信じはじめたそのこと・1-3

「ではティアドラ様、お願いいたします」

「はいよ。りょーかい了解」


 首筋を掻きながら返事するティアドラに、リプカは迷いの表情を向けた。


「あの、ティアドラ様――本当に、護衛にあたっての報酬は必要としないのでしょうか……?」

「二言はねえよ。報酬は必要としない、それに準ずる見返りも必要ない」



『あの、ティアドラ様、貴方様を見込んで、一つ、お願い事が――』

『あ? なんだよ。――はあん、シィライトミアの護衛ね』

『お仕事として依頼したいのですが……その、依頼料の相場の程は、い、如何ほどのものでしょうか……?』

『――いらねえ。依頼金は必要としない』

『え……――? あ……では、――それの代わりとなる、報酬のお話を――』

『それも必要ない。タダでいいさ』

『え――ええ!?』

『あんだよ。不都合があんのか?』

『い、いえ……。…………』



 ティアドラに依頼を持ちかけたときの一幕である。


 リプカは不都合を否定しながらも、正直な話、不穏混じりな不気味を抱いていた……。


 イグニュス連合の出身である師のシシリアから、「イグニュス連合の戦鬼は、こと金銭に関わる事情について、それを生業とする商人よりも厳格であり、受け取ることに慎重であると同時に、なにをするにしても、交渉事において商売の顔を忘れることがない」ということを聞かされていたからだ。タダほど恐ろしいものはないとも言う……。


 当然、どうしてですか? と疑問を問うてみたのだが――。



『イグニュスの戦鬼は休業中だからな』



 と、答えは要領を得なかった。

 なんとなく推察するに、それもそれで公私の区別、職の重要を重んじる思想故の判断なのかもしれない……と、一応の納得をつけながらも、推し量れない不可視に対する靄々とした不安は残り続けた……。



『分かりました。ティアドラ様が付いてくださるのなら、安心です』



 それでも、わかだまる不安を飲み下して、リプカは信頼を選び微笑んだ。

 ティアドラは『あいあい、仕事じゃあないが、真面目にはやるよ』と、若干にシリアスな雰囲気を払うように、手を振った。


「出かけに、エルゴール家から小遣い貰った建前もあるしな」

「お前イグニュス連合の戦鬼なのに、余所から駄賃を受け取ったんか……」


 横からクインが、呆れたというより茫然ぼうぜんしょくの声を漏らした。


「あーそうそう、小遣い貰った建前ついでに、一つ提供できる情報がある」


 背を向けてセラのほうへ歩いていきながら、視線だけこちらに向けて、事のついでのようにティアドラはそれを告げた。


「酒場回って色々話を聞いた感じじゃ、シィライトミア家のシュリフという存在は、都市伝説未満の幽霊譚みたいに噂されてたぜ。なんとなーく、仄めかせている程度に存在が認識されている。それだけ」

「あ――ありがとうございます、ティアドラ様!」


 リプカの礼にはリアクションを返さず、ティアドラは視線を前に向けてそのまま、すたすたと行ってしまった。


「あやつ、絶対なにか企んでおるぞ」


 クインの邪推に、もごもごと一応の否を返しながら、ティアドラの背を見送る。


 いつか、彼女と向かい合う時が来るのかもしれない。


「では、私たちも行きましょうか」

「うむ」


 クインの偉そうな承知の声を境として、完全にお暇の雰囲気となった。


 セラを見つめる。

 セラらしい、落ち着きのある微笑みを浮かべて、こちらを見つめている。



『貴方様がセラフィと再びまみえる、次の機会は、貴方様が様々を経てセラフィという人間と対面する、その時になるでしょう』



(本当――なのだろうか……?)

(別段、拒絶もなにも、されていない。距離を置かれる素振りとか、それらも感じない。こんなに何でもない一幕の後、長い間、会えない状況が続くなんてことが、起こり得るのだろうか……? 何かあれば私は、いつだって飛んでいく覚悟であるのに)


 リプカは悩んだが、これ以上セラにかけるべき言葉も思い浮かばなかった。


 ふと、セラがリプカの様子を気にかけるように、小首を傾げた。

 ――リプカは胸中で首を振って、なんでもない、という微笑みの表情を表した。前に進むしかないことを悟り、どうすることもできない悩みを思考の隅においやって、顔を上げた。


 最後に各々、セラへ挨拶を送って――セラの微笑みに見送られて、一同はシィライトミア邸に背を向けた。



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