第百六十九話:皇女の身バレ

 今日はまず、向こうにある大聖堂に足を運んでみませんか? と提案挙げたのは、オーレリアだった。朝食の席でのことである。


 なにか意図があってのことのようで、それを受けてリプカはしばし、考えた。


 昨日のような一日を、もっと言えば一昨日とも同じように、今日という日を過ごす、そうして時間を使うことは、はたして正解だろうか?

 つまり、新王子たちと一緒に様々を見て、体験して過ごしながら、その中で各々と向き合う機会があれば、そこから学ぶことを見出していく、昨日の一連を今日も繰り返す、それでいいのか? なにか変化をつけて過ごすべきではないか……? クインにも相談したけれど、「それは自分で答えを出せ」と助言を控えられたことであった。


 ――――傲慢だな、というのが、リプカが最終的に出した答えであった。


 多角的な見方を見出すのは大切だけれど、そも、自分はまだ基礎すらおろそかな身。なれば何か一つを、理解できるところまで突き詰める、そのことに努力し懸命したほうがよろしいと考える。


 それに、きっと一助の意味でも提案してくれた話である。


 小さく頷き、リプカは心を決めた。


「わぁ……!」

「おぉー……」

「さすがに領域の発展における、進退と方向性を賭けたデザインだけあり、見事なものですねぇ」


 そうして訪れたシィライトミア領域、【エレアニカの教え】の大聖堂は、外観からして、それは見事なものであった。

 美しく、一見で神聖を理解できる居住まいで、故に……見方を変えれば、見るからに敷居の高さが窺える建物。――なるほど、それを考えれば、アンが後に触れるデザインの妙手についての話は、思わず唸ってしまうような秀才であった。実際、大聖堂には若者の姿も、他の年代と変わらず、普通にある。


「やっぱり若い奴らも結構出入りしてるなー」

「あ、やっぱりこれは、多いんですか?」

「そうでしてね。他の場所と比べると、数で見れば僅かなれど、各段な違いでして」

「すごい、立派……。小ぢんまりとは、してるけれど……私が今まで見てきた中で、一番、立派かも……」

「小ぢんまりとはしてねぇよ」


 そんなふうに、アンヴァーテイラの妙な態度という変事がありながらも、二日目の日もまずは緩やかな雰囲気を見せていたのだけれど――。


 アクシデントが起こった。


 アンヴァーテイラが挨拶した説教師の男性が、キャスケットに伊達眼鏡というコーディネイトで変装していたオーレリアの存在に気付いたのだ。


 柔和な微笑みでアンに挨拶を返し、サキュラに「おはようございます」と優しい声をかけて、そして――「ん?」と成人男性にしては可愛く小首を傾げて固まった彼はやがて、「えぇー……」という愕然の表情を浮かべた後に、ズシャリと膝を折った。


 リプカが身を起こして見てみれば、そこは事故現場だった。

【エレアニカの教え】の大聖堂で、皇女の身バレである。


「大変なことになってしまいました……」

「まあいいんじゃないですか? これを話のタネに、あの説教師様とも話を弾ませられるワケでしょう?」

「……そーですね」

「まあ真面目な話、上手く事が収まったんだから、いいじゃないの」

「上手く収まってますかね……?」

「オーレリアの説教……楽しみ……」


 三人は席に着いて、オーレリアの登壇を待っていた。

 ――【エレアニカの教え】という信仰でいう“大聖堂”とは、単に規模を示す指針スケールであるようで、百人以上が説教を聞ける協会をそう呼ぶようだ。一応、ルミナと呼ばれる認定証を授与された説教師が、一人以上属さなければならないというルールはあるようだったが、それ以外はなにも難しいことはない。


 三人が見上げる壇上の後ろには、立体に見せるように上下で重ねられた大きな丸、端で重なってそれに寄り添う小さな丸、そしてその下に四つの小さな輝きが描かれた幕が下げられていた。


「あれは……?」

「全面の大きな丸が【ルミナルクス】、背面の丸が【エレアニカレイ】、重なる小さな丸が【ジュミルミナ】、その下の輝きが【ルミナレイ】」

「あ……クララ様の称号名――」

「ルミナレイとは、ルミナルクスとジュミルミナの代行として、表立った場所で政治をこなす家系の称号名です。現在ではミカエリス、ロスタロト、ガーデンロウ、そしてセラフィアがその役割を担っています」

「クララ様、思っていたよりも偉い人だった……」


 いまならエレアニカのがいるから、寄ればデカい顔ができるぞ。

 アルメリア領域でクインが言っていたことだが、実際、だいぶデカい顔ができたことだろう。そしてそれ以上のアイコン、もはや畏怖として見られる、ジュミルミナの身バレ――。


 せっかくですので、一つ、説教をお願いできますか?


【エレアニカの教え】においての常識の在り方は、リプカにはよく分からないところであったが、とてもしっかりしていそうな彼は、それが作法なのだろうか、膝を折りながらも固くなりすぎない言葉遣いで、そのようなことをオーレリアに頼んだ。


 オーレリアはそれを快諾してから、リプカのほうへ申し訳なさそうな視線をチラリと向けた。リプカはなんでもない、了解しましたという意味の微笑みを浮かべて、頷いた。


 そんなわけで、三人はオーレリアの登壇を、丁度よい位置の一席から待っていた。


「と、登壇なされたら、拍手を送っても大丈夫でしょうか……?」

「大丈夫ですよ、話が始まれば分かると思いますけど、カジュアルなもんですから、堅苦しい姿勢でいる必要はないです。――まあ、ジュミルミナの登壇となれば、事情が変わってくるかもしれませんが」


 世間知らずの焦燥を浮かべるリプカへ、アンが昨日よりも随分と距離の近い態度で答えてくれた。

 リプカを中心に三人並んで座っているのだけれど、その現実的な距離も、昨日のように、隙あらば男探しのために姿を消そうという絶妙な遠くではない。


(オーレリア様の説教が、アン様のこの様子に触れること、だったりしないかな……。…………。――まあ、いっか)

(深い理由が分からなくとも、困ることもないし。好かれるのは……嬉しいし)

(また然るべきタイミングで、このことは気にしよう)


 そんなタイミングで、アンの様子に一応の整理をつけて。

 丁度そのとき、オーレリアが壇上に姿を見せた。可愛らしい服装からローブに着替えた、象徴の姿。



 登壇者への拍手は止まってしまった。



「…………」


 六割ほど埋まった席、前の人の表情は見えづらいので、おそるおそる振り向いてみれば――オーレリアに気付いた説教師と同じ表情の、「えぇー……」という硬直顔が、一様に並んでいた。


 オーレリアの、人を超えたように美しい白銀の髪を両目に映して、皆その現実に、完全フリーズしてエラーを起こしている。


「大丈夫かな……?」

「大丈夫でしょ」


 アンは深刻のない声で言った。



「彼女はジュミルミナですから」



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