人の悩みとするところ・1-2

 なんだか様子が少しおかしくて、切羽詰まった、しかめっ面の表情で、俯きがちに歩いていた。「ぐうう……」と今にも苦悩の唸り声が聞こえてきそうな、切迫の顔というか……。


 悩みを聞き賜るスペースといっても、シィライトミア領域の大聖堂に設えられたそれは本当に形だけのもので、設えられたシンボルに向かって独り言のように悩みを打ち明けて、それでスッキリ満足してくださいねという、聞くほうも語るほうも「なんじゃそりゃ」と言いたくなるような場所であった。


 本場エレアニカ連合のほうでは、きちんとした告白台、抱えきれない事情を教師に打ち明けるための場所が設えられた教会も多くあるようだが、複雑な理由があり、そういった在所はエレアニカ連合国外では、設えてはいけないという決まりがあるらしく。


 ということで、まあでも何もないのは寂しいと、アリアメル連合では一応の形が真似られた、【仮台】と呼ばれる、そのような独白の場所を設えることが通例となったらしい。


 リプカは正直、見学のときに聞いたときも「なんだかな」と思ったものだった。


 青年は壇上の裏手に回り、リプカたちの視界から消えた。


 と。


 しばらくすると――観覧席のほうにまで届く、腹の底から搾り上げたような、魂の悲鳴の如きシャウトが、ややくぐもりながらも圧倒的な音圧をもって轟いてきたのだった。




「アイリーン様ァアアアアア! ――もうムリ、もう本当に全てがァ面倒なんですゥウウ! 毎日毎日が徒労の積み重ねでェ、何やってんだろうって自分の声が無視できなくなってきてェ! それでェ、なにが言いたいかっていうとォ、――――宝クジでも当てされてもらって、ラク、させてもらえないかなァ!? 宝クジというか、それに準ずる――何かというかァ! 駄目かなァ目標とかも無いし、ラクに……人生に彩りが欲しくてェエ! それは許されないことなのかなァ!? 多くは望まない……望まないから最低限の幸せというか……神様助けてェエエエエエもう努力とかイヤァアアア徒労となにが変わるのそれ!? なんか、アノ、アレ、――ナニカを起こしてアイリーン様ぁあああああああ――――」




「ほら、きっとセラフィ令嬢の悩みも、ああいったのと似たり寄ったりですよ」

「――違うッ、ちっ、ちがっ、あ――あんなんじゃないもん……っ! セラ様あんなんとは違うもんッ!」

「違くないですって。それは貴方がそう思いたいだけです」

「違うもん! セラ様は聡明で……心優しく、そして、事を遠くまで見通しておられて、それで……!」

「えー」

「えーじゃないっ。あ、ああいった感じとは違うんですっ!」


 何気に、見知らぬ誰かのことを「あんなん」呼ばわりしながら、リプカは顔を真っ赤にして喚いていた。


 アンはぞんざいな態度で「あーそうですか」と漏らすと、気だるげに肩を竦めて顔を背けた。


「まあ、前にも言った通り、妄想の方向に手ェ伸ばしても、意味無いと思いますけどねー。人間の多かれ少なかれが絶対の定理であるたぁ思いませんけど、ほとんどの場合ってのはほぼ十割がたって意味ですから、残り一厘のほうに賭けてる貴方は夢女子に見えますわぁってお話でしたぁ」

「夢女子!? …………。でも、私は彼女のことを見たもの……」

「あん?」

「だって、セラ様のお心はどうしてか、抽象の表現になりますが――表層のほか少しも見通せない幾何学形だったから……」


 ――脚組みして気だるげに耳を掻いていた、アンの手が止まった。


「心が読めるだとか、そういったことを言っているのではありません。ただ、セラ様のお人柄……そこに、形作り自体が幾何学の、観測できない構造を見て……私は、その幾何学形こそ、セラ様のお悩みが形作る深層心理であると、そう考えたのです。あの、大仰な話になってしまいましたが、つまるところを言ってしまえば、これはただの、直感のお話です。けれど――あのお方は、お心が分かりづらいということはなく、むしろ逆、とてもよく見通せるほど、透明な心情をお持ちのお方だったから――余計に観測できない幾何学の場所が際立って、気になって……事は単純でないと、そう考えたのです」

「……なるほど」


 適当な態度を改め、再び関心をリプカのほうへ寄せて、アンは「なるほどね」と独り言ちた。


「一応根拠があっての、信じたことであったのか。ふむ、観察眼が仇になった形か……」

「観察眼が、仇に……?」


 リプカが目ざとく問うと、アンは顎に手をやり、しばし黙考した。


「――――まあ、言っても……問題は複雑には、ならないか。むしろ言わなければ……遅延に繋がる。手を貸す義理もないが……貸さない理由も特に無い」


 時間をかけた思慮の後、そのようなことを口漏らすと。


 アンは鳶色の瞳をリプカの方に向けた。


「アリアメル連合ではね、時々、その数ある不思議が、人間にも表れるんです。超能力みたいな技能を持って生まれる奴らが、数少ないけれど、一定数いる。その代表例にしてハイエンドの技能者が【シュリフ】というわけなのですが――さて。セラフィ・シィライトミアの人柄が幾何学模様に見えた。確かにそれは、納得のある話です。なぜなら実際、彼女の精神構造は、普遍とは異なっているはずだから」


 そう言うと、アンは自身の瞳を指差して。


 声色すら変えず、もったいぶること無しに。

 演出的飾りもなく、ただ単純に、それを明かしたのだった。



「セラフィ・シィライトミア令嬢はね、その瞳で、人の心を直接視ることができるんです。そういう超常技能を持って生まれた、超能力者なんですよ」




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