第百六十五話:アンヴァーテイラの噴火と豹変・1-1

 色々考えたいことや、話し合いたいことはあったが、若年王子たちの元へ戻ったら、それどころではなくなっていた。



 アンヴァーテイラが、火を噴く勢いで怒り狂っていた。



巫山戯ふざけやがってッ! あのクソボケ女、今すぐ殺してやろうかッッ」


 ヒステリックというより、そのほうがまだずっとマシだというような、火山が噴火するみたいなマジ切れだった。


 現場にはオーレリアとサキュラ、そして先程合流したと思しき、ロコ――ではなく、アズの姿があった。


 オーレリアとアズがアンヴァーテイラを宥め、サキュラは席に座ったまま「おおー……」と一種感動みたいな声を漏らしながら、茫然を浮かべている。


 尋常ではない光景で、とてもじゃないが、アズと再会の言葉を交わすような場合ではない、そんな余裕はどこにもない。


「誰がこんなことをしてくれと頼んだッ。誰がこんなことを望んだ!?」

「どうどうどう……!」

「まあ、まあ、落ち着いて――」


 と、アズと一緒にオーレリアも宥めに入ってはいたが――その様子は、とにかく事態の鎮静を計ろうとしているというよりも、アンを慮る情の寄り添い、ある種の同情的な姿勢が見える、そんな態度であった。


「い、いったい、なにが――?」

「……実は――」


 オーレリアは言いにくそうに、話を切り出した。

 聞けば、リプカが席を外したそのすぐ後に、待機場所として休んでもらっていたこの喫茶店に、シュリフたるミスティアが来訪したのだという。


 待てども、なかなか現れなかった理由をリプカは知った。先にこちらへ足を運んでいたのだ。


 姿を見せたシュリフは、さっそく自由を堪能しようと近衛の監視下の元、単独行動に興じていたアンの前に立ち、とても嫌がるアンを無理矢理、お茶に誘ったらしい。


「あの、彼女が現れたことに、私は気付いて……。それで、断片的に聞こえた話から察するに……今までの働きの礼として、アン様がアルメリア家から離れられるように、様々便宜を図ったと――そ、それで……その……」

「殺すッッ!!」

「……その、聞き間違いかもしれないでしてが、あの……、……アン様の元カノさんとの関係にも便宜を計って、復縁できる状態にしたと――」

「はい……?」

「つまり……その、別れてしまったキッカケに、少なからず自分も関わっていたからと。彼女が科した重荷、それをも背負いたいと元カノさんが願ったことが発端だったと。そして……、――それを心のどこかで、都合のよいものとして、良しとしてしまったことへの贖罪でもあるとか……そんな話が……」

「…………」


 リプカは頭を抱えてしまった。


 シュリフたるミスティアには悪いけれど……トンチンカンな配慮だとしか思えなかった……。


 どうしてシュリフがそんな行動に出たのか――ただの推論だが、リプカには、その理由に見当がついた。

 おそらく、人生の最後に、唯一の友である彼女へ、何かを送りたかったのだろう。


 きっと、柄でもないことは十二分に承知していただろう。

 それでも、人の心という、彼女にとっての未知である分野へあえて踏み込んで、きっと、ただ、――彼女に贈物ギフトを送りたいと……そう考えたのではないだろうか。


 想いに突き動かされて。

 そうでないと説明がつかないし、そう考えれば得心がつく。


 けれど……、結果を見るに、それで、何か意味が成ったかといえば……。

 もたらされたのは、残念ながら……ただ気に触れた、マイナスであるような……。


(まあ、初めての試みは……得てして、失敗してしまうものですからね……)



『お前はッ、最後の最後まで人の心を、僅かもしんには理解できなかったみたいだな! こンのボケ、私が、少しでもお前のために、恋愛事情を考え変えるとでも、思ったのか!?』

『――――違うのですか?』



 そうして、シュリフは言ったのだという。


『私を愛しく想ってくれていたから、性分の理由としての決定打となった。彼女より私のほうを、より愛しく想ってくれたから。違いましたか?』




『殺す』




 そのときになってようやく、オーレリアは近衛にも命じて、アンを止めに入ったのだという。


 事態はそういうわけだったようで、その結果のてんやわんやという、目を逸らしたくなるような、喜劇じみたことであった。


「あれ……? ミスティア様は、『現象を観測し演算処理することで、人の行動は察知できても、その行動の所以たる心を読めるわけではない』と仰っていたけれど……、それにしては、人の思いを汲んでいるような考え方を口にしているような……?」


 思わず疑問を漏らしてしまったリプカの独白へ、アンが殺意混じりの怒声を被せた。


「あの女はねぇ、共感することはできなくとも、観測を通して人の心を理解することができるんですよ! それを元に未来を演算処理している。――故に、未来の事情にあまり関わらない、小さな心の機微は読み取れない、共感できないッ。つまり、デリカシィがまったくもって無いンだよォオオオオッッ」

「…………」


 つまりそれは、主観の思い込みで語られた話ではなく、本人すら気付いていなかったかもしれない心情、観測を通しての事実を述べて、それが間違っていたのか? と問い掛けたということになる。


 余計にタチが悪かった……。

 最悪にデリカシーが欠けている。

 そりゃあ、「殺す」の言葉も出てくるかもしれなかった。



『お前の目論見は、どうせ、最後の最後で全て崩れる! あの日の私とまったく同じ展開テンプレじゃねェか! どうせお前は、エルゴールの令嬢が、どうしてセラフィ・シィライトミアの隣にいなかったのかという簡単なことも分からないのだろうッ。聞いてみるがいい! そんでェ、己の不甲斐なさと向き合ってェ、死ぬ前に、チットは、自分がいかに愚かなのかを内省して、最後だけでも身の丈に合った生き方をしろ、クソボケがァッッ!!』



 そこいらに反響しまくる、大声量が轟いたのだという。


 シュリフはいつの間にやら消えていたとのことだ。リプカはまた、頭を抱えた。


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