案ずるよりも。・1-2
歓談の中で、様々なことが知れた。
位置付け的には城下街である街中であったが、シィライトミア領域の代表者がどのような人物であるのかは誰も知らず、またその名前すら覚えていない者も小数いた。貴族と市民とで、どれほど社会的空間が分たれているのかは判然としないが、少なくとも、両者の領域が密接な距離にあるということはなさそうだ。
話を聞くだけでも、アリアメル連合はウィザ連合以上に治安が良く、蠢く影もなかなか見ないほど長閑であるようだった。城下町の裏路地の奥、暗い暗い酒場を覗けば、統治領域内であるにも関わらず不法を働く悪人が当然のように居を構えている状況が当たり前である国の生まれからすれば、それは驚嘆すべき平和の有り方であった。――もっとも、とある理由により、エルゴール家の屋敷周辺の城下町に限ってはその例外として、まったく穏やかな泰平が広がっているのだが……。
海鮮サンドの他にも、お酢と香草と、なんと蛸を和えた『アグロッパ』と呼ばれるパスタが旅行者にはオススメであること。アリアメル連合で肉料理を食べるなら、コーンの練りものが添えられていたり、野菜と和えられている、こまぎりで調理されたものがおすすめであり、それ以外は選ばないほうが無難であること。ウィザ連合ではどんな料理が食されているの――?
食事一つをとっても多くを語り、話は大いに弾んで、和やかな時は続いた。
箱入り故に会話慣れしていないが、元々、お話するのが苦手というわけではなかったのだろう。
遠くでビビの絶叫が轟いていることにも気付かず、リプカは
「――ま、これで基礎のキくらいには到達しただろう」
「ギアのスムーズシフトがインストールされてないんだそのモーターボート!」という謎の絶叫を背景に、オペラグラスのような双眼鏡を用いてリプカの様子を窺っていたクインが、柔らかな表情も覗かせた笑みを眺めながら、そうごちた。
ビビの苦境に髪を散らして悲鳴を漏らしていたアズが、ふと、僅かに陰った声を漏らした。
「どれくらいの日数で、基礎を収められるかな……?」
「ま、あと十日くらいを見るべきであろう」
「十日……」
「――ドンと構えておくしかない、ダンゴムシが戦力を備えるまで、どうしようもないというのが事実なのだから。それに、それで問題ないというのもある。いざとなれば、エレアニカの力で無双すればよいだけである」
「あ……そっか」
アズは呆けたような表情を浮かべて、それを聞いていたクララは小さく頷いた。
「そうですね、そのときは私から働きかけて、様々を調整しましょう」
「結局のところ、こちらにエレアニカのがいる以上、どうとでもなる勝ちゲームである状況は変わっとらんのだ。――逆に言えば。相手方が狙うべき急所が、分かりやすく露出しているということでもあるが……」
「そっか。なら大丈夫――ダァアアアッ! ビ、ビビちゃんが側転しながら沈んでくッ!」
「ビ、ビビ様ーッ」
阿鼻叫喚の中、クインは腕組みし顎に手を当てじっと何か考え事をしていたが――やがて小さく首を振って、満身創痍で虫の息を漏らす、岸辺でぐったりと横たわるビビを見ると、いい気味だとばかりにフンと鼻息を漏らした。
「そうなってしまえば……それは……仕方がない。その“あり得ない”を引き起こされる可能性が、あったとしても――」
クインの呟きが、水飛沫を含んだ風の中に溶けて、消えた。
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