第百八十四話:目指す場所、そのための対峙、オマケ付き

 たくさんお話ししたのち、サキュラが再び眠って、柔く心地よい静寂に包まれた中で。


「これから私は、最後の対面に望みます。アン様、なにか助言をくださいませんか?」


 リプカはアンへ、その話題を思い切って投げた。


 ――アンはとても嫌な顔をした。

 あ、嫌なんだな、というのが一目で分かる、露骨な表情だった。


 シュリフたるミスティアの専門家みたいに言われたのが嫌だったのだろう。


「しかし、そう言われてもねぇ……」


 相変わらず肘付き寝転びながら、気だるげにぽりぽりと頬を掻いた。


「何か助言めいたものを与えられるほどの視野を、持ち合わせているわけではありませんし。んー、まあ強いて言うなら……全体を見据えて、やけに違和感があったところがあれば注視しなさいっていう、それくらいですかね」

「違和感?」

「なにせ、ほとほと不器用ですからね、あの女は。意外かもしれませんが、自分で行動を起こそうとするとき、あの女は本当に不器用です。だから、あの女が無茶を承知で未来を変えようと試みたそのとき、整合性の乱れ、それがよく見られる。物語的な俯瞰の視点で、物事一連の全体図を見たとき、やけに無駄が多く、意味不明が多発していた時節があったなら、それはあの女がであるかもしれません。ま、無理なもんは無理っつって、それが成功しているところは見たことないんだけども。でも懲りずに繰り返すんですよね」

「――――シィライトミア邸での一連だ」


 リプカはすぐに思い当たった。


 やけにしつこく脅かされた、あの時のアレは確かに意味不明だった。そしてミスティア自身の言葉を思い返せば――未来を曲げようとしていたというアンの助言とも噛み合う。


「そこからあの女が願った、極めて個人的な事情が見えてくることも、ままある。まあだからなんだって話ですけれど、なにか、考えの足しになることもあるかもですね。……なるか?」

「…………。ありがとう、アン様」


 リプカは密かに息をつき、天井を見上げた。


が前を向いて歩いていく光景を空に描こうとしている、って言ったけれど)

(やはり、セラ様のことは、その中でも、特別に思っているのかな……)



『セラフィ、貴方は昔から、他人に頼るということが不得手でした。大変に心配募るところであり、それが唯一の心残りです』



 自分とセラフィの仲を押し進めようと試みていたことを思い、リプカはシュリフたるミスティアの、いつかの台詞を思い出していた。


 アリアメル連合に来てから。


 そしてこの三日間。


 自分は何を学び知り、得ただろうか……?


 ――携帯通信機を確認する。

 ロコから入った連絡分を今一度確認した。


「……行くか」


 リプカはぽつりと漏らし、立ち上がった。

 オーレリアとアンが、リプカのその表情を見上げた。


「では、少しの間、留守をお願いします。出かけて参ります」

「いってらっしゃいませ。こちらのことは任せてください、さいわいを祈っています」

「いってらっさい。ま、上手くいくといいですね。帰りになんか甘味でも買ってきてください。――それから」


 アンは雑誌をパッタリと閉じると、リプカの目を見つめた。


「行きがけの馬車の中で、今日一日が何故あったのかということを考えてみなさい」


 その助言に――リプカは微笑みを浮かべた。


「ありがとう、アン様。行ってまいります!」


 威勢よく言って、晴れた顔でリプカは歩み出し、たくさんをくれた三人へ少しだけ逞しくなった背を見せて。


 機会が訪れる前、最後の正念場へと出立した。







 ――――そして。


 馬車に乗り、行き先を告げて、もう出るという頃になって。


 そのとき、ふと向こう側を見れば。


 怒りに青筋を幾本も浮き立たせた、尋常でない様子のアンヴァーテイラが、ズンズンズンドコと荒々しい足取りでこちらへ向かってくるではないか。


「――――ど、どうしたというのです……!?」


 それには答えず、アンは無言でリプカの隣に乗り込むと、視線を外に向けながら、乙女が出してはいけない低い声を発した。


「…………私も来いだとさ」

「――そ、そうですか……」


 ――いつの間にか、馬車の上を旋回している小鳥があった。甲高く妙に濁りのある音色で鳴いている。


 アンはその小動物に向かって、歯を剥いて威嚇してみせた。



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