人の悩みとするところ・2-1
昔、「地球は丸い」と突然言い出した、高名な学者があった。
それまで、地表は楕円形の平面であると信じられていたわけだが、そんな合理の常識があったところに突然、名の通った学者がそんな突飛を言い出したものだから、人々はただただ困惑を浮かべる他なかった。「物が逆さまに落ちるだろ」というもっともな指摘に対し、曰く、万物には重力というものが働いているという話で。
世界平面説においては宗教的な考えといった背景も特になかったので、重力、そして星の球体、そのことはすぐに証明されることとなったが、それでもしばらくの年月、人々は理解の追い付かない茫然そのものであっただろう。
アンの暴露は、まさにそのような
「「「え……」」」
唐突の過ぎる暴露に、リプカもオーレリアもサキュラも、三人皆、ただ気の抜けた返事しか返せなかった。
実はね、地球は丸いんです。
驚きも無い。そも、いきなり言われたものだから、現実感すらない。
その心情は、良く晴れた日の、間延びした
思考がわかだまり、場に停滞が広がった――が、それに対するアンの対応が良かった。
アンはそれ以上言葉を重ねず、三人の理解をただ、黙して待った。
そうして時間を置かれると、やがて冷静な心情も取り戻され、じわりと、脳が概念を消化して、現実へ意味として思考を還元し始めた。カタツムリの歩みで、理解が現実に追い付き始める。
「え……」
リプカの口から漏れた言葉は今程と同じだったが、その一音が含む意味には真逆な程の違いがあった。
超能力者――その言葉の意味するところを、やっと理解して。
つまり、それは、セラフィは超能力者であるということだった。意味を述べるとそういうことである。
それを理解した今、通常であれば再び茫然を抱くはずであったが――それを理解した途端に天啓の閃きを覚えたのは、心のどこかで、そのことを予感していたからかもしれない。
(あ――――)
未だ理解の追い付かない微妙な表情を浮かべている二人の隣で、リプカは、景色が開けたように瞳を見開いた。
あのときの様々――。
地獄の晩餐会での、それぞれの人柄を見て慮るような視野――。
クインの野望を断った後、相談に乗ってくれたあのとき、不思議に思ったこと――。
無味の紅茶を振舞ってもらい、涙を流してしまった、あのとき、心が一番欲しいと願っていた言葉をかけてくれたのも――。
きっと……それを視ていたから。
シィライトミア邸での、セラとの会話を思い返す。過ぎたように自虐的な、コンプレックスの告白。あれは、その要因は――。
嗚呼、答えを得たり――。
リプカは手を握り締め、その天啓に刮目した。
「なんでも、心の機微が色の
相変わらず昂るところのない調子で、アンが注釈を添えた。
「具体的にどんなものであるのかは、想像するしかありませんから分かりませんけど、まあ、特殊な眼ですよね」
(そうか、そうだったんだ――)
――リプカは確信した。
それこそがセラフィを苦しめていることの根源、全ての答えであることを。
(セラ様は、きっと、心が読めるという、機微を捉えるに優れたることの故に――アリアメル連合に渦巻く社交界の歪、その根源たる、都合主義に歪んだ人の情というものを直接視てきてしまったから……だから、あんなにも敏感に環境を捉えていたんだ。だから、あんなにも悲嘆されていた……哀しそうだった……)
(そうだったんだ)
(答えを得た――)
「まあ、そのことは、今回のことにはなぁんも関係しないと思いますけれどねー」
だから、確信して一人テンション突っ走っていたリプカは、その積み上げた盤面を流すような軽い調子の、アンの台詞を聞くと、座りながらこけるようにガクリと身を突っ伏し、崩れ落ちてしまった。
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