第九十三話:大馬鹿者の答え・1

 自分はなんのために此処アリアメルへ来て、奔走しているのか――と、いま再びに、動機を決定付けた根底の心情へ思いを馳せた。


 その情緒を検めるように思えば、シュリフの裏面たる彼女、リプカから見れば表のミスティアの声に導かれての始まりであった気がしてきた。


 なるだけ多く理由を探して心の支えを補強しようといった考えではなく、それは本当になんでもない、なんとなく、不意に浮かんだ感慨であった。


 約束。


 木陰から漏れる光を見つめながらの思い浮かびであったが――そのことに深く想い巡らせる時間はなかった。ちょうど、馬車が目的地へ到着したからだ。


 ウィザ連合と比べれば非常に密集し入り組んだ街の構造上、貴族屋敷も城下町と密接するように建っているのかな、と疑問に思っていたが、実際はそんなことなく、昨晩のクリスタロス邸がそうであったように、下界とははっきりとした区分をもってお屋敷の景色が広がっていた。


 馬車を走らせるうちに、やがて、手入れの行き届いた美しい雑木林に行き当たった。


 高低差が緩やかになった区画に広がる、手が加えられながらも原色の生彩溢れる木々草花を二分にぶんする通り道は、カーペットのように美しい舗装が施された幅十分の荘厳なもので、訪れる者に、この先が特別な場所であることを期待させた。


 手入れされているといっても雑木林、まるで秘密のトンネルをくぐっているような風情ある道を、体感長く馬車走らせた先、その狭まった視界がワッと開けて――光と共に広大な景色が望めるさまは、感慨格別であった。


 道の先に待っていたのは、輝かしく見事な庭と、豊かな水の流れ、そして塔のイメージを要素に取り入れたデザインの、歴史が窺えながらも真新しい情趣を胸に抱く、一城たる豪邸であった。


 最後に小さく揺れて、馬車が停車した。

 馬の手繰りはさすがの手際である。


「――最初から、こうしていればよかったのだ」


 リプカより先んじて馬車から飛び降りながら。

 クインは「フン」と鼻を鳴らしながら、そんなことをぼやいた。


「今回はあくまで手を貸す立場だからなにも言わなかったが、なぜはなからシィライトミア家に突撃しなかったのか、胸中を明かせばしておったわ。用があるなら家のドアを叩いて、直接文句を言いにいけばいいものを」


 おざなりなようで、その実、まさに単純明快な道理の指摘に、リプカは「うっ……」と呻いた。

 シィライトミア領域に着くなりシュリフに機先を制される形になってしまったが、そもそも機先を制されようと、その道理は実行可能であった選択肢だったはずだ。


 考えにすら入っていなかったということは、自分はセラと対面することに臆病を抱いていたのだろうか……と、リプカは表情を暗くしてしまった。


「しっかりせい。これから対面するんじゃろがい」


 落ち込ませた張本人であるクインはバシリと丸まったリプカの背を叩き、活を入れた。

 リプカはビクリと身を跳ねて背筋をシャンとさせ、顔を上げて前を向いた。


 ――そうだ、私は選択した。

 はっきりと、願い故に道を示す指針が指した方向へと歩き出した。


 ならば進まねば。もし立ち止まるのなら、自身の願いたる念に、輪郭の確かが無くなった、そのときだけだ。


 リプカは前だけを向いて歩を進め、そしてらしくもなく、地面から出っ張って顔を出した小石に躓き、つんのめった。


 前だけを見て視界が狭まっていたようだった……。


「ちょっとでもシリアスにできんのかお前はァ!」

「す、すみません……」


 空中で体勢を立て直して数歩だけよろめくと、リプカは熱を帯びた顔を隠すように俯きながら、か細い返事を返すのだった。



 ◇



「ようこそ。また逢えますね」


 塔を象った小高い部屋の窓辺で、シュリフは眼下の景色を見下ろしながら、独り言ちた。


「貴方様は、どの選択を選び取りましたか……?」


 ――そして、見下ろす景色の遠くに。


 二人並んで屋敷へと歩み進む、リプカとクインの姿が、視界に映った――。



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