第6話 煩悶とする
入学から間もないのに、僕は早くも心が折られていた。
授業が終わると、誰とも会いたくなくて逃げるように寮に帰ろうとした。
しかし、タケチたちに捕まり、校舎の裏に連れて行かれた。
「マンジー、そんなに急いでどこ行くねん?」
「べ、別に、僕は帰るだけ……がぁ!?」
僕が言葉を言い終わる前に、タケチの拳が僕のみぞおちに決まった。
僕はまともに呼吸も出来ず、地面に崩れ落ちた。
「な、何を?」
「ああん? ヤマウチのやつがウダウダ抜かすから腹立っとんねん。ちょっと殴らせえや!」
タケチたちは今日もまた、外から目立たないところを痛めつけてきた。
僕はただタケチたちが気の済むまで耐えるだけだった。
「……はぁ、くだらないわね。この程度の連中がいるくせに、国内最高峰だなんて聞いて呆れるわ」
校舎の影から、抑揚のない冷めた声が聞こえてきた。
新入生主席ミカエラが無感情な白金の瞳でタケチ達を見据えた。
「何や。特等クラスのお嬢さんかい? 優等生やから、正義の味方のつもりかいな?」
「別に。私は、あなた達みたいに徒党を組んで弱い者いじめをする輩が嫌いなだけよ」
タケチが凄んだが、ミカエラは意に返していないようだ。
ミカエラが見下した目で睨むと、タケチは怯んで目をそらした。
「ちっ! まあええわい。……マンジ、ワレさっさと学校辞めえや。同じ空気吸っとるだけで気分悪いねん!」
タケチたちは捨て台詞を吐いて去っていった。
ミカエラは、去っていくタケチ達を見向きもせず、僕を見下ろしていた。
「あ、ありがと……」
「ああ、思い出したわ。あなたは、入学式に私を見て驚いていたわね? どういうことかしら?」
ミカエラは僕が御礼の言葉を言い切る前に言葉をかぶせてきた。
僕のことを覚えていたようだが、今の僕には自尊心が余計に傷つけられるだけだった。
「え、えっと、僕は……」
「まあいいわ。私は異質な存在だから仕方がないわね」
「え! そ、そんなことないよ! 君みたいに気高い人に会ったのは初めてだもん!」
「あら? ありがとう。お世辞はこの国に来てから聞き飽きたわ。……私のことはどうでもいいわ。君はやられっぱなしで悔しくないの?」
「え、うん、僕は弱いから」
「ふぅん、それで? 諦めて誰かに助けられるのを待っているの? いつも誰かが助けてくれるとは限らないわよ?」
ミカエラの冷たく突き放すような言い草にカチンときた。
「僕だって、好きでこんな目に遭ってるんじゃない! 何で僕がこんな目に遭うんだよ! 君みたいに強かったら!」
僕は悔しさに震えてミカエラに当たるように怒鳴った。
ミカエラは僕の怒りに一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに自分を取り戻したように軽く首を振った。
「……私は、強くない。私だって、初めから強かったらどれだけ良かったか。君も強くなりたかったら、すぐに努力を始めなさいよ。大切な何かを失ってからだと遅いわよ」
ミカエラの無表情の瞳から一筋の涙がこぼれるのを見て、僕は固まってしまった。
ミカエラが静かに去っていく後ろ姿を見て、僕の胸は締め付けられた。
せっかく助けてくれた彼女を傷つけてしまって、自分が嫌いになった。
この一週間は僕の生涯で最悪だった。
毎朝、胃がキリキリと痛んで吐き気がした。
こんな事初めてだ。
朝起きれば上級生たちに怒鳴られ、教室に行けばタケチたちにいじめられていた。
僕は現状を打破したかったが、何をどうすれば良いのか全くわからなかった。
優秀な幼なじみたちと顔を合わせるのすら辛かったので、僕は一人で行動していた。
今まで僕と一緒にいてくれたタツマとサヨにいつまでも頼りたくなかった。
ミカエラに言われた言葉が胸に突き刺さったからだ。
僕は自分を変えたくて、少しでも強くなりたかった。
でも、僕なんかにどうすればいいんだよ?
週に一度だけの外出許可のある前夜、ベッドに突っ伏して考え込んでいた。
憧れの学園生活が始まってすぐにこんな事になって、残りの三年間を考えるだけで気が滅入ってしまった。
もう学校を辞めて逃げ出そうかと考えていた。
次の日、上級生から陰湿に何度も服装点検のやり直しさせられ、やっと外出許可が出た。
僕はとりあえず一人で自宅に戻り、玄関までやってきた。
「ニャァ」
鈴の音と共に、飼い猫のクロが僕の足元にまとわりついてきた。
いつも寝てばかりいるこの老猫が珍しいことに起きている。
突っ立っている僕の顔を見上げてきた。
「ねぇクロ、僕は遊びたい気分じゃないから」
しかし、クロは僕の言葉を無視して、再び首輪の鈴を鳴らした。
「どうしたの、クロ? もしかして、首輪を取ってほしいの?」
「ニャー!」
クロはまるで僕の言っていることがわかるかのように返事をした。
僕は何の気無しにクロの首輪を取ってみた。
「……ふむ。封印が解けたか」
「え!? ク、クロが喋った!?」
僕の驚いた顔を見ると、クロは二本足ですっくと立ち上がった。
「喋って当然であろう? 吾輩は猫の王、幻獣『ケット・シー』である」
大きく目と口を開いている僕を見て、クロはニィっと口端を上げて胸の前で前足を組んだ。
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