第百二四話:夜の帳に浮かぶ月・1-1

 これで、お終いであるという。

 唐突な宣言ではあったが、それが、実際に訪れた現実であるらしい。


 お終い。

 ――なにがだろう……? そもそも――何が始まっていたのか?


 暗い部屋の隅で、一人ぽつねんと座り込みながら、リプカは状況を整理しようと、じっと考え込んでいた。


(…………)


 ……本当は分かっていた。子供じゃあないのだから。


 彼女らはシュリフから遣わされた使者であるという。

 十中八九そうであるところ、もし彼女らが、シュリフにとっての不都合を取り除くために遣わされた使徒であるというのなら、もう本当にこれ以上はなにも、できることはない。……分かっていた。


 私たちは、まったくの自由というわけではなく。


 私たちは、立場がもたらす恩恵故に自由で、また私たちは、立場の責を果たすため身に絡む因果故に、不自由だ。――そんなこと、生まれてこのかたの子供だって理解している、言葉にするまでもない道理である。


 エレアニカの皇女に、パレミアヴァルカの大資産家。

 彼女らと意を異にして敵対することが何を意味するのか。――それはお家に破滅をもたらすことを容認するのと同義の、自爆行為だ。


 情けなくも世の常である因果。抱えた私情とお家の事情、どちらが大切なんだとか、そういう話ではない。起こるのが戦闘ではなく、蟻を踏むような感情の無い惨殺であることを理解できないのは、想像力の欠如である。


 だが、だからといって――搦め手で渡り合えるほどのスキルは、自分にはない……。


(…………)


 心中には、ぽっかりと空いたような虚しさだけがある。

 それに感傷を抱くだけの資格も無いけれど……。


(ミスティア様の言葉は、あれは――時間を稼ぐための、空言だったのかしら……?)


 不肖私を巡る、此度のアリアメル連合での騒動が一つの落ち着きを見せた、そのとき。

 リプカ様が今と同じ思いを確信なさっていたのなら、私はお別れの意思を捨てて、生き残る道を模索することに懸命を尽くすことを、約束致しましょう。


(あれは空言だった? そうなのかな……)

(…………)


 なにも分からなかった。


 何もかもが手遅れになってしまった気がする。


 胸の内にじんとした悪寒が奔り、内蔵がじわりと消失するような不安に苛まれて――そんな場合ではないと歯を食い縛ってみたけれど結局、いっそう惨めに膝を抱えた。


(…………)

(…………)

(…………フランシス)


 つい、思ってしまう。


 いつものように。

 あの日のように。


 情けない。けれど、こんなときどうしたって――。


(……会いたい)

(…………。一目あの子の笑顔が見たい)


 身を支えるために張っていた、自己認識の気構えさえへたってしまった、そのとき――。

 傍に居てほしいという思いが、とめどなく溢れてきた。


(…………)


 小さく首を振って、思いを払う。


 フランシスへの連絡は通じなかった。


 携帯電話で通話を試みても、『ただ今、留守設定です』という、不思議な音声で紡がれる、妙なイントネーションのショートメッセージが流れるばかりで、フランシスの声はついぞ、聞けなかった……。


 彼女だって、目的があってアルファミーナ連合に渡っている。

 きっと今は、他に手を回せないほど忙しくしているのだろう。


 今回ばかりは、フランシスの頼り無しに、なんとかしなくてはいけない。けれど――。


 鬱屈した思いを振り払い現実を見ようと、そこに灯りとなるしるべは何一つ無くて、暗がりが広がるばかりで――ついつい、私の明りである存在の笑顔を思い浮かべてしまう。


(これじゃあ……私、なんにも成長していないわね――)


 そう思うも、どうしてか、それに悲しみや呆れは浮かんでこなくて。


 フランシスを思って。

 逢いたいと願って。


 少しだけ想いから覚めると、情けなく、膝に顔を埋めて、俯いた。



 ――――と。

 そのとき。



 コンコンコン、と小気味よく、部屋の扉にノックがあった。



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