夏休み

第14話 夏休み

 あっという間に夏休みだ。


 僕はクロの修行に明け暮れる予定だ。

 学校の課題もあったが、意外に少なくて自分なりの特訓の時間が多くなりそうだ。


 タツマとサヨも、それぞれのクラスで上位を維持するための特訓に励んでいるみたいで、中等学校時代までとは違って遊びの誘いはほとんどなかった。


 ディアナも実家に帰っているようで、すでにこの王都にはいない。

 一応、あの大作家アガサ・ミサ先生の家に誘ってくれたが、執筆の合間の放浪に出かけていて会えなくて残念だった。

 いずれ会えたら嬉しい。

 

 そうそう、僕は三人にクロを紹介した。

 幻獣はやはり珍しいらしく、みんなは驚いていた。


 特にタツマとサヨは子供の頃からクロを知っていたので、幻獣『ケット・シー』だと知って誰よりも驚いた。


 僕の祖父ジョーンズは、一体何者だったのだろうか?

 僕は覚えていない祖父に興味を持った。

 多分、祖母に聞けばわかるのだろうが、口を濁して教えてくれなかった。


 夏休みに入った次の日。


「ふむ、マンジよ。ついに、ここまできたものだな。本格的に幻獣使いの修行を行う!」


 クロは、もったいぶって仁王立ちで宣言をした。

 僕は緊張しながらクロに尋ねた。


「う、うん。それで、何をするの?」


 正直言って、まだクロの修行は完璧にこなせてはいなかった。

 それでいきなり本格的な修行だなんて意味がわからなかった。

 一体、何をするつもりなのだろう?


「それは、現地についてから説明しよう」


 クロが裏庭の蔵の中に入り、更に地下室に降りた。

 そこには転移用の魔法陣がいくつもあった。


 ―大陸のとある半島にて―


「ミカ、お前は本当に『奈落の守り人』になる覚悟はあるか?」


 俺は姪のミカエラに最後に尋ねた。

 ミカエラは神妙な顔をして頷いた。

 俺は何度も反対をしてきたが、さすがにこれ以上何も言えなかった。


「……はぁ、わかった。俺は出来ることは何でも教えてきた。だが、ここから先は全てお前次第になる。下手をしたら、命を失うこともあるだろう。つまり、実戦だ。だが、俺はだな……」

「おい、オヤジ。ミカはとっくに覚悟は出来てるぞ。覚悟が出来てないのは、オヤジの方だな?」


 横で話を聞いていたカーリーが口を挟んできた。

 この実の娘は、何故かいつも俺に絡んできて困らせてくる。

 いつまで反抗期なんだよ?


「オヤジって呼ぶな! お、俺はミカが心配なだけなんだ!」

「むぅ。ボクにはミカより子供の頃から仕事をさせてきたくせに」


 カーリーは口を尖らせてスネてきた。


 くそ!

 何でこいつは、自分からケンカを売っておきながらスネるんだよ!


「ち、ちが! 俺だって、お前がいることを知ってればだな……」

「うん、そうだったね。オヤジが、ママを捨てるからボクは……」

「おいぃ! ちょ、ちょっと待て! 俺は捨てたわけじゃないぞ! あの当時は仕方無く、お前の母親とは別れたんだ!」

「はいはい、オヤジの言い訳は聞き飽きたよ」


 カーリーはお手上げというようにため息を付いて呆れている。


 なんなんだよ!

 年頃の娘ってのは意味わかんねえ!


「……ええと、カイン伯父さん、私はもう覚悟は出来ているから。それにおねえちゃんも伯父さんを責めないで。私は大丈夫だから」


 ミカエラは困ったように俺とカーリーをなだめた。


 俺の妹のセツは、どうやってこんな出来た娘を育てたのだろう?

 うちのワガママ娘に、爪の垢でも煎じて飲ませてえぜ。


「お、おぅ。ごほん……じゃあ修行の説明をしよう。だが、修行とは言っても単純だ。この夏休みの間の1ヶ月間、この半島で生き延びろ。それだけだ」

「それだけだ、じゃないだろ? 大事なことを言い忘れるなよ、オヤジ?」

「わかってんよ、カーリー。……ミカ、お前も知っての通り、この半島はシン帝国とヤマト王国の緩衝地帯になる。どちらの国の法律も条約も関係ない無法地帯だ。そして、この地を支配しているのはオークたちだ。それが何を意味しているか、お前はわかるか?」

「ええ、わかってるわ。捕まったら死ぬよりひどい目に遭わされる。特に、女の私は、でしょ?」

「そうだ。一体一体は弱い。士官学校の学生レベルでも倒せる相手だ。ヤマト王国なら一般人程度、他国なら一等兵レベルだな。だが、その程度の相手でも群れになって襲ってきたら、並の戦士じゃ太刀打ちは出来ない。ヤツラが雑魚とはいえ、上位個体もいる。タイマンだったら、今のお前でも上位個体にも負けはしないだろう。それでも、実戦は理屈じゃねえ。ヤツラが正々堂々とお行儀良く、戦いを挑んでくることはありえねえ。不意打ちもなんでもありだ。そして、数の暴力の前ではどんな実力者も無力だ。お前もよく覚えているだろ?」

「……母さんのことね? もちろん、絶対に忘れられないわ!」


 ミカエラは目に影を落とし、拳を強く握りしめた。


「これから先の1ヶ月間、生き残りたければ、考えろ! 学校で学んだことが全てじゃねえ! 知恵を絞れ! 知識を活用しろ! どんなに無様だろうが、生き残れ!」


 ミカエラは覚悟が決まった目つきになった。

 俺は腹を切る思いで、愛しい姪っ子を残してこの場を去った。

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