ミミミ・ラララ ・1-2

「――まあこんなもんか。そろそろ次いきますか」

「あっ、はい――。もう良い頃合いですか? 時間が経つのが早いなァ」

「ほんとに、今日はお仕事の話じゃなかったんだ……。――リプカちゃん、リプカちゃんは次の機会があっても……ウチに来て、いいよっ……! で、でも――!」

「『自宅警備職業者の家に友達の友達トモダチを呼んでくるのは、進行侵略と同義の、暴虐非道の行い』、ですね!」


 リプカがニッと笑んでミミミから習ったことを復唱すると、ミミミは切なげに目を細めて、そっとリプカの肩を抱いた。


「――リプカちゃんは、好きな人に騙されちゃ駄目だよ……?」


 ミミミに別れを告げて、自宅警備職業者であるにも関わらず表に立ったミミミに、姿が見えなくなるまで手を振って送ってもらった。


 その後に――リプカはミミミのことを思って、ついと眉を俯けた。


(好きな人に騙されちゃ、駄目だよ、か……)


「ミミミの母、ラララ・ヘティアは」


 また何処いずこかへ歩きながら、アンが語る。


「破滅的な危険思想の一つも持たない平凡な人間で、それ故に――実の娘を陥れるという発想に至った人間です。『どうして私だけ!?』と、娘の人生と引き換えに自身の小さな幸福を得ることに失敗した彼女は、半狂乱になって喚いたといいます。まあ、彼女からしてみれば実際、『どうして私だけ』なんでしょうね。彼女の両親は、そうして小さな幸福を得るに至ったのだから。――どうして私だけ」

「…………。――しかし、彼女は彼女で、間違いなく罪を犯しています」

「ええ、そうですね。思慮思考を育むに重要な機会を親に奪われ、奪うということしかを知らず、その能力値の限界が照らした道をただ歩いた彼女。――どうすればよかったのでしょう? そこへ至ってしまった彼女に、言えることなんかありますか?」

「――ありません。心情的に、母方様には身を寄せ辛いということに関係なく、人の行きついた末、その結果に吐けるのは罵声か、自身の身を立てるための非難かの二つしかないのだから」

「なるほど。――どうして。どうして、母方の彼女はそのような道を辿ってしまったのだと、リプカ様は考えますか?」

「勝手な空想を描くようなことですが、あえて言うなら……他人の中に光を見つけることをやめてしまったから、でしょうか。もしかしたらこれは戯言かもしれません、私の主観です。ただ間違いなく、他者をにえにする生き方は、自らを喰い蝕むばかりだというそのことは明らかです。それを考えれば――そう思える」

「なるほど、なるほど」


 アンは小さく頷くと、ふと思い出したように語った。


「ああ、そうそう、ヤツの尊厳のために明かしますが、彼女の言っていた『好きな人に云々』という情念は、糞の母親とは別のところに向いた感情であると思われます。実は犯罪者に仕立て上げられそうになった騒動の中で、好きな人に『人道はどうしたんだよ』という無情で裏切られてしまった過去があって、言っていたのはそちらのことでしょう」

「救いがないっ、私の主観からはなんにもマシにならない後出しだ……!」

「まあ、地獄の門みたいなマジの糞親との縁は、物理的に、完全に切れてますから。第二の人生を歩み出すには良い頃合いなのでしょう。あんなのでも、時たま仕事を請け負いながら、立派に自立して生活しているわけですから」


 リプカは思わず、人生いろいろあるな、なんて漠然を思いながら嘆息を漏らし、街並みを見渡した。


 それがこの街並みの数だけ溢れている。


 途方もない話だった。


 途方もない世界にいる――。リプカは今このとき、そのことに気付かされた。


 この途方もない世界で。


 私が送る途方もない人生とは、いったいどのようなものであるのだろう……? ふと、気にしても仕方のないそんなことが、とても気にかかった。





 なんて感傷を抱いていたあのときだったけれど、今となっては、あのミミミ以上の感情量を秘めているというアンの姉方、その途方もない存在に怯え、リプカは途方に暮れていた。


 ふと、今一度あのときを思い返して、アンのほうを窺った。


 彼女にしては異質な、踏み込んだ意地悪の混じったあのときの会話は――きっと彼女の個人的興味が故に問うたことだったのだろうなと、リプカは察した。


 彼女はあのとき何を知りたかったのだろう?


 疑問に思いながらも、どうしてかそのことは問えないでいた。それこそ、妙な話だけれど、踏み込み過ぎなような気がして。


「どうしました?」

「いえ――。あ、あの、姉方様とは……どのようなお方なのでしょうか……?」

「普通ですよ、脅すようなことを言ってなんですが、いえ忠告したようなことは実際起こるんですけれども、恐ろしい人ということはありません。会ってみれば分かりますよ」


 いまいち安心できない内容に悶々としながらも、ほとんど社交の場としての対面である、ピリリとした緊張に背筋を伸ばしながら――リプカは目の前に迫った伏魔殿、アルメリア邸を見上げて、口元を引き結んだ。



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