第25話 見取り稽古

 この後、トモエと一緒にしばらく一本拳を繰り返した。

 何度もやっていると自分でも良くなってきた気がする。


「うまいよー! でもー、マンジくんは初めてだからー、今日は当身技だけ教えるねー!」


 トモエは他にも僕に打撃の技を教えてくれた。

 肘打ち、手刀、蹴りといった基本の当身技だ。


「おお! いい感じじゃないかい!」


 サオリが、僕の様子を見に来た。

 軽く汗をかいて体が暖まったようだ。


「ありがとうございます、サオリ先輩! トモエ先輩の教え方がうまいんですよ!」

「アハハー! マンジくんは人を褒めるのが上手だねー! 照れちゃうよー!」

「トモエさんは人に教えるのがうまいんっすよ! あたいは自分でやるのはいいけど、教えるのは苦手っす!」

「ああ、姉御は自分の感覚で言うから、誰にもわかんねえと思うぜ?」


 サオリの後ろから体の大きい男が笑いながらやって来た。

 どこかで見たことあるような……


「あ! 君は確か、特等クラスの!」

「お? オレの事知ってんの?」

「うん、前に特等クラスの実技を見学したから」


 男は僕が知っていて意外そうな顔をしたが、それからすぐに豪快に笑った。

 一年生の中でも選ばれたエリートなのに、下のクラスの僕を見下すことをしていない。


「ダハハ! よく人のこと見てんな! マエダだ、よろしくな!」

「うん、よろしく!」


 僕たちは自己紹介をした後、マエダの大きな手と握手をした。

 力強くてかなり鍛え込んでいるような手をしている。

 裏表のない実直な男のような気がする。


「よう、あたいと乱取りやらないかい?」

「へへ、いいぜ、姉御!」


 サオリたちは楽しそうに笑いながら稽古をしに行った。


「えっと、トモエ先輩、乱取りって何ですか?」

「うーんとねー。防具をつけてー、実戦形式の組手だよー」

「へえ。かなり本格的にやるんですね」

「うん、そーだよー。今日の残りは二人の乱取り見よっかー」

「え!? いいんですか?」

「うん、見取り稽古っていってー、強い人の動きを見るのも稽古だよー」


 トモエが道場の隅にちょこんと正座をしたので、僕も隣に正座をした。

 他の部員たちも二人の組手を見るために手を止めて正座をしている。

 ヤマウチも二人の組手をしっかりと見るようだ。


 サオリとマエダは道場の中心で向き合った。


「へへ、姉御、今日はオレが勝つぜ?」

「へん、やれるもんならやってみな」


 サオリが速攻で朽木倒を仕掛けた。

 しかし、マエダはこれを読んでいて体重をかけて潰す。

 サオリはすぐに体を捻り、マエダの腕を取ろうとした。


 この後の寝技の攻防の展開が速すぎて、僕では追いつけなかった。

 よくわからない内に二人は立ち上がって距離を取り合った。


「す、凄い」

「うん。やっぱりー、寝技はサオリちゃんの方が上だねー」

「そ、そうなんですか? 僕には全然わかりませんでした」

「アハハー。初心者のマンジくんがいきなりわかったらー、天才だよー」


 トモエは笑っているけど、あの動きがちゃんと見えていて見かけによらず凄いと思う。

 さすがは主将だ。

 他の部員たちもそれぞれ唸っているので、みんなわかっているのだな。

 僕よりもみんなレベルが上なんだ。


「へへ。今日もあたいの勝ちだね?」

「ナメんなよ、姉御? 今日こそオレが勝つぜ?」

「やれるもんならやってみな……と!?」


 サオリが挑発しようとしたら、マエダがすぐに打撃で仕掛けた。

 無造作に前に出たように見えたが、サオリは虚を突かれたように慌てて避けた。


「今のはー、縮地法っていう技だよー」


 僕が不思議に思って首を傾げているとトモエが解説してくれた。

 縮地法とは、地面が縮んだかのようにいつの間にか相手が近づいてくる、という動きらしい。

 柔術を含む、あらゆる武術の達人級の歩法だそうだ。


 その後、当身技ではマエダが優勢、サオリは防戦になった。


「しゃあ! 波動拳!」

「チィ!」


 マエダの拳から、闘気の打突が飛び出した。

 サオリはこれを間一髪でかわしたが、体勢が崩された。


「うーん、これで勝負は決まるかなー?」


 トモエがつぶやいた瞬間、本当に勝負がついた。

 マエダが体勢の崩れたサオリにトドメを刺しにかかった。


「らあ! 飛翔鷹爪脚だ!」


 マエダは闘気のこもった飛び蹴りで決めにかかった。

 しかし、サオリは躊躇することなく前に出て、マエダの一撃を紙一重でかわした。

 そして、サオリはマエダの勢いを利用して背後に素早く回り、首を締めて倒した。


「おりゃあ!」

「がは!?」


 サオリの決めた技で、マエダは立ち上がれない。

 サオリの勝ちだ。


 すごい。

 これが柔術の戦い方、か。


 それにしても、この学校のレベルは高い。

 ハイオークを倒してうぬぼれていた。

 もっと上のレベルに上がりたい。

 まだまだ僕は弱すぎる。


「ちくしょう。今日こそは勝ったと思ったのに。あそこで天狗勝が来るなんて!」

「へへ、普通にやったらあんたに当身技じゃ勝てないからね。大技が来る時に賭けたのさ」

 

 サオリは汗を輝かせながら爽やかに笑った。

 床に這いつくばっているマエダも負けたとはいえ前向きに捉えている。

 この部の人達はみんな向上心がすごい。

 僕が見習うべきことが山ほどある。


 それにしても、入学直後に超人的だと思っていた特等クラスのマエダも、二年生のサオリには敵わなかった。

 元Cクラスだったサオリがたったの一年で特等クラス以上の実力を身に付けている。

 僕だって、きっと!


 この後は整理体操をして、今日の稽古は終了した。

 着替えて外に出るとヤマウチがやって来た。


「どうだ、マンジ? やっていけそうか?」

「はい! 始めたばかりで出来ないことだらけですけど、やっていけそうです。みなさん、いい人ばかりだし」

「そうか。入学したばかりの頃のお前は、確実についてこれないだろうと思ってはいたが、オレの考えは間違っていたようだな」

「いえ、教官の目は間違っていないと思います。あの頃の僕は、甘えてばかりいてダメだったと思います。でも、僕を変えてくれるきっかけがありました」

「良かったな。何があったのかは知らんが、その事は一生忘れるな」

「はい!」

 

 僕はこの日から部活を始めた。

 これが僕の更なる飛躍になるはずだ。

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