Waltzより遊舞なワルツの鍵盤・1-3

「さてと、じゃあ、やろっかな」


 ワルツは言うと、座席を手で払って椅子に座り、ピアノと向かい合った。


「――ピアニストなんだ!」

「そう、他領域にも出張しながら、こうやって、街中で演奏するのがワルツの仕事です」


 どんな演奏をするのだろうとワクワクしながらに、周囲の様子を窺ってみる。


 席に着いたワルツに気付き、親の服裾を引く子供の姿がある。他にも足を止める人はあったが、極少数であった。


 大丈夫かな、なんてちょっと心配していたところに――鍵盤の一音が無造作に、宙に放られた。


 グランドピアノの音感を確かめ終えると、ワルツはその長い指で、鍵盤を押し始めた。


 踊るような捌きで。


 周囲の人が皆、足を止める。

 みんなが。蜜に誘われた蜂みたいに。


 やがて通りがかる人に留まらず、音に誘われて老若男女の大勢が集まり始めた。


 皆、ワルツの演奏を聴きに――。


(な……な――なにコレぇ――――っっ!)


 それはリプカが初めて聴くジャンルの音階ミュージックだった。


 規律的でなく、自由奔放、音を介して感情が直接揺さぶられるような楽曲、ある意味のチープさが小気味良い、幻想的ファンタジアであり現実風味リアリティな、心を浮かす曲調。


 リプカはこれほどまでに音楽を身近に感じたことはなかった。


(ワルツ……カッコいいっ!)


「それが彼女の人間性」とでもいうように輝いて見えた彼女の姿に、リプカは高揚して、心の底からそのように思ったものだった。


 演奏が終わる頃には。

 街中に現れた非日常な喧噪、万雷の拍手が鳴り響くほどに人が集まっていた。


 なるほど、彼ら彼女らはきっとこの後、素晴らしい高揚の余韻に手を引かれて――経済の円滑に働きかける形で街を散策することだろう。


 リプカは人の一人がそれほどに心を動かし影響を与える、素晴らしい才能に、惜しみのない拍手を送って頬を赤らめていた。


 演奏を終えて席を立ったワルツは、一つお辞儀すると、集まってくれた人たち一人一人に、丁寧に声をかけて回った。

 ――主に、女性に対して時間をかけて、必要以上に親身な態度で。


「台無しだ。ああ……密に誘われた蜂さんが、雰囲気に呑まれてハニートラップ(ある意味)にかかってゆく……」

「あれのために技術磨いてんじゃないのかって、時たま思います。そしてそれはきっと、大なり小なりの真相でしょう。まあ、職として合ってるわな」


 ワルツに寄られて顔をほんのり赤らめた娘さんを見ながら、リプカは目を横棒にして頬に汗浮かし、天職にも色々あるなぁと、ぼんやりとした感慨を抱いていた。





 ――中央区城下街にあった、昼下がりの公園での一幕だった。

 たくさんの人が訪れながらも、、とても綺麗な公園。


 落ち着いた色合いの石畳の新しさ。造形の工夫された水路の日焼け具合、中央部に植えられた背の低い生垣の、まだ真新しい新緑色。


 よく観察すれば、その公園は極々近年にひらかれた場所であることに気付ける。入り口の一つに打たれた小さな金属板にひっそりと、開園僅か三年の証明が刻印されていた。


 かなめの役割を担い拓かれた小さな領域は、多くの人が行き交う生活の場所として愛され、今日も朗らかな安らぎに満ちてそこにあった。



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