第二百四話:ミミミ・ラララ ・1-1

 回想――。


 後悔を抱える青年と別れたのちにアンが導いたのは再び、なんでもない民家の一つであった。


 邸宅は薄暗く、よく見れば全ての窓にカーテンがかかっている。


「ミミミ、いたら出てきてください」


 アンが進み出て、ワルツの家より控えめに扉を叩いて呼ぶと――長い時間をかけた後に、不健康気味に白い顔色の少女が、中途半端に開いた扉から顔を覗かせた。


 怯えと警戒心を見せた上目遣いの視線で、くたった部屋着に身を包んだ少女はアンを窺った。見た目だけは真面目そうな少女の姿を映して、その瞳に僅かな安心が宿る。


「ア、ア――、アッ、アンヴァーテイラ、ちゃん」

「はいアンヴァーテイラです。ちょっと時間を――」

「――ヒッ!? 隣に人がいるッッ――!」


 形成一変。

 リプカを見開いた瞳で凝視すると、ミミミは野ウサギのような素早さでバタンと扉を閉じて、二人の視界から消えてしまった。


 ビビッて仰け反るリプカ。

 裏返った悲鳴を声にした女性は向こうへ姿を隠してしまったわけだがそんな様子に構うことなく、アンは会話を投げ続けた。


「こちらはリプカ令嬢。あれです、元々お前と同じ引き籠りみたいなもんだから、波長も合うでしょう、顔を合わせてあげてください」

「酷い……」

「う、嘘、だぁ……。アンヴァーテイラちゃん、嘘をついてるんだ、アンヴァーテイラちゃん……」

「本当ですってー。ねぇ」

「え、ええ、まあ、嘘では……。――ミミミ様、あの、私はあまり常識然としておりませんから、たぶん、あまり怖くありません。初心者向けです」


 人見知りというよりダメ人間にしか通じないことを言うと、ミミミは再び開いた扉からそっと顔を覗かせた。


「……リプカ――ちゃん……」

「はい、リプカです!」

「――――やっぱり、はッ、溌剌としてる――! 私を騙したんだ……ッ!」


 また扉がバタンと勢いよく閉じられた。


 今度は一つ息をついたアンが「ミミミ、扉を開けないと家放火するぞ」と物騒なことを言って、実際に懐から取り出したライターで扉を焼き始めて、リプカが「ちょっとーーーッ!?」とツッコミを入れたその数秒後に扉が開いた。


「ご、ごめんなさいミミミ様――――なんで嬉しそうな顔をしているのですか!?」

「アっ、アンヴァーテイラちゃんて……いつも無茶する、よねっ。ベヒェ、ヘェ……(笑い声)」

「ミミミ、突然来てのことですが、今日はちょっとこっちの人と色々話してあげてください」

「えっ、ナッ、どぅ、どぅオして……。――た、企んでるんだ……ッ何か……ッ」

「今日のところは企みはありません。面倒というなら、この人と話すこと自体が面倒の全てです」

「酷い……」

「頼めますか? いいでしょう減るもんじゃないし」

「そっ、そう言う人って屑しかいないって、アンヴァーテイラちゃん、昔言ってたのに……べへっ」

(なんで嬉しそうなんだろう……?)


 そんなやり取りがあって一応のこと二人は向かい合ったのだが、ミミミは「リプカちゃん……。自分は常識人じゃないって嘘をついた人……」と呟き漏らして警戒心を解かない。そこでまずは本日の天気の話から入ったのだが、それを聞いた瞬間、ミミミはピシャリと再び扉を閉めて消えてしまった。


何故なぜぇ!?」

「最初に――お天気の話題なんて……! 私たちいんの影に潜んで理性に生きる自宅警備職業者に、まず真っ先に私たちにとって一番影響しない話題を投げてくるなんて!! れ、れ゛、れ゛い゛ぎし゛ら゛ず、私たちは、ムナしくないぞ……!?」

「すみませんミミミ様っ!」


 涙交じりのしゃがれ声に駆け寄って、必死の声をかけながら、問う。


「ちなみに、どんな話題を上げるのが正解だったのでしょうか……?」

「まずは『最近外に出たの何時いつ?』でしょお……!? そしたら、『へへ、今……』って答えるのが通例、なのに……!」


 どうやらリプカにとっても縁遠い文化があるらしく、一つ学んだ気持ちになった。


「さ、最近外に出たのは何時いつでしょうかっ?」

「今だよッ!」

「オラ出てこい、お前の守るべき場所が灰になって消えるぞ」


 再び焼かれるミミミ邸の扉。

 そうしてベッチャベチャの醜い顔を見せて現れれたミミミを手で示して、アンは言った。


「これが、五歳で親に捨てられ保護を受けながらも、再び現れた糞親に生活ぶっ壊されてリアル路頭に迷い、挙句あげく糞親最後の置き土産で犯罪者に仕立て上げられる寸前までイッたというイカレた運命の結末に残された、ネジのトんだクレイジー人格残骸、ミミミ・ラララです」


 ――冗談にしたってちょっと酷い言い方だな、もうちょっと言い方があるのに……、と思ってミミミのほうを窺うと、そこに嬉しそうな顔があった。


「だからなんで!?」

「い、言うよね、アンヴァーテイラちゃんてっ! ベヒェ、ヒ」

「ほら、いい加減外に出るか、家に入れてもらうかして、観念してくださいよ」

「い、家にィ……? ――重要なこと?」

「まあ程々に。ただ軒先でも構いませんよ」

「じゃっ、じゃあ……」


 扉を爪でカリカリしながら、強張った笑みに見開いた瞳という表情でアンを窺いながら、ミミミは言った。


「アンヴァーテイラちゃんがッ、私と――けッ、結婚ケッコンッ、してくれたら、私としてくれたら……っいいよ…………家に入れても、いいけど……」

「嫌です。軒先でいいっつってんの」



「イギィイイイイイィィイイイ――ッッ」



 突然慟哭を上げてガリガリガリと十の爪で扉を削り取りながら崩れ落ちたミミミは、なるほど、正気のネジが何本か外れてしまっていること疑いようのない、妖怪変化みたいな圧を見せていた。


 さてそんな精神の立ち位置危うい少女ミミミとの対話であったが、最初こそどうなることかと思われたものの、リプカが割かし素直に話を聞くことが分かると、そのうちにミミミのほうから流暢に話を持ち出し始めた。


「自宅警備職業者には、これこれこういった態度で接するんだよ」といった講釈だったりをミミミが永遠に垂れ、それを素直に聞くリプカという、対話といっていいのか微妙な様相ではあったが、双方の人柄を知り合う一応のコミュニケーションは図れていた。



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