第百五十四話:ウォーターダウン・1-1
当時のアリアメル連合シィライトミア領域が、【断崖線】克服のため、アルファミーナ連合の技術を取り入れるに至ったというお話は――てっきり、開拓と建築技術における超高度水準を確保する、そのための妙計であったのだろうなと考えていたのだが、どうやら取り入れた技術様式の役割用途は、それだけに留まらなかったようだ。
ウィイイン……、と静かなモーター音を立てながらせり上がる身投げ台の淵に立ちながら、リプカは呆れと茫然の情を伴いながらそれを知った。
街中にあった自殺台の全長の正確は、十九メートルであるということで、常人の足を竦ませるに十分な高さの巨大塔であった。
塔――歩道のための道の造りや、補強のための骨組みや加工された石などの装飾に覆われて分かりづらいが、正確にはそれは、切り出された崖という様相であるようなのだが、とにかく、それは信じられない巨大建築であった。当時、開拓に見切りをつける見方があったというのも納得に思える、それだけの高低差――であるのに。
どうやら、なにがどうどうやらなのかは計り知れないが、シィライトミア領域の当主は、そしてアリアメル連合の民は、それだけでは不足であると、考えたらしく。
一見なんでもない崖の頂上に、人が天国へ近づくための高度技術を搭載した。
ウィィイン……と、
鉄骨の骨組みが静かなモーター音と共にせり上がり、台付き
最大全長から街を見下ろし、真新しく映し出された景色を見つめることで、新たに見えてきたこともあった。
アンは【断崖線】を断崖絶壁と表現したが、見下ろした景観を見るに、それは完全な絶壁ではなく、あくまで急斜面であったことを知れた。
よく見れば街の造りに、手つかずの時代の、お山の面影が見えた。
そこから想像するに、途中途中には平坦な場所も見られたはずで、だからそれは、山の下り道であったというのが正確なところのようだ。開拓の難度を考えれば、どちらも同じようなものだったろうけれど。
よくもまあ切り拓いたなという、呆れに似た感嘆を覚える。ウィザ連合だって、さすがに大きなお山を切り拓いたという記録はないはずだ。
今や活気あふれる街。その形作りを現実にしているのは、アルファミーナ連合の超技術。天国に近づいた高台の景観から見れば、呆気にとられる、その超技術の非現実性がよく分かった。らせん状の道、その途中途中に造られた平地。まるで空に橋を架けるような奇跡の技術がそこにあった。
――と、そこで、「では準備ができ次第、オンプレイのほうをお願いしまーす」という声が下のほうから掛けられて、現実逃避の時間はそれで終わってしまった。
見下ろす。
当然、伸びた高台、プラスアルファ分の坂には水が流れておらず、代わりに、傾斜の路面には不思議な素材が張られており、これがよく滑り、勢いが付いて、そのところに伸ばした路面終わりの段差を活かし、ジャンプして滝みたいな勢いの水流に乗り、楽しむ。そういったことらしい。
(お馬鹿……)
失礼ながら思ってしまった後、リプカは身投げ台から下を見下ろし、近衛の
「――――サキュラ様ー」
「――――なぁにぃ……?」
「――――これはなんだか、その、意味合いが……違うような気がしてならないのですがぁー」
「――――そうだったかもぉー……」
今更の判明であった。
もちろん、こんな危険なこと、何の資格も無しに挑戦できるものではなかったのだが――偶然、リプカはその資格を備えていたのだ。
「あ、でも……ウォーターダウンに挑戦するには、他競技においての認定証明が必要なのでして。各競技における熟練が認められれば付与される証で、ウォーターダウンの最大全長に挑戦するには、更に、マスター証明というものが必要であったはずです。ええと……レジャー施設の、運営者さんがそれを判断される、のでしたっけ?」
「そう、
「あ……私、マスター証明というの、持ってる……」
水上スキー体験のときに、そういえば、そんな説明と共に、銀のバッジを手渡されたことを思い出したリプカだった。
もう少し熟考の上で渡してほしいな、というのが、リプカの考えであった。
なぜなら、本当に死んでしまうから。
死に様も想像できない強靭を誇る自身であったはずだが、この景観を見て少しだけ、そんな想像を思うことができた。リアルには想像できなかったが――。
(まあ、それだけ……このアルファミーナ連合製のプロテクターに、信頼が置かれているということか……)
首まで覆うプロテクターは、一見少しだけゴツいスポーツウェアであり、柔らかく軽量、転倒の際、衝撃によって適度に硬化するとのことであった。ちなみにプロテクターを硬化させると、後で別途料金を取られるらしい。
――なんて、うだうだ様々を考えていると、なんだか誰かから「いいから、そろそろ始めろ」と急かされた気がして――リプカはため息をついて、今は取り除かれた【断崖線】の置き土産と向かい合った。
のだが。やっと始めようとしたそこで、再び『待った』が入った。
腕に巻き付けていた、小型無線機が振動して、音を伝え始めたのだ。
「はい。――ロコ様! ――どうでしょう……? …………――それは、素晴らしい知らせです! ん? ええ……。……そうですか、分かりました。それでは、そこで落ち合えるように、はい、お願いします。――私ですか? 私は今……――」
リプカは苦笑いして、もう一度、馬鹿けているとしか思えない急斜面を見下ろした。
「色々と、試行錯誤中です。……では、はい、お願いしますね。ありがとう、ロコ様」
通話を終えて、そして――リプカは深呼吸して体の空気を入れ替えるのと一緒に心構えを一新して、飛び降り台と向かい合った。
たとえ一見無意味な、馬鹿らしく思えることでも、やれることは、やっておいたほうがいいだろう。
そう、気持ちを改めて。
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