アンヴァーテイラの噴火と豹変・1-2

「あのスカした微笑みヅラにィ、拳メリこませてやる……! こーろすッ、コロス……ブッ殺スッッ!」

「お、落ち着いて……落ち着かなくてもいいから、一度、呼吸だけ……! アン様……!」


 リプカに宥められ……というより、信じがたいナチュラルパワーで取り押さえられてようやく、アンは一呼吸をついた。

 身体の一部分にしか触れていないのに、体勢すら動かせぬほどガッチリ取り押さえるという離れわざを披露したリプカが手を離すと、まるで疾走を終えた競走馬のような様相で、アンは深い息を何度か繰り返した。


「フーッ、フーッ、フーッ…………。――――殺す」


 目線を下げて見開いた瞳は、収まりきらない怒りが浮き出たように血走っていて、妙に乾いている……。恐れと、そしてどこか、同情が湧いてくる有り様である。


 リプカはアンの背を摩りながら、不器用ながらも情のこもった声をかけた。


「あの……心労お察し致します。――このことはもう忘れてしまいましょう。まだ時間もたくさんありますし、一緒に遊んで、目いっぱい楽しみましょう! 私もアン様と、まだまだたくさん、遊んでいたいです」


 ――これが間違いであった。


 アンヴァーテイラ、性格のあまり良くない女である。どんな立場にあっても、それはそれで真っ直ぐにとおった一本芯のように、そのような性質タチはブレないようで――。

 怒り猛りの噴火、その赤き灼熱の奔流は、リプカの予想外のほうへ向いてしまったのだった。


「あァ!? ンなァ、この濁ったみたくにヤな気分が、ジャリ同性コッパとで遊んでェ、晴れるわけねェだろがッッ! なァーに言ってんだ!?」

「そ、そんな……」

「ジャリ……」

ジャリって……言われた……」

「皇女をジャリなんて言っちゃダメェっ!」


 アンヴァーテイラは火を噴く怪物の如き迫力で立ち上がり、そして――暴走を始めた。


「男ォッ! 良いツラの男ォーーーッ!!」

「アン様、往来です! そのはっちゃけテンションで殿方と会って、どうするつもりだというのです!?」

「筋肉質でェ、程々に細身でェ、性欲が薄そうなら、なお良しッ!」

「往来でなにをカミングアウトされているのですか!?」

「もォーーーォオオ限界じゃアいッ! こちとら刹那を生きる乙女なんだよォオ、無駄な時間を過ごしている時間は一秒一瞬も無い! 知るかァあんな奴の思惑なんぞ、責はすでに果たした、それでェ私の暴走で崩れる程度の見通しなら崩れちまえばいいんだァア! ――ゴアァァァアッッ!!」

「オ、ヮァ――! ア、アン様ー!?」


 猛り、街を踏み潰さん勢いで行進を始めたアンヴァーテイラは、もうあらゆる意味で、どうあっても止まらなかった。


「そこなお兄さん、今お暇?」

「アン様ッ」



「パレミアヴァルカのご令嬢ォ、ちょっくら私にお金預けてください」

「クズの言い回しだ!?」

「アン様ッ」



「パレミアヴァルカのご令嬢ォ、貴方ちょっくら、たいを釣り上げるためのエサになりなさい」

「嫌だァ!?」

「アン様ッ」



「ん? ――ええ、親戚の子なんです。小さくても、とても利発な子ですから、苦労もなくて、私も楽しんでいます。サキュラ、挨拶を。――よろしければ、少し、この子と遊んでやってくれませんか?」

「アンヴァーテイラッッ!」



 サキュラをもとして利用し始めた頃合いで、頬に汗を浮かせたリプカの、若干ではあるが本気の入った怒りの制止が入った。


「そこまでです! 暴走をやめなさい、これ以上は力づくで引っ張っていきますよ! ――オーレリア様に声をかけた女の子に掛け合って、人脈を辿って殿方と連絡を取ろうとするその姑息をやめなさいッ。――アズ様に声をかける殿方の多さを見て、アズ様の妹に成りすまそうとするその策略もダメ! ねえ、私たちと一緒に遊びましょう……! 私、今日、貴方がたと遊べて、本当に楽しかった――――こら、ちょっ、アンヴァーテイラっ!!」


 ついにリプカはオーレリアに頼み、近衛の手でアンを拘束させた。


 肩に手を置かれただけでガッチリ取り押さえられたアンは、ギャアギャアと猫が喚くように騒ぎ始めた。


「離せェエ、自分のエデンは自分で見つけるッ!」

「自分のエデンのために他人を生贄に捧げる外道をやめなさいと言っているのです! なにかあったらどうするつもりですかッ」

「あーもーレクトル様を呼んでくれるまで動かない、うぅーごかないぃー!」

「数秒前の自分の発言はどうなったのです!? ――アン様。心に祟る心労があっても、無暗に他人に当たり、そのようなハッチャケかたでストレスを解消しようとするのは、自身を追い詰める愚に他なりませんよ。貴方様の今していることは、それと同じ泥沼の行い、目を覚まして。殿方を誘うのは、気分の良い日である、また別の機会にすればいいでしょう? 無暗に当たるのはいけませんが、私であれば、愚痴はいくらだって聞きますから、今日のところは――」

「愚痴ではなァい、私が抱いているのは衝動です。吐き出したくない本音なら、一言で語ることができる……。あの女が許せないという、そんな悪感情を持つのもイヤだという、ヤキモキとした衝動だ。そのわかだまった衝動はァ、ツラの良い殿方でなければ癒せないィ……」


 言葉にして自分に言い聞かせるみたいな独白に、リプカは息をついて肩を下げると、皆に向かって言った。


「今日はこのへんで切り上げましょうか。――アン様」


 近衛に拘束されているアンへ向かい直ると、リプカは腰に手を当てて、アンへ語りかけた。


「怒り心頭なことは察するところですが、少し猛り過ぎです。なんだか上手くいかなかったみたいで残念だけれど――せっかくの、友人からの気配りではないですか。少し彼女のことを慮っても、バチは当たらないのでは?」

「はァア!? あのクソ女をどう慮れっていうのです!?」

「友人なればこそ――。アン様、お宿に着きましたら、私のお話を、長くはなりませんから、聞いてくれませんか? 気楽に聞いてください、でもそのお話から得るものもあると思うから」

「貴方の……? ――フン」


 アンは僅かに猛りを静めて、炎を噴くような暴走体勢を解いた。


 もう夕刻である、時間も丁度良いといえば丁度良い。

 アズも来たことであるし、後は勉学の時間にあてる意味でも、良い頃合いであった。


 そんなわけで、若年王子たちと過ごした今日という一日は、まあどこかで予想していた通りの、で締めくくられたのだった。


 しばらく馬車に揺られて、やがて今日手配したお宿に着くと、リプカはすぐにアンを自室に割り当てられた部屋へ招き、二人きりになって、膝を突き合わせながら様々を話した。


 その内容は、自分の生い立ち、それについてだった。




 一人だったこと。


 どんな生活だったか。


 妹と仲良くなれたこと。


 両親とは分かり合えなかったこと……。


 淀んだ闇に射した光――。


 誰かと絆を結べた奇跡。


 絆というものが、人にとって、どれだけの支えになるか。形は違えど、友情というものが、どれだけ尊いものか。




 などなど。


 色々話したのだが……。


 本当はもっと話したいこともあったのだけれど、その機会は失われてしまった。




「化ケ物ッ!!!!!」




 宿中に轟き渡る、尋常ではない叫び声によって。


 自らの人生、大体のあらましを語り終えた、その頃合いのことであった。


 叫び上げたアンヴァーテイラは、中腰で立ち上がり、目玉をかっ開いた、異様な様子でリプカを見据えていた。


 どうしたことか――!? と皆が慌てて部屋に訪れると、アンヴァーテイラは無言のまま、戸惑うリプカを置いて――まるで獣が警戒して距離を取るような様相で席を立って、皆の脇をとすり抜けると、そのまま部屋を出て、何処いずこかへ消えてしまった。


「ど、どったの……? リプカちゃん」

「わ……分かりません……」


 困惑を浮かべるリプカ。

 本当に理由が分からなくて、茫然を浮かべていた。


(化ケ物――)

(なにか、触れてはいけないところに、触れてしまったのかも……。アン様にとっての地雷、という意味、だけじゃなくて……)


 結局、その日アンは、それからずっと、リプカの前に姿を見せなくて。

 リプカはその後も、夜の間ずっと悩んでいたのだが――何も分からなかった……。


(仲を取り戻せるものなら、その機会がほしいな……)


 自分の無知で、マズさを自覚していない、とんでもない事を暴露してしまったのではないか……?

 リプカは恐怖すら感じながら、そんなことを憶測していたのだが――。



 ところが。

 翌日になると、事態は、一層分からない不可思議を見せた。



 どうしてか――本当にどうしたことか、アンヴァーテイラは昨日のことが無かったみたいに――どころか、思想が裏返ったみたく変わったように――。


 まるで心から慕ってるみたいに。


 リプカに心を許し、若年王子の誰よりも、リプカへ懐いた様子を見せ始めたのだった。


「…………――????」


 リプカは頭の上に大量の疑問符を浮かべて困惑した。

 どれだけ考えても、事態の理由は分からない。


 アンに聞いても、「べつに」としか答えない。他の若年王子に問うても答えは得られなくて、アダルト組に相談してみても、皆一様に、疑問符を浮かべるばかりだった。


 シィライトミア領域の不可思議だろうか?

 思わずそんな線を疑ってしまうほど、わけが分からないことだったけれど。


 とにかく、アンはその日から、誰が見ても明らかなくらいに、リプカへ心を許し始めたのだった。



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