第百五十四話:シィライトミア領域・1-1

「ウォーターダウンフィールドの、頂上展望台へ登りませんか?」


 朝食の席で挙げられたその提案は、意外なことにオーレリアからの希望だった。


 ウォーターダウンのフィールドから一旦離れて、そこを中心に栄える歓楽街を巡る腹積もりであったリプカは少し驚いたが、なんらか考えがあるのかオーレリアの表情は佇まいが据わっており、ならばと一行は、自殺塔――ウォーターダウン・フィールドを遠巻きに見て迂回するような道順を辿って、反り立つお山の天辺を目指した。


 さて、未だおぼろな街の全景であるが――リプカは歩きながら、この街の立体構造、その妙手に気付いて、感嘆を覚えていた。


 前述の通り、反り立つフィールドを中心に幾筋もの道が形作られているわけだが、その馬鹿でかい建造物はよく見れば、道の中心で高所と低所の『階層』を繋ぐ役割をも担っており、高低差という利便の不利を解消し活気の流動を促す、行き交いを容易たやすくする象徴の中心塔として機能していた。


「ここの地をデザインした者は天才ですね。その者の一手がシィライトミア領域の先行きを運命づけた」


 アンの言うことがしんに分かるのは、展望台に登ったのちの事であった。


 朝方は稼働していないようだが、近年ではフィールド塔のがわにエレベーターも設置され、人の流動はさらに容易となって、歓楽地たる活気も未だ昇り調子であるようだ。


 寄り道を挟みながらも、途中で歩き疲れてしまったサキュラをおぶいながら、頂上を目指す。フィールドを中心にして栄える景色を楽しみながら歩く。


 そしてアンが「クソだりー」と悪態をつき始めた頃、四人はウォーターダウン・フィールドの展望台へと辿り着いた。

 展望台といっても、休憩のためのテラス席が品良く随所に配置されているだけで、見てくれとしては丘の上のようなもの。


「おおー……」

「わぁっ!」

「壮観ですね」

「……なんか、体力落ちたかな」


 リプカは、オーレリアが展望台を希望した理由ワケを理解した。

 そこから見下ろせば、シィライトミア領域の在り方が一目瞭然で見渡せたからだ。


(陸路を移動しているときは分からなかったけれど、こうなっていたのか……!)


 眼下いっぱいに広がる景色は、新しくも見知ったものだった。


 シィライトミア領域入り口の、幻想的な高低差の造りは、海岸沿いへ抜けるにつれて平面となり失われていった。陸路を行くぶんには気付きにくいが、緩やかにこれだけくだっていたのかという実感が、上からであれば非常によく分かる。


 よくよく見れば異形な迂回路を下れば、そこもまた栄えた歓楽街。その先には、木床の水上通路が印象的であったショッピング街、またその先は、水上スキーを楽しんだ、見渡す限り平面の地。そこまで行けば、栄えは一旦の収束を見せる――。


 その先へ抜ければ海岸線だ。ここからは見えないが、風が運ぶ空気の中に、かすかな潮の香りが感じられた。


「シィライトミア領域は元々、ウィザ連合に触発されて開拓された、新しい地でして」

「ウィザ連合に?」


 四人、手すりにつかまって景色向こうを望みながら、オーレリアは頷いて、海岸線方面の後ろを手で示した。


「ここは元々、着手されることのなかった山間さんかんでした。木々は少ないものの、当時は土地の開拓に精力する様子はあまり見られず、ウィザ連合が開拓により、広大な土地の確保に至るそれまでは、山を拓くような大規模な開拓は常識にない行いでした」

「シィライトミア領域は、ウィザ連合の事情を見て施策された、開拓で拓かれた地なのですね。あ……だから、こんなに高低差が――」

「その通りでして。そしてその開拓は当初としては――失敗という見方が大きかったのです」

「あら……。その残念な見解の要因とは?」

「それはこの場所でして。そしてそれを解決したのは、アリアメル連合の特色である文化をようしての策でした」

「…………?」

「これですよ、中心塔たるウォーターグラウンド」


 柵にもたれ掛かって、下を見下ろしながら、アンが話を引き取った。


「ここは元々、【断崖線】と呼ばれた場所でした。ただでさえ大規模開拓が常識になかった時代です、ここに横たわる断崖絶壁はどう考えても、開拓における利益見込みに合わないと考えられてしまったわけです。――そんな絶望の中打ち出された策が、ウォーターダウン・フィールドの建設です。それを中心塔にして街を発展させようとしたわけだ」

「頭の良い人がいるものですね」

「いいえ、本当に凄かったのは頭の良さではなく――その度胸だった」

「でしてね」

「……? どういった意味でしょう……?」

「往事のシィライトミア領域当主はね……当時犬猿であった、アルファミーナ連合の技術を取り入れることを敢行したんですよ」


 言われて、リプカは辺りを見渡して、すでに気付いていたその景観の特徴を、再度瞳に収めた。

 迂回路の舗装技術、道の造りに見られるそこかしこの素材、そして――ウォーターダウン・グラウンド。

 確かにここには、特にアルファミーナ連合の超常技術が多く取り入れられていることには気付いていた。


「あの……犬猿の仲であったとは、どうしてなのでしょうか……?」

「往事のアルファミーナ連合は、アリアメル連合にとっちゃ最悪の国として嫌われていましたからね。アルファミーナ連合は長い間、高次元の工業を成立させるための産業廃棄物で、海水に汚染を広げる問題の国でしたから、水を何よりも大切にしていたアルファミーナにとっちゃ、まさに最悪の国であり、酷く嫌煙されていたというわけです、犬猿だけに」

「へえ……。そうだったのね――」

「まあ、細かなことは他の誰かしらに聞いてください。話のかなめは、当時のシィライトミア領域当主はそんな中、アルファミーナ連合への協力要請を敷いたというところにあります。勇気ありますね、しかし良い博打です」

「――すごいなぁ」


 博打じみた艱難辛苦の結果を眼下に望みながら、リプカはただただ、感嘆の声を上げた。


「名前を残したいだなんて思ったことがなかったけれど……その話を聞いたら、そういったことも、とても素敵であると思えました――」

「いや貴方はもう歴史に名を刻んでいるでしょう、知る人ぞ知るという形で」


 アンの鋭利な突っ込みをとした表情で聞き流して、リプカは冷や汗の浮いた頬を風になぶらせた。


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