【令嬢リプカと六人の百合王子様。】第二部完結:令嬢リプカと心を見つめる泣き虫の王子様。~箱入り令嬢が踏み出す第一歩、水と不思議の国アリアメル連合での逢瀬物語~
特別《トクベツ》な景色と私たちの見ている空
特別《トクベツ》な景色と私たちの見ている空
「あ゛ー疲れた」
街の全体図を見れば下層にあたる、なだらかな坂と平地の立地に築かれた賑わいのほうへ出向いたわけだが、初めにそこでやるのも結局、喫茶店でお茶を飲みながら休むということだった。
表情を歪める余裕もない様子で、ぐったりとぼやき声を漏らして、アンヴァーテイラは本気で気だるげな様子で椅子に溶けるようにもたれ掛かっていた。
「八歳のガキって、意外に重いもんですね……。そりゃそうか、重心が不安定なうえ、ちょっとした旅荷程度の重さはあるんだから」
「お疲れ様です、アン様」
「ほんとに疲れました……。しかしそう考えると、オーレリア様は見た目からは意外な体力を備えていますね」
「幼子をおぶるのには、コツがあるのでして。そうすると重心が安定して、楽に持ち上げることができるのです」
「オーレリア、物知り……」
「おめーの話をしてんだよ」
アンは呆れ顔で嘆息して、レモンの酸味がきいた紅茶に口をつけた。
「八歳。私なにしてたか…………あー、私はコイツより遥かに馬鹿だったわ、そういえば」
「アン、いま、馬鹿っていったぁ……」
「言ってない」
「言った……」
「八歳……私は一年前のことでしてねぇ」
「…………ねえ……、あの、ね……。私……もしかして……、子供すぎる……?」
「――そんなことありませんよ、サキュラ様。皆歩幅というものがあるし、年相応というものもあります。焦ることはありません」
オーレリアの励ましに、リプカは大いに頷いた。
ただ、現在のところが年相応の未満である自身を考えると……サキュラへ励ましの言葉をかけることはできなかった……。
(八歳。私に当てはめれば――シシリア様に、修行を付けていただいていた時期より、前のことだ……)
(あの頃は色々と大変だったな)
婚約者候補の王子たちに、たくさんを教わって、いまは歩みを実感できるほど様々学べたけれども。
そこに至るまでの、長い長い道中。振り返ってみれば本当に長いなぁと、そんなことを思った。
「言ったでしょう、世間に身を置いて、学んだりしながら食っちゃ寝してれば、自然と世間が大人と呼ぶ姿に染まっていくものですよ。まあ例外はありますが――」
「例外?」
「個性が社会の枠からはみ出る者は、決して社会に染まりません。収まらないのではなく、はみ出るというところがミソです。まあお前はそうでもないでしょう、そういう奴は会った瞬間、違和感があるものです」
「アンは……、色んな人と……そういうことが分かるようになるまで、会ってきた……?」
「……まあね」
アンはバツが悪そうな表情で顔を背けて、まるで自身に呆れるように顔を顰めて額を押さえた。
(幼少の頃に、賭け事の深層に足を踏み入れた少女。……それは、対人経験が人一倍豊富にも、なるでしょうね……)
「でも、特色の彩りに溢れた、様々なお人にお会いした経験なら、私も負けてませんよ」
胸を張って、反った頂点をポンと叩きながらリプカが言うと――。
「そりゃあ、あーた、裏社会に介入したお人なんだから――」
即座にレスポンスが返ってきた。
「アン様ッ。ち、違います、そうでなくて! 今回のことで私は、特別な六人ものお人と出会ったというお話です!」
「あーそういう。くだらな」
「フグゥ……! ……もーっ」
ガックリと肩を落としてしまったリプカを、オーレリアとサキュラがそれぞれ肩に手を置き、慰めていた。
さて、その後は、とりとめのない雑談を交わしてお茶を楽しんで――。
そして、折を見てリプカは、今度は、アンヴァーテイラ個人に話を向けた。
「アン様、対人経験豊富な貴方に、お尋ねしたいことがあります」
「報酬によりますねぇ」
「レクトル様」
「なんですか?」
「人並みにも世間を知らない私ですが、しかしそれでも、こと特別となると、普遍を参考にする通常の思考を、まず一切捨てて、その人の特色だけを素直に見つめようとする視野が、前提として必要になってくることは理解しています」
「抽象的ですね。つまり?」
「私は今、セラフィ・シィライトミア様の力になりたいと思っている。彼女は特別です、私は今、きっと、彼女の視野に歩み寄れていない、だからイマイチ考えが分からない。そういった場合、アン様、どうするべきなのか……ご教授を願いたい、私は何をすべきなのでしょうか?」
リプカの
それは、嫌味とはまったく違う反応で……例えるなら、湖を見て「きっと海より広い!」と歓声を上げる子供を見つめるような、そんな反応だった。
「トクベツ。ね。――貴方の言う
「ええと……。どういった……意味でしょうか?」
「セラフィ・シィライトミア嬢が特別な人間であるとは、私は思えない、ということです」
その意見を受けて。
リプカは、驚きとムッとした表情を、足して割ったような顔になって、小さく仰け反ってしまった。
ムッとした感情に押されて口を開いたけれど――驚きが、思ったよりも感情を占めていたことに、口を開いてみてから気付いて。情緒がチグハグになったリプカは、「あ」とか「う」みたいな声しか出せずにいた。
アンはリプカの様子に構わず、話を進めた。
「故に、貴方が真っ先に学ぶべきことが、あるとするのなら……それは、普通、普遍というものの、その意味を知ることなのでしょう。それを正確に見つめることこそ肝要だと、私は思いますけれどね」
「――アン様は、セラフィ様とお会いしたことが?」
唾を呑み、一応の落ち着きを取り戻してから問うと、アンは逆手で頬を掻きながら、のんびりと答えた。
「ほとんど、遠目に見たことがあるだけですね。相対して話したことは、「どうも」の一言、一度だけであったはず。そのくらいです」
「で、では――」
じゃあ――。
貴方はセラフィ様を、まだよく分かっていないんだ――。
その言葉は……どうしてか飲み込まれて、喉の奥に引っ込んでしまった。
「セ、セラ様は特別なように、思えました……」
かろうじて、か細い声で言うと、アンは肩を竦めた。
「まあ、そう思ってしまうのも……仕方のないことのように思いますけどね」
そして、呟くように言った。
「貴方はあの、フランシス嬢の傍で育ってきたのだから……」
「…………? どういう意味でしょうか?」
「人は皆、デフォルメのない等身大だという意味ですよ。創作話じゃないんだから。砂粒の一つまみみたいな例外があるだけです――」
リプカはもっと話を聞きたかったけれど――アンはそこで、話に一区切りをつけてしまった。
続きを無理に催促することもできたけれど、リプカは、そうはしなかった。
様々な人生経験を元に話してくれた、アンの心情にも都合というものがあると慮って。
どうでもよさそうながらも、なんだかんだで話に応じてくれる少女。
人情に厚い
続きはまた別の機会に語ってくれるだろうと、リプカは、信用みたいなものを置いて考えた。
「アン、特別って……なぁに……? 私はトクベツ……?」
「個性が枠の外側に位置している者って意味ですよ。なんであなたが特別なんですか」
「オヤジが……私はトクベツだって、言ってたから……」
「そりゃ両親にとっちゃ
「私、トクベツじゃ……ない……?」
「べつにいいでしょう、特別じゃなくたって」
そして、アンは椅子の背にもたれて、空を見上げながら言葉漏らした。
「――特別で得することなんて、きっと、見上げた空の色が違う、という程度の事くらいでしょうから。計り知れないところですけれどね……少なくとも、皆と同じ色の空も美しいということは、私は知っています」
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