ウォーターダウン・1-2
(――いくか)
ウォーターダウンは、水上スキーと同じように、専用の板状器具を履いて滑走する。板とジョイントできるブーツを着用するので、パージする心配はない――つまり一蓮托生、終点か地獄か知らないが、選んだ器具と最後まで命運を共にできるというわけだ。一応、緊急装置たる紐を強く引けば、プロテクターの後ろからパラシュートのようなものが噴出され、速度を軽減してくれるらしいが、それがどれほどのものなのかは、実際に使ってみるまで分からない。
種類は大まかに分けて、スキータイプとボードタイプがあり、リプカが選んだのはボードタイプ、より滑走速度が期待できるモデルであった。
リプカがこちらを選んだのはイイ恰好をしたいという理由ではなく、ボードタイプのほうが、万が一が起こりにくいと考えてのことだった。
――風もない。良い頃合いだった。
手を上げる。係員がランプを点灯させて、返答を返す。
呼吸を整えて。
急斜面へ、身を投げた。
――最初の、延長された坂の工程からして、まずおかしかった。
いったい何の素材を使えば、こんなにも滑り、スピードが乗るのか。
それは滑走というよりも、もはや、滑落の様相であった。
(死人が出るでしょう、これは――!)
いま時速何キロ出ているのかなんて、考えたくない。
そして――、延長された斜面を滑りきり、その終わりの段差を飛んで――水量豊富な滝の道へと移行した。
――ふとリプカは、この街の開拓、開発費用が、どこから捻出されたのか、ということが気になった。
これだけ惜しみなくアルファミーナ連合の超技術を輸入すれば――しかも渡航ルートの確立されていない昔であればもっと、それこそ、天井知らずの金がかかったはずであるのに――。
(――――いけないッ! 脳がストレスを避けようと、現実逃避に思考を割き始めている――!)
危機に直面した状況で、パニックによる錯乱と並び、一番避けなければいけない事態である。
空中、滝へ着水する、寸での一瞬、その間の思考であった。
着水――どんな構造になっているのかは知らないが、ボード器具の浮力はたいしたもので、滝の流れに乗って、滑走が開始された。
当然、前述の通り、ほぼ断崖である坂の途中途中には、柔らかい素材で作られた
リプカの目が――赤く染まった。
なにもこんなところで、と思われるかもしれない話だったが、それほどの事態だったのだ。
体の支配権が、意識と99%の高純度で接続される。
反応速度における、コンマ秒のラグが消失する。
今ならなんだってできる――全能感に浸かった意識を燃え上がらせ、リプカはミリ単位のボディコントロールで滝を滑り降りた。
そして――。
最大傾斜七十度のエリアに突入する。
体が浮く。
傾斜七十度だから、それは、浮く。
遠くで皆が、自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした――。
(…………!)
ギャラリーたちは一瞬宙を舞った彼女を見て――そして、選ばれた膂力というものを知った。
野生の勘みたいな直感が成せる、身を低くした姿勢で。
空気抵抗を受けて沈み込んだリプカは、着水のタイミングだけに備えて意識を研ぎ澄まし、そして再び板が流水を殴ったそのとき――僅かも揺れない、止まったみたいな完璧な体勢を見せつけ、そのまま、滝の流れを追い抜く凄まじいスピードで残りの坂を激走した。
――お終いに、終点の水辺を、舞い降りた水鳥のように波立て滑走し、鋭く、美しく
爆発のような歓声は、リプカの意識には届かなかった。
意外に楽しかったな、でも危険だな、もうしばらくはいいな、なんてことを考えながら――どうしてかそのとき、フランシスのことを思い浮かべていたから。
「リプカー……!」
係員の手を借りて器具を取り外し、プロテクター装備はそのままで一息ついていると、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえて、リプカは顔を上げて、笑顔で手を振った。
サキュラは頬を染めて、興奮露わにぶんぶんと、握った手を振り回した。
「リプカ、凄かった……! あのね……今まで見た、いろんなことの中で……一番凄かった……っ! カッコよかった、よ……!」
「あら、ありがとう、サキュラ様」
リプカがパッと明るく咲くような笑顔を向けた後、サキュラは突然、すとんと表情を冷静に戻した。
「でも……話してたこととは……あんまり、関係なかった……かも……」
「そうかもですね」
リプカは苦笑いで答えて、滑り降りてきた身投げ台の上を見つめた。
見下ろした景色を見て、それがどんなものかは想像できたけれど。
実際滑ってみると、形だけは想定通りであるはずだったのに――まったく思っていたものと、違うものに感じていた。
一瞬だったけれど、いろんなことを感じられたな……。
そんなことを思いながら、リプカは小さく、満足の息をついた。
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