないのだから。だが、彼女はニマリと笑う。


「残念ですね。私にも友人はいますよ」

「……参考までに聞かせてもらおう何人だ」


 彼女はその大きな胸を張りながら言う。


「五人です」

「負けた……だと……?!」


 彼女はドヤ顔だった。しかしまあ何とも楽しそうである。


「ふっふーん。どうです? これで少しは私への横暴な態度をやめる気になりましたか?」

「って団栗の背比べじゃねえか! この人数差で何でドヤ顔出来るんだよ?!」


 彼女はハッと息を飲んだ後、大袈裟に考え始めた。


「そうですよね。冷静に考えれば、そうでした。何故、私はこの程度の小さな小競り合いに本気に……まさか君のペースに乗せられていたと?」

「いやお前から言ってきたんだろうが。ただの自爆だよ」

「さっきから、思ってたんですが、お前ってやめてください。馴れ馴れしいですよ?」

「僕に対する暴力や暴言はいいのか……」


 何なのだこの女は。常識を知らないのか。人付き合いに致命的な欠陥を抱えているのか。どちらにせよ、まともな人間ではないことは確かだ。

 彼女の目的は知らないが、さっさと用件を聞いてお別れするべきだ。


「話を戻すけど、何の用で来たんだ? 今度こそ、答えてもらうぞ」

「明日からこの学校に通うので、下見に来たんですよ。それで弓道場を見つけたので気になって来てみただけです」


 なるほど転校生か。それは確かに僕が知らない訳だ。


「そういう用だったのか。弓道場が気になったってことは元弓道部か? 入部希望とかなら残念だけど、ここ今誰もいないぞ」


 僕も性格には分かっていない予想しか出来ない情報は伏せて、大体の事情を話すと彼女は小声で言った。


「……それなら都合がいいです」

「都合がいい?」


 都合がいいとはどういう意図の言葉だろうか。都合がいいというからには彼女はこの展開を少なからず望んでいたわけである。道場に人がいないのが都合がいい?


「何が目的なんだ?」

「……」


 少女は押し黙った。僕なんぞに話してたまるかというものではないのは分かった。


「えっと……その……弓を……引きたくなりましてですね。はい」


 彼女は酷く申し訳なさそうに言った。


「何だ、そんなことか。いいぜ」

「え、いいんですか?」

「ああ。それくらいなら問題ないだろ。僕以外誰もいないから、迷惑に思う奴もいないしな」

「……ありがとうございます」

「でも一応、僕が見ている前でやってくれ」

「そこは流石に弁えてますよ」

「あ、そういえば……」


今あの道場に弓と矢は無い。正確には僕のしかない。弓はその人の体格や筋力で大きさが変わる。僕の目の前の彼女が僕と同じサイズの弓を使えるだろうか。男女の体格差というのは案外如実に表れるものだ。


「なあ今、僕の弓と矢しか無いんだけど、大丈夫か?」

「そういうことならお構いなく。多分、私はあなたの弓を使えますので」


 と美少女は言い切った。まあ人を蹴り飛ばすだけの筋力の持ち主だから大丈夫なのだろうと僕はしみじみと思った。

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