アリアメル連合のマリンスポーツ~水上スキー競技体験~・1-4

 さて、そんなこんなでチャレンジの順番が回ってきた、ウェットスーツに身を包んだリプカが選んだ水板は、二枚板タイプと比しては当然のこと、スケートボード形状のものと比べてさえ、見るからに安定性に欠いた、より細身である一枚板タイプの装備であった。


 スプリント板と呼ばれる複雑な形状のそれは、最高速度が乗り易く、そしてテクニカルに躍動し易い、非常に人気な代物だという。


 バランスを取るのも難しく見えるそれは、その見た目通り、特別に扱いが難しいのだという。スキー板形状のスラローム板、スケートボード形状のトリック板、そしてクインの選んだジャンプ板と比して、明らかに作りの方向性が異なっており、その話も納得だった。――つまり、なによりも優先して、ひたすら危険を求めたような形状なのだ。


 スプリント板を選んだリプカに、係の者は思わず声をかけたが、リプカは笑顔で「大丈夫!」と答えた。


「簡単なことでは怪我はしません。見た感じ、どのように転んでも、大事に至る傷を負うことはなさそうだと思えましたし、これで挑戦したいです」

「なんだ、張り切っているな。足の浮くような思惑を考えてのことではあるまいな?」


 クインの指摘に、リプカはうぐっと僅かに息を詰まらせ、ちょいっと視線を逸らした。


 足の浮くような思惑を考えてのことであった。皆に、特にクララに、この得意の分野で特別良いところを見せたいと思っての選択である。


「浮かれた皮算用は、無様な失敗を招く。まずは地に足付けて、スラローム板、というのにしてみたらどうだ?」

「んー、でも……」


 リプカはスプリント板を見つめて、呟いた。


「できそうな気がするんです」


 その独りごちの声質を聞くと、係の者の表情が、「おっ」という、納得を思ったような独特の色に変わった。


 ――クインとアズは、係の者の、その心情を推し量ることができた。

 リプカのその呟きに、確信の予感が見て取れたから。


 自分を大きく見せようとする見栄に引き摺られた強がりや、根拠を越えて期待を寄せる楽観とは、明らかに一線を画した響きがあった。

 リプカのそれは、鳥が空を飛ぶことを予感するように、『最初から出来ること』を自然と理解している者の反応だった。


「――ま、じゃあ、やってみればいい。お前なら、どうあったところで死なんだろうしな。行ってこい」


 クインはそれ以上とやかくは言わず、軽い口調を投げかけた。


「うぉお、リプカちゃんの魅せるスポーツかぁ、なんかスゴくドキドキしてきた……! チョー期待して見てるからっ!」

「リプカ様、頑張ってっ」


 アズのあえてプレッシャーをかける親しみには笑顔を、クララの黄色い声援には頬を染めた微笑みを返して、リプカはいざ、発着場へと歩みを進めた。


 ――そして係の者に案内され、建物から岸へ続く通路を一人で歩み始めた途端に。

 良いところを見せたいという打算とか、今回のレジャーの意味とか、そういったものがたった一歩で、吹き飛ぶように、霧散して消えた。


 代わりに訪れたのは、特別な場所に足を踏み入れた感慨、気持ちの高まる静かなドキドキと、もう一つ、覚えがなくて、慣れない心持ち――。


(ああ、そうか――)


 遊ぶことといえば近場を散策する程度しかなかった箱入りの少女は、いま、スポーツレジャーというものがどんなものであるのか、その本質を理解しつつあった。


 リプカの見せ場が始まろうとしていた。


 往来には人の通りもあり、良いところを見せるのには絶好の機であったが、リプカがそのことに意識を割くことはなかった。


 それ以上に、今この時が、ただ自分のために楽しみでしかたなかったから。



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