アルメリア領域の疾走劇・1-3

 リプカは客車の天井に四つ手足を付いて立ち、まず辺りを窺った。――通行人は相変わらず疎らだが、まったくのゼロにはならず、あれから大きな増減を見せない。車両も変わらず見当たらず、状況は変わっていなかった。


 状況は確認した。リプカは目を瞑ると、大きく息を吸い込んだ。


 そして。


 自分の力をはっきりと自覚した、いつかのあの日に見せた――人間離れした御業を披露した。


 絶叫が街中に轟いた。


 悲しそうにも激怒しているようにも聞こえるそれは、わんと遠くまで広がり、街全体で反響するような様子を見せた。


 獣でも出さないような奇声だが、不思議と人の声にしか聞こえない叫びが響き渡る中、リプカは目をぎゅっと閉じて、頭の中で数字を数えるような集中をもって、意識を向けざるを得ない絶叫にハッと反応する人々の意識を、音の反響を聞くような要領で探った。


 反射で向けられた、たくさんの感情を受信する。

 そこから、自身に向けられた意識の位置情報を特定して。


 しばらく人々の動き、その流れに注視すると――リプカは目を見開き、足下のクインへ叫びかけた。


「――クイン様の言う通りです! 誘導されているのは私たちではない、他の大勢の方々のほうです!」

「敵は?」

「こちらに意識を向けていた者はありませんでした!」

「…………」

「ハ。もしそれが正しいのなら……近くに敵対者はなく、状況だけが操作されている、と。どういう方法だ、こりゃあ」

「発注――連絡だな」


 ティアドラの問い掛けに、クインは間を置かず答えを返した。


「連絡?」

「方々に連絡を入れて状況を動かしておるのだ。最初に姿を消し始めたのはおそらく、業者の荷車であるだろう。次いで商人を乗せた馬車、そして一般客の車両。どうだ?」

「……合ってるな」

「ならばその線だろう。街中を歩く者共はまばらであり、ゼロではなかっただろう。――その中に商人やらは一人もおらず、見られたのは社会構図の外にあるように見受けられる者共ばかりだった。連絡経路のない、コントロール不可の街人だよ」

「だがどうやって、リアルタイムで一斉に連絡をつける? 一万の電話機でも用意するのか?」

「違う、リアルタイムではない。つまり、状況は事前をもって完成していたのだ。――あらかじめ発注や用の都合、言伝などの予定をバラ撒くように方々へ与えて、個々の行動を直接的あるいは間接的にスケジュールしておるのだろう。予定の指定による、完全なコントロールだ」

「……いや無理だろ。よしんばスケジュールコントロールなんて真似が出来たとしても、絶対“予定外”ってヤツが出てくるだろ。一両の車両もないんだぞ、完全は体現できねえだろ」

「だがそれがなされているのが、いま我々の見ている現実である。――これは自身の荒唐無稽な推察しか信じられるもののない、正しいそれを疑った瞬間敗北が確定する、神話のような超常戦力と正面から戦ってきた、私の勘だ」

「――なるほどねぇ」


 ティアドラは笑い、また客車のほうに視線を向けた。


「で、どうするべきだ?」

「状況に憶測をつけたところで、結局のところ、取れる選択肢は変わらん。ダンゴムシ、お前が決めろ。これはお前が踏み出した旅路だ」

「ハ。んで、お嬢、どうする? 行くのか、引くのか――」


 ティアドラの再びの確認に、リプカは顔をぎゅっと顰め、僅かだけ悩んでから――。


「――前進します、馬車を進めてください、シィライトミア領域へ!」


 変わらぬ答えを返した。


 ティアドラは「りょーかい」と返答し笑うと、腕に膂力のすじを浮かせ、手綱を尚一層しならせた。


 次の曲がり角も――車両はなく、人もまばら。


 一行は予定とは違う、誰かの予定通りで――アルメリア領域の道を、花々揺らす風のような速度で疾走した。







 激走は続き、もう道の中心だろうが人の歩みが優先される小道も先になく、馬車は停まることを知らずに疾走していた。


 そんな中で。


 拘束された御者の女が突然、めそめそとベソをかき始めた。


「どーした?」


 ひっ、ひっ、としゃくり上げながら嗚咽を漏らす女に、嫌嫌そうにクインが問うと、女は縄で縛られた両腕の袖で目元を拭いながら、悲痛な声を漏らした。


「た、ただの、貴族令嬢の案内じゃなかったの……? こんなの、ただの、頭のおかしい集団じゃないのよ……」

「…………」


 ちょっとだけ静まり返った客車の中で。


 女はクインに頭をぶん殴られた。



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