第1話 MIP心得
「まず、MIP先生には引っ越しをしていただきます。最初にして終の棲家となるはずですので、王宮建築部、特殊警護部、そして陸軍工兵部と十分に協議して頂いて、間取りなどを決定していただきます。料理や掃除、洗濯は王宮家政官が対応します。主にはSPが常駐して警備に当たりますが、状況によっては軍の出動もありうるとお考えください。さて、ここまでなにかご質問はございますか?」
「人間が生きるには衣食住が必要っていうよね?衣の洗濯と食と住はわかったよ。新しい衣はどうすればいいの?あと人間には四大欲求、食欲、睡眠欲、性欲、物欲があるけど、食欲と睡眠欲は満たされそうだけど性欲と物欲は?」
「はい、新しい衣につきましては後ほどご説明します。性欲につきましては、SPは全てを見ながら何も見ておりませんので、法に触れない範囲かつMIPとして無闇に危険を招かない限りはご自由になさってください。物欲につきましては、上席王宮獣医官時代の給料と同額を非課税所得として給付されることになっておりますので、新しい衣を含めて必要なもの、欲しいものはここから支出していただけたらと思います」
総務部要人課長は、MIPという過去に例のない存在に対してずいぶん急いでまとめたであろう政策を淡々と説明した。要人課長が特殊警護部長を呼んだ。
「それでは、警護につきまして、これより特殊警護部長より説明があります」
「まず、MIP先生におかれましては常にSPが警護するとお伝えしてあると思いますが──」
「話をさえぎってごめん部長、その点について聞いておきたいことがあるんだ」
「と言いますと?」
「SPと言えば、あちらに居る方々も含めて皆さん黒のスーツにサングラスをかけて、インカムを身につけて、スーツの内側に武器を持ってるかどうかは知らないけど、とにかくSPの皆さんってそういう感じだよね?」
「左様でございます」
「ああいう人達に囲まれて過ごすことになるの?」
「違います。現段階において、MIP先生が通常のVIPと異なる点として面が割れていない、つまり傍目から見て最重要人物であることがわからないという特徴があります。翻っていかにもSPという服装の者たちが警護に当たっていると、余計な目を引くことになります。従って、SP達は私服にて警護に当らせていただきます」
「気にしてたのはそこなんだ、ありがとう部長。続けて」
「SPによる警護につきましては、警護中も警護終了後も、その配置や方法については守秘義務を課させて頂いております。ただし、MIP先生におかれましては老衰でご逝去されるまで警護は終了致しません」
「つまり手口を明かしてはならないという認識でいいの?」
「左様でございます」
「警護の配置や方法は一切明かさないけれども『どこそこ、うな』みたいに自分の写真つきでSNSに投稿してもいいの?」
「良いわけがありません、あまり調子に乗って羽目を外すと警護上必要として監禁しますよ」
「そんなことが可能なのか……」
「全てはMIP先生をお守りするためです。あまり我々をいじめないで頂きたい」
「そうだね、申し訳なかった。ごめんなさい」
「王宮建築部と陸軍工兵部には、13時に来るよう要請してあります」
警護についての打ち合わせが終わり、休憩前に総務部要人課長が言い、特殊警護部長と共に立ち去った。
そして13時、総務部要人課長、特殊警護部長、王宮建築部設計課長、陸軍工兵部築城課少佐、計4名がやって来た。
「王宮建築部設計課長です。MIP先生のお好みに合わせたお住いを設計させていただきます」
「改めまして特殊警護部長です。設計課長との打ち合わせに際して警備上の提案や要望をさせて頂きます」
「陸軍工兵部築城課少佐です。様々な攻撃や自然災害に対する防御の観点からアドバイザーをさせて頂きます」
「なるほど、特殊警護部まではわかってたけど、陸軍工兵部をお呼びしたのはそういうことなのね」
そして、居心地のよい間取りを採ると警備上問題があり、防御力にも不安が出てくることがわかった。
「やはり窓は大きなものを南向きに──」
「大きな窓は危険で推奨できません、せめて鉄格子を掛けて防弾ガラスに──」
「そもそも窓があること自体が強度的に不安材料で──」
「やはりここは二階建てにしましょうか」
「警備という点で一階建ての方が安全です」
「建造物が地面から上に飛び出していることそれ自体が危険です」
「地下室はどうしますか?」
「追い詰められて押し込まれるのは不安ですが、立てこもって防御するには良いかもしれません」
「作りましょう、広くて深く何層にも」
「天窓をつけて日光を採り入れ──」
「先程と同じく防弾ガラスにタングステンか何かで格子を作らないと──」
「偵察衛星から見られてしまいますし、核攻撃の放射線から守るために鉛で覆わないと──」
議論に落とし所は見えそうにない。あっちを立てればこっちが立たず、そうしたことばかり。普通の家というものがいかに無防備なのかと感じ始めてきた。
「わかった、もういいよ、わかった。設計課長、気を悪くしないで欲しいんだけど、住居にはあまり興味がないんだ。他二人の意見を取り入れつつ、課長の判断で設計して欲しい。特殊警護部長と築城課少佐はどこまで意見を擦り合わせられるかわからないけど設計課長を困らせない程度に頼むよ」
MIPという前例のない事について、誰もが混乱している。まず引越しをさせられることになるとは思わなかった。しかも陸軍をアドバイザーに招いてまで堅牢な住居を一から作るとは。
本当にどうなってしまうんだろう……。
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