第百二十七話:昨晩・1

「オーレリア皇女の言動に注意してみてください」


 昨晩のことである。


 広い部屋の中、狭く膝を突き合わせて座りながら、ロコは指を一本立てて、まず、そのような助言をリプカに与えた。


「黒幕さんの企みを既定路線に乗せるための先導役は、十中八九、彼女が買って出るでしょう。明日、行き先などを彼女が決めることがあれば、注意してください。それは馬車を使った移動先の指定とか、そういった話に限らず、例えば『どこどこの喫茶店に入りましょう』といった些細な提案にも注視してください。逆に、おまかせといった雰囲気であれば、それはフラグの回収にそれほど切迫していないしるしであり、重大が起こるのはもっと先であることが知れるでしょう。彼女は嘘が上手でありませんから、知らぬ存ぜぬを装った余裕のフリであれば、表情からすぐにそれと知れます。そこらへんは任せてください」

「なるほど……」

「そして、お茶などの機会があれば、そのときはサキュラ様との会話を試みることをオススメします」

「サキュラ様に注目した、その意味を教えてください」

「話によっては、彼女は味方になってくれるかもしれないからです」


 驚きを露わにしたリプカに、ロコは眉を下げた微笑みを向けた。


「ただ、それと同じくらい、敵となる可能性もあります」

「どういったことでしょうか……?」

「サキュラ・アーゼルアクス・フラムデーゼドール。――彼女は死ぬはずの人間でした」


 真顔で告げられたそれに、リプカは思わず仰け反った。

 ロコは表情そのままに続ける。


「死ぬはずの人間とは、あまりにもぼかしのない直接的な表現ですが、しかしそうとしか表現できない状況に、彼女はありました。なにせ、彼女が幼少に患ったそのやまいは、死亡率100%の難病だったから」

「――――その難病を解決したのが……」

「【シュノイド症候群】の治療法が見つかったのは最近も最近で、そして……彼女が【シュノイド症候群】、最初の回復、完治例です。革新の技術がどこから出てきたのか、その詳細は不明……。噂によれば、フラムデーゼドール夫君は、『妖精の神様が奇跡をもたらした』と酒の席で漏らしていたとか……。可能性は非常に高いでしょう」

「……なるほど。彼女が味方になってくれる可能性があるというのは……彼女が、ミスティア様の命を助ける方向に動くかも、という算段があってのことですね?」

「その通りです! とりあえず、その二つを意識してみましょう。アンヴァーテイラ様についてですが、いまは敵情を知らせるためという役割以上のことは分からないので、こちらは都合の良いタイミングで話を聞けばよろしいかと」

「なるほど――。ありがとう、とても分かりやすく、状況が整理できました……!」


 リプカは再び浮かべた笑顔で礼を口にして、ロコは微笑みの表情で慇懃に、小さく頭を下げた。


「あ、ところで……。あの、ロコ様……ロコが、ビビ様にとっていたあの態度は、いったい――?」


 ロコの微笑みが、ビキリと崩れた。

 次の瞬間、五体投地でリプカに頭を垂れて、先程までのプロフェッショナルさえ窺える冷静はどこへやら、年相応どころか幼児退行の様相で泣き声を上げ始めた。


「許してェエッ! ビビちゃんに口止めされてるんですぅぅッ! どーか、みのがじでぐださ゛い゛――ッ! ビ、ビビちゃんに嫌われたら、生きてゆ゛けない……!」

「わ、分かりましたっ! 分かりましたから……! 聞きません、もう追及したりはしません……!」

「うう……ほんとです……? 責めません……?」

「本当です、責めません。……あの、それからもう一つ。――皆様、いったいおいくつなのでしょうか?」

「ええと……オーレリア様が九歳、サキュラ様が八歳、アンヴァーテイラ様は私と同じ十の歳ですが、来月に誕生日を迎えるそうです。なので現状、私たちはunder11の婚約者候補ということになりますね」


(under11……!)


 どういった情緒で受け止めればよいのか……。リプカは言い難い表情で額を押さえた。


 べそを掻きながらの半狂乱が落ち着くと、ロコは「あっ」と声を漏らして、鼻をスンスン啜りながらリプカへ話を向けた。


「ロコと呼んでもらえたこと、嬉しかったですけれど、明日いきなりロコ呼びだと違和感が出てしまいますね。申し訳ないですが、皆の前では『ロコ様』呼びでお願い致します」

「分かりました。そうしましょう」

「あとは――今後の状況を見通す得を考えれば、あちらの話は極力遮らず、かつ、できるだけリプカ様が対面して聞いたほうが、活路も見出し易くなると思いますが――んー……、それと気付いてくれる人がいると、とても助かるんですが……」


 そんな望みの過ぎる希望的観測を口にしたロコだったが――各国がこの者と選出した始まりの婚約者候補の中には、そのようなことに聡い、世界を対等に置いて相手取った絶対の軍師が、実に都合良く、席を構えていたのであった。



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