第百六十八話:あと二日。
シィライトミア領域の大聖堂は、シィライトミア家の在する入り口付近ではなく、一昨日前に訪れた、木床の水上通路の立体が美しいショッピング街の近くに建てられていた。全体図で見れば、ウォーターダウン・フィールドの塔を中心に栄える、最も活気ある地点との
「これもまた秀逸なデザインですよねぇ。最も活気ある場所とを繋ぐ道筋に、およそカラーの馴染まない、高尚と神聖を主張する
――なんてことを、アンは、だらだらと引っ付くような足取りでリプカの隣を歩きながら、語っていた。
別段周りの目を引くこともない自然体で、まあ、ただ単純に懐いている、という様子ではあったけれど。
それをしているのは、あのアンヴァーテイラである。
「――――?????」
オーレリアとサキュラは不思議そうにそんなアンを窺っているし、リプカに至っては困惑に目を回しながら頭の上に疑問符を撒き散らしていた。
朝、顔を合わせるとアンは、昨日のことなんてなかった、みたいな至って普通の態度で接してきて。
緊張しながら最初に交わす言葉を考えていたリプカは、その予想外に肩透かしをくらって、つい釣られてこちらも何事もないみたいな態度をとってしまって――結果、昨日のことを話題に上げる機会を失うという、後々を考えると厄介なもつれに繋がりかねない、最悪な選択を取ってしまったのだけれど。
無理矢理にもそのことを話題にしようとしたところ――更なる予想外、アンはこのような懐いた態度を見せてきたのだった。
朝食の席でも、リプカのほうを真っ直ぐ向いて話しかけてくれたし(今までは、男でなければその価値無しという、半身の姿勢であった)、馬車で移動するときも、わざわざリプカの隣の席を選んで座っていたし(今までは、コイツらと移動すんのダリィ楽しくない、という態度だった)、こうして、歩いているときでも懐いた様子を見せてくれるし。
その不自然を受けての今更に、昨日のことを問うても、「べつにぃ」とはぐらかした答えが返ってくるだけで。
事態をありのまま考察するのなら、どうやら……どうしてか、なにがあったのか、アンヴァーテイラがリプカに懐いたという、そういうことらしかった。
「????」
まあ、懐いてくれたというのなら、嬉しいけれど……。
そんなことを考えながらも、疑問の符丁は頭を埋め尽くす勢いで湧き出て、止まらない。
意を決して――。
「――あの、アン様、どうして私に、そんなに懐いてくれるのですか……?」
また嫌がられて距離を置かれるのを覚悟で聞いてみると、アンはそれには、別段表情を変えないままに、答えてくれた。
「まあ、付き合ってみたほうが絶対得な人間もあると思っただけです」
というか、懐くって、猫じゃないんですよ。
と、そちらに関しては嫌そうな顔を浮かべて、危惧の通り、アンはリプカから少し距離を置いてしまった。
「…………?」
アンの言葉に、リプカは相変わらず思い悩んだし、サキュラも、小首を傾げて頭にハテナを浮かべていたけれど。
それを聞いて、オーレリアは――フッと、柔らかな納得の笑みを浮かべていた。
「アン様、ごめんなさい」
「謝られても」
(……これ、たぶん、しばらくしたら、また寄って来てくれるな。なんだかホントに猫みたい……)
「なにか失礼なこと考えてません?」
「い、いいえ」
そんな、まさに新しい日なやり取りを繰り広げている場所は――前述した通り、シィライトミア領域に建つ、【エレアニカの教え】の大聖堂であった。
お金がかかっているな、というのが、リプカの第一感想であった。神聖な雰囲気に圧倒されるよりも前に、とにかく、そのことが自然、感想として浮かんでいた。
ここも、どう考えてもアルファミーナ連合の技術が用いられていた。
滑らかな石の柱。――その巨大な円柱をどう削り出したのか、皆目見当もつかない。
窓ガラスの鮮やか。まるで空間に拡散するような、特殊な光の入り方。
石の床には繋ぎ目が見られず、それはまさに、アリアメル連合のならぬ、アルファミーナ連合の不可思議であった。
そして広い。説教は百人単位で聞けそうだ。
――と、その広々を進むと、説教師の姿が見えた。
若い男で、ローブを羽織ってもその華奢が分かるくらい繊細な
「こんにちは、教師様!」
説教師の男がこちらに気付く前に、アンは助走をつけてリプカへ強烈な
アンの体を気遣って自ら吹っ飛んだリプカ。
かわいそうに、見るからに哀れな様子で、並べられた長椅子の間に挟まっていた。
「……アン様」
眉を逆ハの字にして、静かな声を向けるリプカ。
いくら懐こうと、アンヴァーテイラはアンヴァーテイラ、ここから性格が良くなるという奇跡は、どうやら無いらしい。……そのことに、密かに僅かな安堵を覚えたことは、黙っておこうと、そっとリプカは考えた。
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