夜の帳に浮かぶ月・1-2
「――――あ、どうぞ……」
返事を返すと、迷うような間の後、遠慮がちに恐る恐る、扉が開かれた。
姿を見せたのは――。
ビビに熱烈な反応を示していた、内側と外側で色の違う、異常にカラフルな髪を輝かせた少女だった。
「失礼します!」
煮え切らなく迷うような扉の開き方はなんだったのか、少女は抑え気味ではあったが非常に快活な声で断りを述べて、一歩進み出ると、内側の紫と外側の青、そして一筋入った赤色が一瞬舞い上がる勢いで直立姿勢をとって、リプカへ敬意を向けた。
そこにあったのは夕刻に見た柔和な表情ではなく、遊びのない真剣な顔つきであった。
「夜分に申し訳ございません。急を要する用件故、何卒お許しくださいますよう」
「貴方様は確か……ええと……」
名前が思い出せなかった。
ミーナナナイという姓はすぐに思い出せたが、名のほうが、雲がかっているというよりも、意識にぽっかり穴が空いているように思い出せない。
リプカが思い出そうと懸命しているところ――少女は機敏な動作で敬礼の姿勢を取ると、声を押さえながらもまるで叫び上げるような語調で名乗り上げた。
「私はME機関第七班所属隊員、ロコ・ミーナナナイであります!」
「ME……機関?」
「ハッ。この
「え―――……?」
耳を疑った。
いま、最も聞きたかったその名前が聴こえたような――。
「フランシス様から
聞き違えようもない名を強調して弁明すると。
表情に気まずげな汗を浮かしながら、すうと息を吸い込んで、ロコは一息で、フランシスからの
「『お姉さまー、やっほー。アリアメル連合からの婚約者のことで随分悩んでいるようだけれどもー、まあ大丈夫大丈夫。上手くいかなくても、そいつが辿ったひっでえ顛末を酒の肴にして呑めば、満足した頃には忘れる忘れる。アッハッハ。――ま、お姉さまはそういうわけにもいかない性分だろうから、私から一つプレゼントー。そいつはMEっつー組織の隊員で、まぁなにかと小回りが利いて、情報収集やら他の何やらで役立つはずだから、使ったってくださーい。あ、できれば一応、生きてる状態の完品で返してねー。できればでいいよ。んじゃ、頑張ってー。あなたの愛しいフランシスより』 ――以上でありますッ!」
そう指示されたのだろう。フランシスのいじわるがありありと見える、本人の口調を再現した語り調子を終えると、ロコは一層畏まって直立不動を取った。
「…………」
今更に、気付く。
彼女はアルファミーナ連合からやって来たのだ。
パレミアヴァルカ連合やエレアニカ連合からこの地へ足を運ぶのとは、わけが違う。絶対に三日の時間じゃ間に合わない――。
彼女を通して、フランシスの息遣いが感じられた。
あの笑顔の温かさも――。
「…………」
リプカを見つめていたロコが驚きの表情を浮かべて、僅かに身を跳ねさせた。
一滴だけ。
リプカの頬に、涙が伝った。
様々な情緒が水滴になった一滴――。
(……本当は)
本当は。
本当は、ミスティアに、隣に立ってくれる人という存在がどれだけ輝かしく尊いものであるのか、自分の言葉で伝えたかった。
本当は、セラに頼られたかった。それは彼女のことを思ってという純粋と同時に、高揚を思うように自尊心が浮き立ち震える、夢見るような自身の欲求でもあった。
本当は。
セラに、戻ってきてもらいたかった。
これでお別れなんて虚しすぎたから。せっかく、やっと、やっと、やっと、やっと出会えた初めての友人――――。
そんな氷解した思いの様々が、フランシスがくれた胸をいっぱいにした温度と溶け合って、そして流れた一滴。
「ロコ様」
リプカは再び笑顔を浮かべて、ロコを見つめた。
「私の元へ来てくれて、ありがとう」
――――しばし、ぽーっと浮いた表情を浮かべていたロコは、ハッと気を引き戻すと、少しだけ形式ばった姿勢を解いた、柔和な微笑みを浮かべて敬礼した。
「私のことは、ロコとお呼びください。一期一会といいますが、アリアメル連合に在る間、貴方様と私は一つの奇縁で結ばれる間柄。多くのことを共にしましょう、そして私は、貴方様の助けになります」
少し難しいことを言うと、ロコはリプカのほうへ歩み寄り、一回り大人な少女の両手を取って、柔らかく握った。
――結局フランシスの助けに頼りっぱなしで、これじゃあ、望む方向への成長が全然見られない――。
だというのに、心中にあるのは虚しさではなくて、胸を満たす陽だまりの光だというのだから、人生、ままならないものであるはずだと、リプカはふと、そんなことを思ったのだった。
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